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王子は獣の夢をみる  作者: 紺青
第7章 マーレイスの鎖
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第43話 グルソムの血

 深く暗い森の中。ただひたすらあるものと会うために進んでいく。

 そのものは、いつも決まった大きな木がある場所にいる。目を閉じていたが、物音を感じたのか静かに目を開けた。そうして目が合うと、驚いた声をあげた。


「どうしたの?リュオン。今日は、パーティーがあるから忙しかったんじゃ……」


 その声は、その黒き獣の姿からは想像がつかないような、澄んだ綺麗な声だ。それがいっそう、不気味さを際立たせている。リュオンがそんな風に考えてるとは知らず不思議そうに尋ねるそのものに、ニコリと微笑んだ。


「ああ、思ったより早く終わったからさ。サラにも会いたいなと思って」

「楽しかった?」

「うん、楽しかった」

 そうしてサラに、パーティー会場の装飾の派手さ、豪華な食事、華やかなドレスの人々、祝いの言葉やプレゼントをもらった事を話した。それはまるで、大切な思い出を語るように楽しそうに。

 しかし本当は、全然楽しくなんてなかった。今日、初めて自分は公の前に姿を現した。自分が祭壇に立った瞬間、皆の好奇に包まれていた視線が、固まったのが分かった。それが分かった時逃げ出したくなったが、父親が息子だと誇らしげに告げ、前王もそれを支持した為、誰も反論出来ず拍手が送られた。

 これで自分はもう、公の場から逃れられなくなる。色んな思いが交錯される中、何も感じないように生きねばならない。


 でもサラに、愚痴なんて言わない。


 サラの前では自分は、普通の人間でいたい。


「いいなぁ」


 サラはリュオンの話を聞き終えるとそう穏やかに言った。彼女はいくらリュオンが自慢気に話しても、全然嫌そうにしない。むしろ、楽しそうに耳をぴんと立て、尻尾を振る。

 それは彼女にとって、リュオンが唯一の孤独から救う存在だからだ。もしサラが獣でも孤独でもなかったら、自分の話なんて聞かないだろう。リュオンの心の中で黒いものが渦巻く。今日はたくさんの視線を浴びたからか、心の中のモヤモヤがなかなかとれない。


「でも良かった。リュオンにね、見せたいものがあるの」


 そうしてサラは「ついてきて」と歩き始めた。不思議に思いながら、その後をついていく。

 どんどん森の奥に入っていき、物音は僅かな風の音と自分たちが歩く音だけだ。


「サラ、どこまで行くんだ」

「もう少しー」


 不安になりそう尋ねると、サラの呑気な声が返ってきた。その言葉を聞いてからどれくらい経ったか。ふいに、サラが止まった。そうして「ほら、見て!」と明るい声で言う。


 わずかな月明かりが差し込む森の奥には、水色の小さな花が一面に咲いていた。リュオンは呆然とその光景を見て固まり、サラはにこやかに告げる。


「すごいでしょ?このお花ね、毎年この時期に咲くんだ。私、すごい楽しみなの。……リュオンに初めて会った時ね、すごい懐かしい気がしたの。いつもは人間が来たら怖くて逃げちゃうんだけど、貴方に会った時は、なんだか、全然怖くなかった」

 それは、自分が他の人間とは違うからか。リュオンがそう尋ねる前に、サラは告げた。

「でも最近分かったの。そうだ、この花に似てるんだって」

 その花を静かに見る。花は、どこか清々しく、凛と咲いていた。サラは花に向けていた身体をリュオンに向けた。


「リュオン、お誕生日おめでとう。今日は会えないと思ってたから、会えてすごい嬉しい」


「……俺と、会えて、嬉しい……?」


「うん、すっごく」


 サラはそう言って目を細めた。リュオンは、それには何と返していいか分からなく、ただ花を見つめる。この花の色は、確かに自分の瞳の色に似ている。しかし、きっと自分の瞳は今、こんな風に綺麗ではない。

 サラに会いに行くのは、初めは自分より人と異なった存在を見て、安心する為だった。

 でも、何故か彼女に会うと、自分の穢れを知るばかりだ。それがたまらなく虚しい。


「……サラ、有難う」


 そう言うと、サラは嬉しそうに尻尾を振って応える。リュオンはそれを見て、静かに微笑んだ。


*****


「いやいや、連絡もなしに急に来てしまい申し訳ありません」


 リセプト国の王は、あまり悪気がなさそうにそう告げた。サガスタ王ゼネスは彼とその従者にテーブルを挟んで向かいの席を勧めると、静かに着席した。彼らは今、来賓を迎える為に用意された部屋にいる。メイドが用意してくれた茶のいい匂いが室内を満たす中、ゼネスは動揺を押し隠しながら応える。


「いや、息子が大変お世話になったようで。感謝を伝えに行かねばとは思ってたのですが……」

「とんでもない。丁度帰国する時にお会いしただけなので。寧ろあのような豪華な品を頂いて、こちらが申し訳なかったです」


 ゼネスは実に怪しげなこの男を見る。リセプトの王ジェラルドは色々と評判の男だ。ディアンからリセプト王の世話になってると聞いた時は、卒倒しそうになった。やはりすぐ連れ帰るべきだと身一つで出かけようとした所、父と家臣に止められた。

 礼を送ったのは大分前で、もうゼネスの中では終わった事になっていた。しかし、あれだけでは足りなかったか、そもそも礼が逆に不敬であったか。考えを巡らし汗をかいている王を見て、ジェラルドはにこやかに笑った。

「率直に申し上げますと、ご子息様についてお話したく参りました」

 

その言葉に、王は今度は背筋が冷えるのを感じた。息子について聞かれる事は、大体決まっている。


「リュオン様は、銀髪に水色の瞳ですよね」

「……それが?」

「教えて頂けませんか、彼が何故あの姿なのか」


 王は静かに立ち上がると、ジェラルドを見下ろした。


「申し訳ないが、そういう話なら私に話すことはない。お引き取りを願いたい」

 そうして、歩き出し部屋から出ようとする。


「グルソム」


 その言葉に、王は固まる。


「魔族の名です。ご存知ですか?」

 王の顔はどんどん剣呑になっていく。だがジェラルドは、構わず続けた。

「ご子息の容姿は、その姿と酷似しています」

「ふざけるな!息子を化け物扱いするな!!あの子は、私とリアの子どもだ……!!」


 ゼネスの怒鳴り声にも動じず、ジェラルドは淡々と尋ねた。


「リアとは、奥様のお名前ですか?」

「そうだ!身体が弱いながら、私の子を産んでくれた、大切な妻だ!息子は、彼女の形見でもあるんだ……!…私は彼女の最期こそ見れなかったが、妻を側でずっと見てきた。……私の子でないはずがない……」


 ジェラルドは拳を握りしめる王の姿をじっと見た。彼は、本当にこれ以上何も知らないのだろうか。思案していると、静かな室内に靴音が響いた。


 振り返ると、ドアを開けて一人の老人が入って来ていた。白く長い髭をたくわえ、顔は皺だらけだが、不思議と品格がある人物だ。


「父上!何故ここに……」


 サガスタ王の言葉に、ジェラルドは相手が前王だと知る。彼は驚いた息子の声に、のんびり答えた。


「いやいや、メイドに恰好いい王様が来たと聞いてな。儂もつい一目見たいと思い」


 そうしてふぉっふぉっと楽しそうに笑う。だがジェラルドに向けたその瞳は、鋭い。


「リセプト王よ。お主、いろいろ勉強してきたようだな」


 会話を聞かれてたのか。ジェラルドは、前王を静かに見上げる。


「グルソムなど、実際に存在してたかなど、誰にも分からん。人間は空想が好きだからな」


 彼は、一歩一歩静かに室内に入ってくる。


「そんなものに孫が似てることなど、何も問題ではない。親と違う容姿で生まれる事も、よくある事だ。一体、何が問題なのだ?」

「……確かに、仰る通りです。私も、人を容姿で判断するのは好きではない」

「ならば一体、何にこだわる?」


 そうして前王はゼネスの隣に腰を下ろし、静かにジェラルドの言葉を待った。


「……私には、かつて婚約者がいました。彼女の意思とは関係なく築かれた関係ですが……結果的にその姫は、死んでしまいました」


 そうしてジェラルドは、瓶をテーブルの上に置いた。その瓶には、赤い液体が入っている。


「何だ、これは……」

「グルソムの血です」


 ゼネスは息を呑む。前王は、静かに聞いている。ジェラルドはその姿をぼんやり捉えつつ、焦点は瓶に向けたまま話を続ける。


「……血を飲む事は禁忌です。しかし彼女は、これを飲み、強靭な身体を手に入れ戦場で戦っていました。これはやがて毒となり、彼女の身体を苦しめました」

「……何が言いたい?」


 ゼネスはそう尋ね、前王は苛々している。


「しかし、これは彼女の場合です。人によっては、死なない人間もいます。容姿だけが変わったり……」

「黙れ!!」


 前王の大きな叫びが、室内にこだました。ゼネスも、その父の姿に呆然としている。


 ジェラルドはその榛色の瞳を、静かに前王に向けた。

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