第51話 たとえ、そうだとしても
「西大陸に行きたい!?」
ララマは信じられない、という表情でそう告げた者に問い返した。目の前の少年、リュオンは「はい」と短く答える。
先ほどの会議が終わった後、皆には城で暫く休んでいいと告げた。だが今、自分を尋ねてきた少年はここに留まる気はなく、西大陸に行きたいと言う。
「さっきの俺の話を聞いてなかったのか。西大陸は今危険なんだ、凶悪な魔族がいる」
「ララマ様、何か隠してませんか」
リュオンの低いその問いに、ララマは息をのむ。
「……そんな事は」
「そのグルソムは、サラだと思います」
ララマはその言葉に、即座に否定しようとした。しかし、その言葉が出てこない。彼自身も、サラの瞳が赤いことは知っていた。そうして行方不明になってからすぐの知らせ。否定する方が難しい。だが。
「仮にそうだとして、行ってどうする?」
むごい質問だとは思う。しかし、実際行ったところでこの少年に何が出来るのか。
「今から船で行く気か。そんなに時間はない。それに、グルソムが逃げ出さないように、西大陸は今外通が制限されてるんだ。行ったって、断られる」
ララマの言葉に、リュオンは何も言わない。彼はまだ子どもだ。こんな子どもを、危険だと分かってて送ることは出来ない。
「とにかく、お前たちはここで」
「ララマ様!」
部屋のドアを勢いよく開けた衛兵を、ララマは睨みつける。
「なんだ一体」
「リセプト王から、通信が来ています」
「リセプト王……?」
ララマは、リセプト王を思い出す。魔族を操る能力を持つという東大陸の王。あまり面識はないが、一体なぜ。
「はい。あの……リュオン様と、話がしたいと」
そうして衛兵はリュオンの方を見る。リュオンはぽかんとした表情で、「ジェラルド様が?」と尋ねた。
*****
通された部屋のテーブルの真ん中には、水晶玉が一つ置かれていた。ジェラルドが2人だけで話したいと提案したため、部屋には誰もいない。
「え?これどうすればいいんだ……」
リュオンは椅子に座り、目の前の水晶玉を凝視する。とりあえず撫でてみたが、何も反応がない。呪文でもいるのか。
「やぁ、久しぶりだね」
「わっ!!」
いきなり水晶玉が喋りだした。見ると、懐かしいジェラルドの姿が水晶玉の中に写し出されていた。ジェラルドにもリュオンが見えるのか、彼は目を細めて笑った。
「はは、ひどい顔」
「……ジェラルド様、あの……」
「もう知ってると思うけどね、サラさんが今西大陸で大変な事になってるよ」
ジェラルドの言葉に、リュオンは顔を歪ませる。
「……やっぱり、サラなんですね……」
そうだろうと思いながら、心のどこかで違うと信じたかった自分にも気づく。
「これから、魔族が次々に動き出す」
「魔族が……?」
「サラさんは特別な存在だ。魔力を自分だけでなく、他の魔族に与える事が出来る。力がなく影をひそめていた者たちが、これから世界で暴れ出すのも時間の問題だ。
だから、早く彼女を見つけて捕らえて……消滅させる必要がある」
リュオンは、ジェラルドの言葉に思考が止まる。消滅?
「リュオン、君は西大陸には来ない方がいい。君のその姿を見たら、皆グルソムだと思う。そうすれば、周りからどういう目で見られるか、分かるだろう?」
「でも、このままじゃ……!!それに、俺だってグルソムなんじゃ…」
「君のその姿はね、君がグルソムだからじゃないんだよ」
ジェラルドの言葉に、リュオンは思考が追いつかない。
「……え」
「君の親は、正真正銘サガスタ王と亡くなられた妃だ」
「そんな、そんなはず……!ならば俺は何故、こんな姿なんですか!?」
「血を飲んだからだよ」
ジェラルドの言葉の意味が分からず、リュオンは首を振る。
「血なんて、俺は飲んだ覚えがない……!!」
「そりゃそうさ。君が飲んだんじゃないもの」
自分が飲んだんじゃない……?混乱していると、ジェラルドはこう続けた。
「君の母親、リアさんが飲んだんだ」
「母が……どうして?」
「さあ?それは分からない。知ってそうな人はいるんだけど、教えてくれそうにないからね。まぁとにかく胎内にいる時に与えられたその血によって、君の容姿は影響を受けたんだ」
「そんな、だって……!」
食い下がるリュオンに、ジェラルドは言葉を重ねる。
「そもそもね、君は怪我の治りは早い?」
「?早い、とは……」
「その答えで十分だ。グルソムはね、肉体の強さが人間の比じゃないんだよ。怪我はするけど、すぐ元に戻る。君は、怪我の治りが早いと感じた事はないんだろう?その時点でグルソムじゃない」
グルソムじゃ、ない……ならば一体、自分は何なんだ。人間だって、いうのか。
「酷な事を言うけど、君がサラさんに抱く好意は、その血も関係してると思うんだ」
ジェラルドのその言葉が、混乱していたリュオンの思考に止めを刺した。
「グルソムたちは、もともと生まれた時から本能で王を慕う。君の体に流れるグルソムの血が、サラさんを好きだと思わせてるのかもしれない」
「……サラへの気持ちが?」
俺があの日、サラを手当てしたのも。それから、通いつめ話をしていたのも。そうして、彼女の手を取ったのも。
全部、血のせいだと言うのか。
リュオンは、顔を俯け膝に置いた手を握りしめる。その手は何かへの怒りからか、小さく震えている。
暫くして、ジェラルドはため息をつき彼に告げた。
「分かったら、その城の中にいろ。西大陸には俺が行く。だから」
「嫌です」
ジェラルドが、怪訝な表情をする。リュオンは俯けていた顔をあげ、ジェラルドを真っ直ぐ見る。
「このまま、サラに会えなくなるなんて嫌だ。まだ俺は、本当のサラにも会えてない……あいつと、ちゃんと話してない」
助けられるか分からない。でも、それでも、このままなんて嫌だから。
「俺も、西大陸に行きます」
ジェラルドは、静かにリュオンを見る。リュオンもその視線に負けないよう、彼を見返す。そうして暫くして、ジェラルドは微笑んだ。
「そうこなくちゃ」
*****
「シアン、コバルトーー?」
シアンは、上を見上げた。エマの声が聞こえる。探しているのだろう。
「気になるか」
シアンは呼ばれた声に振り返る。コバルトが静かな瞳でこちらを見ていた。シアンはそれに、首を横に振って答える。
「……早く行こう」
シアンはそれに、短く「うん」と答えたが、城の方を見ている。コバルトはそれ以上何も言わず、背を向けた。
遠くではまだ、自分を呼ぶ声が聞こえる。その名は、自分たちの本来の名前ではない。
「……ありがとう。さようなら」
シアンはコバルトにも聞こえないほどの声でそう呟いた。
そうして城に背を向け、二度と振り返らなかった。




