第5話 白装束の者たち
サガスタには、大きな森がある。しかしそこには鋼の体をもつ獣がいるという噂が長年あり、人はいつしかその森を恐れ、足を踏み入れぬようになった。
しかし今、そこには2人の男がいる。
彼らは白いローブを身に着けている。フードを頭から深く被っているため、顔がよく見えない。背の低い方の少年が、木を俊敏に飛び移り、背が高くガタイがいい方に叫ぶ。
「兄上ー!どこにも見当たらないよー!」
「おかしいな。サガスタにある大きな森といえば、ここで合ってるはずだが」
少年はかなり高い木の上から、何も躊躇いなく平然と木から俊敏に降りた。
「デマだったのかなぁ。どうする?」
「む、そうだなぁ……」
「ま、とりあえず街まで降りてみようよ!僕サガスタの名産のシアドルの蒸し焼き食べてみたいんだ!」
少年はそう言い軽快に森を駆けていく。
「こら、お前はじめからその気だったな!待ちなさい!!」
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「で、リュオン様。これからどちらに向かいましょう?」
手綱を握りながら、ディアンが主に問う。頼もしい返事を期待していたが、リュオンは腕を組み
「うん、そうだなどうしよう」と言ったので、皆がずっこける。その中で、サラはオロオロしている。
「え。リュオン、何かあてがあったんじゃ……」
「ああ!旅に出たらきっと何か道が開くとは思っているよ!」
「まさか、最初に私に言ってくれたのは、ハッタリだったの…?」
「だってそうでも言わないと、サラは一緒に来てくれなかったろ?」
リュオンはそれはそれは素敵な笑顔で爽やかにそう言った。全く悪気がない彼に、サラは固まる。
「サラ……?」
背中に手をおこうとすると、リュオンにサラの爪が迫ってきた。間一髪で避ける。サラは、ただでさえ鋭い目を、より鋭く光らせている。
「ちょ、ちょっと待てサラ!話せば分かる!!わーちょっと待て!馬車が壊れるだろ!!」
2人がそう格闘している間、ローザはディアンに話しかける。
「貴方たちの国の王子、なかなかの性格ね」
「馬車に忍び込んだ姫には言われたくありませんが」
その言葉に、ローザはむっとした表情になる。
「失礼ね。貴方こそ、無理やりついてきたんでしょ」
ディアンとローザは静かに火花を散らす。ローザの方が先に飽きて、リュオンたちに向かって話しかける。
「ではとりあえず、東の方へ行ってはどうかしら。あちらの方が、魔法には長けているはずよ」
「貴方はオーセルがある西に行きたくないだけでしょう」
ディアンの呟きは、誰にも聞こえていない。リュオンはローザの意見に、笑顔で頷いた。若干ボロボロである。
「なるほどな、では姫の助言通り、東に行こう!」
「はーい……」
ディアンは気が乗らないながらも、東の方に歩みを進めた。
「うわぁ〜!美味しそう!!」
白装束の二人組みの彼らの目の前には、この国の近くでしかとれない魚、シアドルの蒸し焼きが並べられた。少年は夢中でそれにかぶりつく。まだ夕方前なのにたくさんの人で賑わっている。この料理屋は有名店ではないようだが、地元の人々に愛されているようだ。古くはあるが綺麗に飾られた店内からも、この店の歴史が分かる。
「ったく!それ食べ終わったら、また森に戻るぞ!」
兄の方もそう言いつつ、シアドルにかぶりつく。
「ねぇ聞いた?リュオン様の話…」
「聞いたわよ!もう知らない人いないんじゃない?信じられないわよね、まさかそんなことが……」
気づくと、店の中の客の話題はほとんどがリュオンという人物の話題でもちきりだった。
誰だ、リュオンて。
弟の方は明るい声で、素早く隣の客に質問していた。
「ねぇお姉さん。サガスタの食べ物すごい美味しいね。僕たちこの国出身じゃないんだけど、この国はすごい良いなぁと思う」
最初は訝しがったが無邪気な様子で自国を褒められ、女性客は笑顔で応える。
「ええ。この国は素敵よ。前王が作られたまだ新しい国なんだけど、交易も栄えているし、国民の生活は国が保障してくれるわ。現国王もとても国民に支持されているのよ」
「へぇ。じゃあ安泰だね」
「それが、そうでもないのよ…」
「というと?」
「現国王の唯一の御子、リュオン様も、すごい格好よくお優しい方で、いろんな疑惑はあるけど国民は彼を未来の王と認めてたのよ」
すると更に隣の男が、話に入ってきた。
「それが、獣と結婚すると言って、飛び出してなぁ……」
「素敵じゃない!愛をつらぬく!王子は女性に興味がないという噂もあったくらいだから、獣でも女の子が好きで」
「王子様の考えることは分からねーなー俺なら絶対ローザ様がいいね、遠目でしか見たことないが、この世のものとは思えない美しさだ」
店の中はいつのまにか、リュオンについての話題で客たちの意見が飛び交った。もとから喋りの場なのか、皆顔なじみのようだった。いつのまにか愛とはなんだという話まで発展している。
「ふーん、なるほど。色々あるんだねぇ…ご馳走さま!美味しかったよ、有難う!」
そう言って少年は、客たちの喧騒を残し笑顔で出て行く。会計を済ませてから、兄は急いでついて来た。
「全く。気は済んだか?早く森に戻るぞ」
「兄上。前から分かってたけど、やっぱり馬鹿だねー」
「なに!?」
「さっきの皆の話聞いてなかったの?」
「さっきの……て、バカ王子の話か?獣と旅に出たと…え、まさか……」
「うん、間違いないだろうね」
少年はそう言い、空を見上げる。晴天の綺麗な青空が広がっているのだが、視界が遮られていて、よく見えない。
だが彼はフードをとらない。
まだ、その時ではないからだ。