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王子は獣の夢をみる  作者: 紺青
第6章 セディウスの糸
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第40話 黒い獣

 ……誰?


 ジェシカは、いきなり現れた男にそう尋ねられ、訳が分からなかった。


「おい!お前こそ誰だ!?今俺たちは急いでるんだ!」

 ジェシカが答えられないでいるうちに、後ろにいるララマがそう叫んだ。その声に、男は不愉快そうに目を細める。

「逃げるのにですか?」

 そう問われ、ララマの顔は朱に染まる。

「な、何が悪い……!?私は生き延びねばならないんだ。助けてくれたのだから、その隙にこの身を守るよう動くのを否定される筋合いはない!」

「ええ、そうですね。安心してください、私も助けたお方も、貴方の事なんて気にしちゃいません」

「ーーな……っ」

「私は彼女に、尋ねたくて来たんです」

 そう言って、男は再びジェシカに目を向ける。

「あの……リリス様は……っ!?」

「ああ、大丈夫です。安心してください。それより、貴方は誰なんですか?」

「誰と言われましても……私は、ジェシカです」

「だから」

 そこで、ディアンの二つの瞳が、鋭くジェシカを睨んだ。


「……誰だって言っている」


*****


「し、シアン……」


 サラは、冷酷な瞳で魔物が消えた床を見つめている者の名を呼んだ。その声に、シアンはゆっくり顔を向ける。


「はい?」

「なんで……どうして殺したの……!?」

 その言葉に、シアンは目を丸くする。

「魔物は、貴方を傷つけようとしていたんですよ?」

「そうだけど、でも……」

 サラは先程の魔物を思い出す。あの者は、ただ無意味に暴れているようではなかった。

「せめて、理由を聞いてからー……」

「……貴方に傷をつけようとする者に、変な義理をかけてやる気はありません」


 その言葉に、サラは目を見開く。リュオンも、シアンの様子を驚きながら見つめていた。サラは動揺しながら、言葉を発した。


「貴方、は……」

「シアン!!」


 後ろから、コバルトたちが走ってくる。

「勝手に動くなお前は!!」

「ごめんごめん。でもほら、俺の手柄で魔物は死んだよ?」

 シアンはそう言って手を広げる。それに、コバルトははーと大きなため息をつく。

「一体何があったの!?ローザ様は無事なの!?」


 エマの悲痛な叫びが、場内にこだました。


*****


「え……」

 ジェシカは、男のその瞳から、視線をそらせずにいた。ララマが小さく舌打ちした時、一つの声が響いた。


「陛下、ここは私にお任せください」


 その声が聞こえるやいなや、大きな風が沸き起こる。次にディアンの視界がはっきりした時には、1人の青い長髪の男がいた。


「……バフォメット」

「おや、覚えていてくれたのか?嬉しいねぇ」


 バフォメットは意地悪い顔でニヤリと笑う。


「貴様。ローザ様をどこに隠した」

「おいおい失礼だな、さっきいた彼女は正真正銘のローザ様だ。少し手は加えたがな」

「……何?」

 ディアンは予想外の言葉に固まる。バフォメットはその姿を見て、愉快そうに笑った。

「なーに、彼女が持っている嫌な記憶を、少し離してあげただけさ」

「記憶を……?」

「そうだ。あると面倒だから、記憶を取ってやった。容姿が違うのは、俺の術がかかってる反動だ」

 その言葉に、ディアンはバフォメットの胸ぐらを掴む。

「早く戻せ」

 殺気あるその表情に臆することなく、バフォメットは答えた。

「無理だね。そもそも、あの娘はそんな事望んでないよ」

「何……?」

「記憶を手放したのは、彼女が弱かったからだ。……彼女は、君たちに売られたと思ってるよ」

「何を馬鹿な……」

「馬鹿だと思うかい?しかし、彼女はそう信じたんだ。そして、結果がこれだ」

 ディアンは言葉を失う。バフォメットはそんな彼に、一枚の布を差し出した。

「……ほら、これやるよ。花嫁に贈られる予定のセディウスの衣だ。あんたの主も、これで喜ぶだろう」


 バフォメットは、そう言い七色に光る衣を差し出す。ディアンはその布を、静かに見つめた。


*****


「こ、ここまで来れば安全だ……」


 ララマはそう言い、へたりと座る。


 地下の細い道の先を出ると、大きなガラスの屋根がついた庭園に出た。ジェシカは、静かにその部屋を見渡す。そこは、きれいに磨かれた石で出来た部屋に色とりどりの花や木々が植えられていて、遠くからでは中に人がいるか分からない。


「待ってろ。すぐに衛兵を呼ぶ」

 ララマはそう言うと、何事かを持っている石に呟いた。ジェシカを助けてくれた人でもある、バフォメットという男が作った、術が備わり連絡が取れる石らしい。


 ジェシカは、ララマの言葉を遠くに聞きながら、先程の男の言葉を考えていた。自分は一体、誰なのだろう。


「おい、ジェシカ。あの男の言う事は気にするな。ただの脅しだ」


 ララマは優しくそう告げ、ジェシカの手を握った。その手を、ジェシカは無意識にはねる。


「……ジェシカ?」

「……あ……」


 ジェシカは混乱し、頭を押さえる。


 分からない。分からない。


 誰が言う事が正しいの?


 あの人は何者で、私は、一体誰なの?


「獣が来たぞ!!」


 ジェシカの思考を振り切るような叫びが、遠くから聞こえた。


「黒い獣だ、城の周りをすごい勢いで走ってる!」

「何だ一体、さっきの化け物といい、何が起きてるんだ!?」

「皆逃げろ、喰われるぞ!!」


 ……黒い獣?

 その声にジェシカは目を見開き、ララマの制止を振り切り庭園から出る。


 庭園を抜けた先には、星が瞬く世界が広がっていた。


 そしてその世界の中で、城の様子を伺っていた人々が、再び逃げ惑う世界が見えた。何か恐ろしい獣が、こちらに来ているらしい。しかし、ジェシカはその場に留まり、そのものの訪れを待った。


 その黒い獣を、私は知っている気がした。


 はじめは、恐ろしいと思った。それまで抱いてきた様々な恐怖とはまた違う、生命の危機を感じる恐怖。


 でもいつしか、その恐怖心は消え、残ったのはー……


 やがてジェシカの視界の前に、一匹の黒い獣が現れた。その獣は獲物を狙ってるような鋭い瞳で通り過ぎようとしていたが、ふと気づきジェシカの前で止まる。


「ーーローザ様!!」


 その声に、ジェシカは目を見開き、次の瞬間呟いていた。


「……サラ……」

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