第42話 別の場所で動く者たち
「おい!」
その部屋に突如現れた青い長い髪の男はそう叫んだが、部屋にいた二人の人物はそれに驚く事なく迎えた。
「おぉ、お疲れ」
そうして呑気にテーブルにつきステーキを食べ続ける。一人は金髪が少し入り混じる灰色の髪の男、もう一人は水色の髪の小さな少年だ。向かい合わせに座って食べてるその姿は一見すると親子のようで微笑ましいが、入ってきた男、バフォメットはその二人の呑気な様子に眉間に皺を寄せた。
「お疲れ。じゃねーよ。何いつのまにか離脱してんだよ」
バフォメットが灰色の髪の男にそう問いかけると、男はきょとんとして返した。
「だって僕には商人としての仕事があるし」
「嘘つけ。大変だったんだぞ、魔物が暴れたせいで城は所々壊れるわ、市民は混乱するわ、王様は毒気が抜かれてるわで。おい聞いてんのか、クランツ。ステーキ食うな」
そうツッコむと、男はナイフを持った手を小さく横に振った。
「クランツじゃない、今はルゴーだ」
「知るかよ」
「それにしても驚いたよ。君もサラ君たちの旅の手伝いをしているなんて」
「俺は契約通りに動いただけだ。本当はこんな事したくないんだよ」
そう言って二人の斜めの位置にある椅子に盛大に音を立てて座り、少年の方に目線を向ける。だが少年は全くバフォメットを見ようとしない。ルゴーは彼の疲れた様子に笑い、グラスを差し出す。
「辛いんだねー悪魔も。ほら飲みなよワイン」
「お前俺が飲まないって知ってて言ってるだろ。言っとくけどな、お前も大概嫌な契約主だったぞ。散々こき使っといて、結局願いを叶えねーで」
「そうだねぇ。結局叶わなかったねぇ」
バフォメットは苦笑する。かつてこの男は、ローレアの姫を殺した元凶のリセプトを滅ぼし、ローレアとリセプト含めての王になろうとした。だが結局全てが無と化し、彼の願いもなぁなぁになっている。バフォメットがいくら今がチャンスだと言っても聞き耳をもたず、とうとうリセプトは復興の兆しが見えてきてしまっている。
ルゴーはその様子を気に留めた様子もなく、まるで魂が抜けたように世界を放浪し、見るたび違う仕事をしている。
「無事彼らの手に渡ったか」
それまで沈黙を保っていた少年は、バフォメットにそう尋ねた。どうやらステーキを食べ終えたようだ。バフォメットはそれに頬杖をつきながら答える。
「ああ、俺が用意したのは断ったが、あいつらで勝手に手にいれてたよ」
「そうか、それはよかった」
少年はそう言うと、ルゴーが持ってきたチョコクリームのケーキを食べ始める。
「全然良くねぇ。おい、俺の役目は終えたはずだ。さっさと術を解いて俺を解放しろ」
「そうだなぁ。じゃあ角の菓子屋のセットを買ってきてくれたら」
「お前それ何回目だよ!というか閉まってるし!」
「まぁまぁ。君も食べるか?ケーキ」
「だから食えねぇって」
「あと一つだな」
少年はチョコケーキを食べながら、低く呟いた。その言葉に、バフォメットとルゴーは黙り、少年ーーオルフを見つめた。
*****
北大陸の真ん中にある、小さな国、サガスタ。王は城の中にある執務室で書類を読んでいたが、廊下からする慌ただしい音に顔をあげた。そして、その音がドアの前で止まる。
「へ、陛下!ご政務中のところ、申し訳ありません!」
「かまわん、入れ」
そう言うと、仕えの者の一人が息を整えながら、それでもうろたえた様子で入ってきた。
「どうした?」
「り、リセプトの王……ジェラルド様がお見えです」
「……何?」
その言葉に、王は慌ててマントを羽織り、執務室から出る。そうして控えの間に行くと、背の高い榛色の髪の男と、それに従うように立っている灰色の髪の男の姿があった。
榛色の髪の男は、その緑色の瞳に王の姿をとらえると、社交的な笑みを浮かべた。




