第53話 少女
目の前にそびえる木々を見て、ごくりと唾を飲み込む。目の前には、ゴーデラという山の入口がある。かつて魔物の巣窟だったと言われるこの山は、今でも魔物が出ると言われているため、滅多に人は足を踏み入れない。
「大丈夫。今はもう弱い魔物しかいないはずよ。この弓矢さえあれば、大丈夫、大丈夫……」
弓矢を持つ手に力を込め、自分を言い聞かせる。そうして、足を踏み出した。
山の中は、鳥の鳴き声さえしない、驚く程静かな空間だ。自分が出す音しか聞こえない事に恐怖を感じ、戻りたくなる衝動に駆られる。しかしあのものが逃げるとするなら、ここが一番可能性が高い。衝動に負けないよう自分を奮い立たせ、ひたすら山道を進んでいく。
山道には、小さな虫のようなものが所々いた。見たことがないものが多いので恐らく魔物だが、これくらいなら怖くない。安堵しながら、暗い山道をひたすら突き進む。
ふいに、木々の気配が変わった。そうして、遠くで大きな音が聞こえる。
ーーこちらに向かってくる!!
そうして、大きく草木が動く音が聴こえると、目の前に恐ろしく巨大な化け物が現れた。虎のようにも見えるが、脚が六本あるその姿で、普通の虎ではない事が分かる。
魔物だ。魔物は見定めるように、こちらを見ている。
「……お願い……見逃して」
そう呟く間に、魔物は大きく口を開け飛びついてきた。咄嗟に弓矢を射ると、魔物は悲鳴をあげうずくまる。ほっとすると、その瞬間魔物が目をぎらつかせ、突進してきた。
思考が止まり、次の瞬間には右腕を噛まれていた。
「あああああ!!!!」
激痛にみまわれながらも、残った腕を使い魔物の目を弓で刺す。魔物が苦しみ呻くうちに腕を離し、駆け出す。長い間歩いてきた為足も思うように速く走れない。後ろから、魔物がすごい勢いで近寄って来るのが分かる。そうしてまた飛びついてくる気配がし、後ろを振り返る。目の前には、血がついた牙が見えた。
いやだ、死にたくないーー!!
そう思った時、魔物が崩れ落ちた。呆然としているとその後ろから、一つの小さな影が見える。
誰……
その姿を目をこらして見ようとするが、視界が回る。そうして、気づけば意識を失っていた。
*****
次に目を覚ますと、そこは洞窟だった。蒔き火の微かな音がするだけで、あとは静かな空間だ。
「……起きた?」
その声に顔を向けると、思わず驚きの声をあげそうになった。
驚く程真っ白な肌に、赤い瞳の少女がそこにいた。その瞳はまるでガラスのようで、普通の人間とは違う。髪は銀髪で、座っている状態で床につくほど長い。それだけでも目を引くのに、少女が変わっているのはそこだけではなかった。
普通の耳があるべき部分は見えず、頭部に黒い耳が生えていて、口からは微かに鋭い牙が見え隠れする。
「大丈夫?傷深そうだったから……」
「こ、来ないで化け物!!」
その言葉に、目の前の少女は一瞬傷ついたような顔をする。だがそのすぐ後、微笑んだ。
「大丈夫、私は触ってない。手当は、あの子がしてくれたの」
そう言って少女は洞窟の外を指差す。暫くすると、人間の半分くらいの大きさの、丸い生き物が近寄ってきた。その丸い胴体から、触手がたくさん生えている。なのに脚がなく、跳ねながら移動している。
「ひいっ!!!」
思わず避けて奥に行こうとするが、怪我が痛みうずくまる。そうこうしてるうちに、化け物は近くまでやってくる。
「サラ様ーー!!お水とってきやしたぜ!!」
「有難う、ごめんね」
「とんでもない!!ありゃ、目覚めたんすか、そいつ」
そう言うと化け物はニタリと笑う。その表情に身の危険を感じるが、目の前の少女は臆することなくその化け物の頭を撫でる。
「うん、貴方のおかげだよ」
「いや、俺はなんも!おいお前、感謝しろよ!サラ様が助けてくれなきゃ今頃お前は死んでたんだからな」
助けた……?信じられない。だって、彼女は……
「目を覚ましてくれて、良かった」
少女はその人形のような顔に、まるで人間のような笑顔を浮かべた。




