第50話 賽は投げられた
ジェラルドは、部屋の机の上に水晶玉を置く。ダグラスも後ろに立ち、その玉を見つめた。サガスタの王は執務室に水晶玉があるため、そちらに戻っている。
この世界には、全部で23の国がある。かつては幾多の種族や言語が存在していたが、魔族が減少し人々の生活が豊かになるにつれ、人々はより繋がりを強くするため言語を統一した。また、いつどのような時にも連絡を取れるように、国一つ一つに魔術が込められた水晶玉が配られた。これにより、どんなに遠く離れても、すぐ連絡が取れるようになった。
これは全て、魔族を倒した勇者、もとい魔法使いが行った事だ。彼はどの国の王にもならなかったが、いわば世界全てをその手で動かした。
そうして、彼が死して大分経つ今も、彼が作った世界のまま時は進んでいる。
「……始まりました」
ジェラルドが思案していると、ダグラスの声がした。水晶に目を向けると、そこには一人の女性がうつっていた。
「西大陸ユーランの女王、アイル様です」
ダグラスが教えてくれる情報とともに、その人物を見る。黒く短い髪と瞳を持つ、凛とした印象の女性だ。彼女の表情は重々しく、疲れが見える。
「突然こんな風に会議を開いてしまい、申し訳ない」
女王はそう言って一泊置くと、静かに話し始めた。
「もう既に知ってる方もいると思うが、我が国で青年が一人殺された。現在、容疑者は逃走している。……その者は、獣の耳を持ち、水色がかった銀色の髪、そして血のような赤い瞳をしていたという。……これは、グルソムの特徴にあてはまる」
その言葉に、いくつかの国から驚きの声があがる。
「グルソムとは、何ですか?」
そのざわめきの中で不思議そうに呟かれたその声は、東大陸ローレア国の王、ルイスのものだ。
「私が答えましょう」
そう言って、水晶玉に丸い眼鏡をかけ髭がふさふさのいかにも怪しい老人がうつった。皆がどよめく中、王女の声が響く。
「この方は学者で、グルソムや様々な生物の研究をされている方、グレゴールさんです。今回、私では対処できない問題だった為お呼び致しました」
王女から紹介を受けた老人グレゴールは、曲がった背筋を気持ち真っ直ぐ正し話し始めた。
「グレゴールと申します。まさか我が人生で、このように世界の王の前でお話する日が来るとは思いもしませんでした。思えば若く学問の道を志したあの日から」
「グレゴール殿」
「はっ、し、失礼!不慣れなもので」
ジェラルドは水晶越しに、この老人は大丈夫なのかと呆れて見つめる。他国の王からも、不安気が空気が漂う。
そんな異様な空気の中、グレゴールはオホン!と咳払いをして話し始めた。
「グルソムとは、かつて一人の魔法使いによって、滅ぼされた種族のことです。一見人間に近い容姿ですが、その性質は魔物そのもので、人を見境なく殺し北大陸を独占しておりました」
グレゴールはそう言って、大きな絵を掲げた。そこに描かれたのは、人間と、それを襲う牙をむきだしたグルソムが描かれていた。
「先代がその魔族を滅ぼしてくれたおかげで、魔物は減り力を失い、我々人間は生きてこれたのです」
グレゴールの言葉に、ルイスはどこか呆然とした様子で呟く。
「……知りませんでした。そんな話……」
「今の世の中、知ってる人は少ないと思います。特に北大陸は、元はグルソムが住んでいた土地という事もあり、噂をすれば彼らが返ってくるという迷信があったのです。そうして実際にその時代を生きた者が減るにつれ、その存在が実際にいたかさえ不明になりました。そんな中わしは、彼らが実在したと信じておりました。周りの者に白い目で見られる中生きておりましたが、まさかこのような形で彼らの存在が証明されるとは」
「グレゴール殿。話が脱線しています」
王女の言葉に、グレゴールは慌てて話を元に戻す。
「しかしどういう訳か今回グルソムが現れた。それも、赤い瞳の」
「……赤い瞳だと、何かあるのですか」
「グルソムは普通、瞳も青に近い瞳をしています。その中でたった一人赤い瞳を持つ者がおりましてな……それが、グルソムの王です」
グレゴールの言葉に、人々の間にどよめきがうまれる。彼はどう説明するべきかと、髭を触りながら思案する。
「グルソムは特殊な種族で、王が他のグルソムに魔力を与える事により、力を増大する一族です。つまり、王がいなければ、彼らは魔力を使えない。先代はその事実に気づき、王を滅ぼしたのです。例えグルソムがまだいても、王が滅びた今彼らに力はないはずでした。
……しかし今回、王が目覚めた。これはすなはち、グルソム全体が目覚めたという事です」
そこまでグレゴールが言い終えると、机を叩く音が聞こえた。一国の王が、強く叫ぶ。
「何故捕えなかったのですか!?その時、大勢の人で囲んでいたと聞きました!さっさと捕まえていれば……!」
「目の前で人を殺した化け物に、勇敢に立ち向かっていけと?」
王女の冷たい声が尋ねる。その怒気を含んだ声に、声をあげてしまった王は顔が青くなる。その様子に、王女はため息をつく。
「彼らは一度は怯みはしたが、勇敢に追いかけた。だが、逃げられたのだ」
「グルソムの身体能力は人間を遥かに超えますからな。しかしそこにいた人々が捕まえようとしても、捕らえることは不可能でした」
髭を触りながら告げたグレゴールの言葉に、王は彼を睨みつける。
「何……何故、そう言い切れる?」
「王はその身を守るため、他のグルソムにはない力を授かり生まれてきます。それは、彼らの天敵である我々を殺す毒です。王に少しでも触れれば、生身の人間はひとたまりもありません。……体は溶かされ、やがて死にたえます」
その言葉に、激昂した王はそれ以上反論しなかった。その姿を見た後、アイルは話し始めた。
「今我が国の兵士が、必死に探している。だが、もし良ければ応援が欲しい。特に……リセプト王ジェラルド」
王女の言葉に、王たちの注目が一気に集う。ジェラルドは、目を細めた。
「……はい」
「貴方は、魔物を操れる一族の生まれだと聞く」
「私の力が効くのは、力の弱い魔物です。グルソムに使えるかは、試したことがありません」
「……そうか」
「おい、若造!貴様、お前の国が潰れかけた時、いくら援助したと……!」
どこからか聞こえてきた野次を無視し、ジェラルドは話し出す。
「もちろん、協力しないとは言ってません。役に立てるかは分かりませんが、至急そちらに向かいます」
「すまない……感謝する」
アイルは深く頭を下げた後、顔を真っ直ぐあげた。
「今後、各国にも支援を依頼するかもしれません。その時は、どうかご協力願いたい。……そして、これ以上の被害を止めるため、グルソムが人々を襲う前に、なんとしても奴を捕える!」
女王の言葉に、皆が強く返事をし、会議は終わった。水晶玉から人々の姿が消える。ジェラルドも立ち上がろうとしたところで、再び水晶玉が光った。見ると、そこにはルイスの姿があった。会議の途中から、どこか彼の様子はおかしかった。
「……ジェラルド様。赤い瞳というのは、もしや……」
「ルイス、お前が気にする事じゃない。お前は何も知らなかったんだ」
ジェラルドはそう答え、水晶の光を消そうとする。しかし、それはルイスの声によって遮られた。
「待ってください!ジェラルド様は、知ってらしたんですか。この事を……」
「……サラさんが、グルソムの王だという事か?」
その言葉に、ルイスは言葉を失う。ジェラルドはそんな彼に、優しく微笑む。
「何も気にするな。お前は悪くない」
「待ってください、ジェラルド様……!」
今度こそ通信を切る。部屋の中に、静かな静寂が満ちた。
「……行くぞ、サガスタ王に話をせねば」
「はい」
ジェラルドは、ダグラスを引き連れすっかり暗くなった廊下を歩く。その顔には、暗い影がおちる。
*****
もうどれぐらい歩いたか。
サラには、分からなかった。
あの人は、無事なのか。
戻らないといけないと分かっているのに、怖かった。
リュオンが話してくれた時、何故気づかなかったのだろう。何故、自分は人間だなんて思ったんだろう。
グルソム。そう、そうだ。人々は私をそう呼んだ。残酷で、恐ろしい生き物だと。
君は、愚かだ
ふと、声が脳裏で響いた。サラはその言葉に、思わず立ち止まる。
「……ロキ……」
サラはそう言って、首にかけた銀のチェーンを握る。その手はかすかに、震えていた。




