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王子は獣の夢をみる  作者: 紺青
第7章 マーレイスの鎖
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第51話 たとえ、そうだとしても

「西大陸に行きたい!?」


 ララマは信じられない、という表情でそう告げた者に問い返した。目の前の少年、リュオンは「はい」と短く答える。


 先ほどの会議が終わった後、皆には城で暫く休んでいいと告げた。だが今、自分を尋ねてきた少年はここに留まる気はなく、西大陸に行きたいと言う。


「さっきの俺の話を聞いてなかったのか。西大陸は今危険なんだ、凶悪な魔族がいる」

「ララマ様、何か隠してませんか」


 リュオンの低いその問いに、ララマは息をのむ。


「……そんな事は」

「そのグルソムは、サラだと思います」


 ララマはその言葉に、即座に否定しようとした。しかし、その言葉が出てこない。彼自身も、サラの瞳が赤いことは知っていた。そうして行方不明になってからすぐの知らせ。否定する方が難しい。だが。


「仮にそうだとして、行ってどうする?」


 むごい質問だとは思う。しかし、実際行ったところでこの少年に何が出来るのか。


「今から船で行く気か。そんなに時間はない。それに、グルソムが逃げ出さないように、西大陸は今外通が制限されてるんだ。行ったって、断られる」


 ララマの言葉に、リュオンは何も言わない。彼はまだ子どもだ。こんな子どもを、危険だと分かってて送ることは出来ない。


「とにかく、お前たちはここで」

「ララマ様!」


 部屋のドアを勢いよく開けた衛兵を、ララマは睨みつける。


「なんだ一体」

「リセプト王から、通信が来ています」

「リセプト王……?」


 ララマは、リセプト王を思い出す。魔族を操る能力を持つという東大陸の王。あまり面識はないが、一体なぜ。


「はい。あの……リュオン様と、話がしたいと」


 そうして衛兵はリュオンの方を見る。リュオンはぽかんとした表情で、「ジェラルド様が?」と尋ねた。


*****


 通された部屋のテーブルの真ん中には、水晶玉が一つ置かれていた。ジェラルドが2人だけで話したいと提案したため、部屋には誰もいない。


「え?これどうすればいいんだ……」


 リュオンは椅子に座り、目の前の水晶玉を凝視する。とりあえず撫でてみたが、何も反応がない。呪文でもいるのか。


「やぁ、久しぶりだね」

「わっ!!」


 いきなり水晶玉が喋りだした。見ると、懐かしいジェラルドの姿が水晶玉の中に写し出されていた。ジェラルドにもリュオンが見えるのか、彼は目を細めて笑った。


「はは、ひどい顔」

「……ジェラルド様、あの……」

「もう知ってると思うけどね、サラさんが今西大陸で大変な事になってるよ」


 ジェラルドの言葉に、リュオンは顔を歪ませる。


「……やっぱり、サラなんですね……」


 そうだろうと思いながら、心のどこかで違うと信じたかった自分にも気づく。


「これから、魔族が次々に動き出す」

「魔族が……?」

「サラさんは特別な存在だ。魔力を自分だけでなく、他の魔族に与える事が出来る。力がなく影をひそめていた者たちが、これから世界で暴れ出すのも時間の問題だ。

 だから、早く彼女を見つけて捕らえて……消滅させる必要がある」


 リュオンは、ジェラルドの言葉に思考が止まる。消滅?


「リュオン、君は西大陸には来ない方がいい。君のその姿を見たら、皆グルソムだと思う。そうすれば、周りからどういう目で見られるか、分かるだろう?」

「でも、このままじゃ……!!それに、俺だってグルソムなんじゃ…」

「君のその姿はね、君がグルソムだからじゃないんだよ」


 ジェラルドの言葉に、リュオンは思考が追いつかない。


「……え」

「君の親は、正真正銘サガスタ王と亡くなられた妃だ」

「そんな、そんなはず……!ならば俺は何故、こんな姿なんですか!?」

「血を飲んだからだよ」


 ジェラルドの言葉の意味が分からず、リュオンは首を振る。


「血なんて、俺は飲んだ覚えがない……!!」

「そりゃそうさ。君が飲んだんじゃないもの」


 自分が飲んだんじゃない……?混乱していると、ジェラルドはこう続けた。


「君の母親、リアさんが飲んだんだ」


「母が……どうして?」

「さあ?それは分からない。知ってそうな人はいるんだけど、教えてくれそうにないからね。まぁとにかく胎内にいる時に与えられたその血によって、君の容姿は影響を受けたんだ」

「そんな、だって……!」


 食い下がるリュオンに、ジェラルドは言葉を重ねる。


「そもそもね、君は怪我の治りは早い?」

「?早い、とは……」

「その答えで十分だ。グルソムはね、肉体の強さが人間の比じゃないんだよ。怪我はするけど、すぐ元に戻る。君は、怪我の治りが早いと感じた事はないんだろう?その時点でグルソムじゃない」


 グルソムじゃ、ない……ならば一体、自分は何なんだ。人間だって、いうのか。


「酷な事を言うけど、君がサラさんに抱く好意は、その血も関係してると思うんだ」


 ジェラルドのその言葉が、混乱していたリュオンの思考に止めを刺した。


「グルソムたちは、もともと生まれた時から本能で王を慕う。君の体に流れるグルソムの血が、サラさんを好きだと思わせてるのかもしれない」


「……サラへの気持ちが?」


 俺があの日、サラを手当てしたのも。それから、通いつめ話をしていたのも。そうして、彼女の手を取ったのも。


 全部、血のせいだと言うのか。


 リュオンは、顔を俯け膝に置いた手を握りしめる。その手は何かへの怒りからか、小さく震えている。

 暫くして、ジェラルドはため息をつき彼に告げた。


「分かったら、その城の中にいろ。西大陸には俺が行く。だから」

「嫌です」


 ジェラルドが、怪訝な表情をする。リュオンは俯けていた顔をあげ、ジェラルドを真っ直ぐ見る。


「このまま、サラに会えなくなるなんて嫌だ。まだ俺は、本当のサラにも会えてない……あいつと、ちゃんと話してない」


 助けられるか分からない。でも、それでも、このままなんて嫌だから。


「俺も、西大陸に行きます」


 ジェラルドは、静かにリュオンを見る。リュオンもその視線に負けないよう、彼を見返す。そうして暫くして、ジェラルドは微笑んだ。


「そうこなくちゃ」


*****


「シアン、コバルトーー?」


 シアンは、上を見上げた。エマの声が聞こえる。探しているのだろう。


「気になるか」


 シアンは呼ばれた声に振り返る。コバルトが静かな瞳でこちらを見ていた。シアンはそれに、首を横に振って答える。


「……早く行こう」


 シアンはそれに、短く「うん」と答えたが、城の方を見ている。コバルトはそれ以上何も言わず、背を向けた。


 遠くではまだ、自分を呼ぶ声が聞こえる。その名は、自分たちの本来の名前ではない。


「……ありがとう。さようなら」


 シアンはコバルトにも聞こえないほどの声でそう呟いた。


 そうして城に背を向け、二度と振り返らなかった。

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