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王子は獣の夢をみる  作者: 紺青
第8章 許されざる存在
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第54話 ユーラン

「サラ様、俺やっぱりあいつ嫌いです」


 サラは、そう言った目の前の魔物を見る。追手から逃走している時に出会い、人々が恐れているというこの森に連れられてきてくれた恩人だ。

 初めて見た時は恐ろしく感じたが、今ではそのもこもこした丸いフォルムで動く仕草が可愛く感じる。生まれた時からの名はないらしく、彼自身で「クライス」と名乗っているらしいので、そう呼んでいる。


 彼に連れられ、今は彼女がいる場所から離れた洞窟の入り口まで来ている。何事かと思えば、クライスは拗ねた口調で先ほどの言葉を告げた。

 そうして、触覚の二つを人間の指のようにもじもじ合わせながら、不満を口にする。


「あの女、俺がいくら渡しても食べ物食べようとしないし、礼一つも言いやしないんです」

「ごめんね、きっとまだ慣れないだけだよ。彼女は自分で食べようと思っても利き手は怪我をしているし、魔物の毒のせいでまだ上手く動けない。クライス、貴方が頼りなんだから」

「分かってますけど……」


 クライスにも、酷な事をしている。彼は、人間が嫌いだと言っていた。それを、サラの頼みで我慢してやってもらってるのだ。


 本当なら、私が出来ればいいんだけど……


 サラは、そう言いたくなるのを飲み込んだ。言っても仕方が無いことだ。もし彼女に近づき過ぎて万一のことがあればと思うと、怖くて近寄れない。


 今でも、ふとした瞬間に思い出す、自分に触れたせいで肌が赤く変色した男性の姿を。

 彼女まであんな風にしてしまうなんて、嫌だ。


「そろそろ、戻ろう?あまり1人にすると不安だから」

「ふぁーい……」


 クライスは嫌そうに、ゆっくりと後ろをついてくる。


 戻ると、眠っていたはずの彼女は目を開いていた。


「あ、ごめんなさい。目が覚めてたんだね。心細かった?」

「いいや」


 女性は、そう言ってサラがいる方とは逆に顔を向けた。


「お前なぁ!!いい加減にー…!」

「クライス」


 サラにたしなめられ、クライスは黙る。


 彼女の名前は、分からない。聞いても、教えてもらえなかった。赤毛に榛色の瞳を持ち明るげな印象を持つ女性だが、目覚めてからずっと笑顔を見ていない。


 無理もない。目が覚めて周りにいるのが知り合いでもなく、まして人間でもなければ怯えても仕方が無い。


 クライスは、ぶつくさ言いながら串刺しにした魚を焚き火で焼いている。


 その姿に微笑むと、ふと旅してきた事を思い出した。皆、どうしているだろうか。突然消えてしまったから、心配させているだろうか。


 ……それとも、もうばれているだろうか。


「ねぇ」


 ふいに、声が聞こえた。彼女から声をかけてもらえたのは初めてで、喜び急いで返事する。


「はっ、はい!なんですか!?」


「私。このまま死ぬの?」


 その言葉に、サラは目を見開く。そんな事を考えていたのか。


「大丈夫、死んだりしない。貴方が寝ている間に、毒消しの薬草をあの子が飲ませてくれたの」

「あの、化け物が……」


 その言葉に、クライスは彼女をギロリと睨む。サラは慌てて付け加える。


「ごめんなさい、自己紹介まだだったよね。あのね、この子はクライスっていうの」

「絶対呼ぶなよ、馬鹿人間」

「く、クライス!!」

「貴方は」


 彼女の質問に、サラは慌てて答える。


「わ、私ですか?私は、サラって言います。あの、是非気軽に呼んで」

「貴方は、私に近づかないの」


 サラは、その問いに目を見開く。射るような視線が、胸に刺さった。サラは迷いながらも、答えを口にする。


「はい。私は毒を持ってるんです。触ると、貴方を傷つけてしまうんで」


「……そう」


「サラ様、焼けましたーー!」


 クライスは軽快に跳ねながら、サラに触覚二本で串を丁寧に差し出す。ほんのり綺麗なこげ色だ。


「わぁ、有難う、クライス」

「とんでもありません!人間はもう少し待ってろ、焦げてから渡すから」

「いいわよ、食べないから」


 嫌味を嫌味で返され、クライスは彼女を睨みつける。サラはおろおろして、慌てて尋ねる。


「お腹すきませんか?」

「……そんな化け物が作った料理、恐ろしくて食べれない」

「クライスの料理はとてもおいしいですよ、それにほら、これは魚です!たぶん市場で見かけた事もあるので、人様も食べれるはずです」


 サラは、必死に訴える。彼女は、表情を変えずに聞いている。


「それに、薬だけでは体は良くなりません。どうか、食べてください」


 そうして返答を待ったが、返事がない。するとクライスが、とことことやってきて、彼女に魚を差し出した。サラに渡したのと変わりない、綺麗なこげ色をしている。


「人間は嫌いだが、サラ様を困らせる事はしたくない。分かったら、早く食え」


 女は暫く黙って動かなかった後、魚を口にした。そうして、もぐもぐと口を動かす。クライスはそれを見て、安堵のため息をつく。


 サラもそれを見て、ほっと胸をなでおろした。


******


「ここは……!?」


 魔法で飛ばされてから次に気づいた時、リュオンたちは一つの屋敷に飛ばされていた。


 そこは先ほどいた魔法使いの部屋と同じように、不思議な薬品や本で埋めつくされている。リュオンがいた位置は比較的物が少ないところで、すぐに抜け出して真ん中の何もない空間に出た。


「ローザ様、痛いです。早くどいてください」

「分かってるわよ!ちょっと待ってよ、ここ足場悪くて……きゃあごめん、トラス!痛くなかった!?」

「だ、大丈夫れす……」


 リュオンは三人の姿を確認すると、姿が見えないエマを探し、辺りを見渡す。やがて、窓際にエマの姿を発見した。彼女は窓の外をじっと見ている。


「エマさん、良かった皆無事ですね」

「リュオン様」


 エマはリュオンの方を振り向くと、下を指差す。その差された場所の光景を見て、リュオンは目を見開く。どうやらここは大きな建物のようで、門の向こうにはたくさんの人が集まって何かを叫んでいる。


「な、何だこれは……!?何の集まりだ?」


 リュオンは、恐る恐る窓を開ける。


「国兵は一体何をやってるんだ!」

「早く化け物を捕らえてよ!!」


 聞こえてきたのは、怒りの他に焦りも混じる、悲痛な声だった。


「……まさか……この人たち全員が……」


 瞬間、大きな音が響く。どうやらローザたちが本で雪崩を起こしたようだ。


「大丈夫か!?」

「痛い、もう!何なのよここはー!!」


 慌てて駆け寄ったところで、ドアが開け放たれた。一同は、ドアの方を見つめる。黒い瞳と同色の短い髪の女性がそこにいた。服は群青色に黒いスボンを身に着けていて、腰には剣を携えている。


「リセプト王から聞いてたが、まさかここに飛ぶとは。貴方たちは、運がいい」


 そうして、その女性は不敵に微笑んだ。


「ユーランにようこそ。私が、国王のアイルだ」


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