第45話 世界は突如動き出す
「ねぇところで。貴方たち一体何者なの?」
せパールの街を歩きながら、ふとローザは前を歩いているシアンとコバルトに尋ねた。コバルトは不思議そうに首を傾げる。
「あれ、挨拶まだでしたかね?」
「いや、名前は聞いたけど。何で、エマたちと一緒に旅してるの?」
「まぁ、いいじゃない。細かい事は気にしないで」
シアンはそう言って愉快そうに笑う。ローザの額に青筋が浮かぶが、彼らは気にせず前を行く。
「全く。エマも何を考えているのかしら?どう見ても怪しいじゃない」
「トラス様が言うには、彼らも何かを探されているそうです」
横でのんびりそう言うディアンを、ローザは鋭く睨みつける。
「何かって、何よ」
「さぁ?」
「でもどうするーー?もうこの国、調べ尽くしちゃったよね」
シアンの言葉に、皆言葉を無くす。実際、この国で調べられそうな所は全て調べた。それでも、マーレイスの鎖の手がかりを見つけられなかった。
「やっぱり、もうここにはないのかもね」
「そうですね、では、情報探しは今日でやめて、暫くはサラ様の容体が落ち着くまでこちらに滞在しましょう」
ディアンの言葉に、ローザは静かに頷く。そうして、心配そうに空を仰いだ。
*****
その瞳から、私は瞳がそらせなかった。
信じれなくて。嘘だって言ってほしくて。
でも彼が言った言葉は、私を打ちのめした。
ーー君は……
「…ラ!!サラ!!」
目を開けると、心配そうな顔で覗き込んでいるリュオンの顔がそこにあった。
「大丈夫か?サラ」
その声に、サラは我を取り戻す。薄い布が敷かれた床から体をゆっくり起こす。
「ごめんなさい、リュオン。私、またーー」
「いいよ。それより、ほら水」
リュオンはそう言って水が注がれた平らな皿を差し出す。サラは体を起こし、それを舐める。ふいに、リュオンの手がサラに優しく触れる。
「やっぱり、熱いな」
せパールで暫く、サラたちは壊された城の修復の手伝いをしていた。そろそろ落ち着いてきて出発しようとした時、サラが突然倒れたため、今はまだせパールに滞在している。城は慌ただしかったので、今はエマたちが泊まっていた宿の近くで新しく部屋を借りている状態だ。
「皆さんは……?」
「ローザ様とディアン、シアンさんたちは今調べに行ってくれてる。エマさんたちは、近くに買い出しに。今日は俺がサラの側にいるから」
そう言ってリュオンはにこりと笑う。サラはそれに、嬉しい気持ちより、申し訳ない気持ちになる。
「ごめんなさい。私のせいで、次の国に行けなくて……」
「いいよ、どのみち次どこに向かえばいいか分かってないんだ。それにせパールに来る時、サラには無理させたからな。体が疲れたんだよ」
リュオンが慰めてくれるのを、サラはぼんやり聞いていた。体が、疲れたのだろうか。 どうも、違う気がする。
「それにしても、サラすごいうなされてた。熱のせいで、悪い夢を見たんだな」
リュオンは優しく頭を撫でてくれる。サラはその優しさを感じながら、瞼を閉じる。
そうだ、あれはきっと、ただの悪い夢。何も、気にする事はないはずだ。
それから、どれくらい眠ってるのだろう。意識が、ずっとはっきりしない。ふいに、優しい感触が頭に触れる。
「ちょっと、ご飯準備してくるな」
顔をあげると、リュオンが部屋を出る音がした。サラはその音を聞いて、暫く呆然としていた。
ゆっくり体を動かす。熱も少し、落ち着いてきたようだ。ふと、リュオンが置いていった本に目がいく。深緑の表紙の本で、見た目からかなり年期が入っていることが分かる。
リュオンが、グルソムについて見せてくれた本だ。何と無く気になって、サラはその本に近づく。なかなか動かしくいが、手の端を使いパラパラと本をめくる。
その本は、誰かの日記のようだった。彼が見たものの絵と、それについての日記。まるで、夢物語のように、不思議な生物がたくさん描かれている。
彼の足取りは、自分たちの道のりに似ている。そうか、だからリュオンは次は南大陸に行こうと言ったのか。彼と同じように進めば、何かあるかもしれないと思って。
でも、何だろう、不思議な気持ち。この日記の字は、ところどころ丸まっている癖がある。どこか、この字を見た事がある気がする。
グルソムの絵は、後半に描かれていた。人を襲う、恐ろしい生き物。逃げ惑う人々が描かれている。何度見ても、恐ろしい。
ふと、ページの隙間から何か挟まれているのが見えた。
……何だろう。サラは、何故かそれが無性に気になった。
不器用にぺらべらめくり、そのページにたどり着く。そこには、色あせた封筒があった。
*****
リュオンはサラの為に、栄養満点のスープを煮込んでいた。といっても、八割がエマが仕込んでくれていた物だ。それをかき混ぜながら、うなされていたサラを思い出す。
サラは、一体何にあんなにうなされているのか。ローザによると、前もうなされていた事があったらしい。気になるが、辛そうな彼女に内容を聞くのは酷な気がする。ここは明るく和やかに接しよう。
リュオンはそう決意し、出来たスープを氷で冷まし、涼しげな緑の皿に盛る。そうして、サラがいる部屋に向かう。
「サラ!スープが出来たよ!氷で冷やしたから、冷たくて美味しいよ!」
リュオンは、明るい声で告げながらドアを開けた。その瞬間、思考が固まる。
そこに、サラの姿はなかった。




