第4話 そうして彼らは旅にでた
姫は倒れてしまい、従者に運ばれて行った。残ったのは、王とリュオン、そしてサラだけになった。
サラは混乱していた。リュオンが王子だったこと、あんな美人に求婚され断ったこと、そして自分の言葉がリュオン以外にも通じたこと。全てに驚いていた。
思えば、今まで自分を見て、声をかけてくれた人間などいなかった。皆一目散に逃げる者、自分を殺そうとする者ばかりだった。
リュオンだけだ、私に笑顔で話しかけてくれたのは。
「はぁ……事情は大体分かった」
王はもうクタクタだ。玉座に座ったが、いつもの威厳が保てていなく、猫背である。
「それで?お前はその獣さんと結婚するつもりか?もとは人間だと言っても、現実今は獣さんだぞ?」
「はい。ですから、彼女と旅に出たいと思います」
とうとう王がずっこけた。
「探せば、きっと彼女の呪いも解けるはずです。私は、彼女を守れる程強くなれました」
「剣術大会で優勝したからといって、そんなに強いとは思えん。全く、お前は世界をなめとる。いいか!お前はもっと跡継ぎとして自覚を…」
「いいじゃあないか」
その言葉に振り向くと、そこには王より髭が長く、しかし背筋が真っ直ぐ伸びた老人がいた。
「お爺様」
リュオンがそう呟いた。ということは、現王の前の、王様。
「父上!何を言いますか!」
「お前は少々過保護過ぎる。いくら1人しか居ない跡継ぎとはいえ、国の中ばかり見ていては、いざというとき正しい判断が出来ない」
「しかし……」
「リュオン。お前は、その獣の娘を慕っているのだな?」
「はい!」
リュオンの威勢のいい返事に、前王は微笑む。
「若いとはいい事だな。行ってこい、己の信条を貫くために」
「あ、有難うございます!!」
前王はその2人の礼に、目を細めて答えた。
2人が旅の支度をするため退室して行ってから数分間、王はあまりの衝撃に声が出なかった。暫くして我にかかると、自分をニコニコ見ている父親を睨んだ。
「父上!一体どういうおつもりですか!?勝手にまたリュオンを甘やかして……!」
「ゼネス。いい加減、子離れしたらどうだ」
「もしもの事があったらどうするんですか!?リュオンはただ1人の跡継ぎなんですよ!」
「私がお供します」
その言葉に、前王は彼に目を向ける。
「ディアン、目が覚めたのか」
ディアンは黒髪を後ろで縛り、紫の目をしている、この世界では珍しい容姿だ。そして知識・技能ともに彼の右に出る者はいない。当然彼を欲しがる人間は数多いが、彼はあくまでリュオンに仕えると誓っている。
「リュオン様がああなったのは、教育係である私の責任です。どうか、私にも出発の許可を。必ずや、リュオン様をお守り致します」
その言葉に、前王はディアンに対して呆れた目を向ける。
「そういうところが過保護だと言っているんだ。リュオンの護衛は他の者に任せる。お前は国にとって大事な軍兵の一人でもある」
「国が残っても、統べる人がいなければ意味がありません」
ディアンはそう言い、力強く王を見つめた。
「お願いします。どうか、私をリュオン様のおそばに」
**
ローザは目が覚めると、従者2人が心配そうに覗き込んでいた。
「ここは……?」
「サガスタです。姫様獣さんが喋ったら倒れてしまわれて、この客室に運ばれたんです」
その言葉に、先ほどの記憶が蘇る。
「…夢ではなかったのね……」
「ローザ様……」
「…あれから、どうなったの?」
「お二人は、旅に出られるそうです。人間に戻る方法を探しに」
「へぇ、そう……」
ローザはそう言って、ゴロンとうつぶせになる。これはローザが落ち込んだ時の寝方で、従者2人は慌てて慰める。
「でも良かったじゃないですか。あんな変態と結婚する前に気づけたんです」
「ええ、そうね……」
「それに、王子もあとで必ず後悔します。人間に戻ったとしても、自分の好みの顔じゃなかったら夢から覚めますよ」
「トラス。あんた、なんて言い草」
「だってそうでしょ?あの王子、絶対酔いしれてるだけですよ」
「だから、それが……」
エマとトラス二人は、気づけば言い合いを始めている。その言葉を、ローザは目を開けて聞いていた。
「さあ!旅の準備はできた。行こう!」
リュオンは、うきうきとサラの方を振り向く。対してサラは、静かに足元を見ている。
「……サラ?」
「やっぱり、やめるべきだわ」
その言葉に、リュオンは目を丸くした。
「何を言うんだ、君もさっきは喜んでくれたじゃないか」
「勿論今でも嬉しいわ!でも、もし何も見つからなかったら?もし貴方に何かあれば、私は……」
さっき部屋から出たあとの、城の人たちの目。自分はやはり、異質な存在なんだ。今の私は彼らにとって、大切な王子を貶める存在なのでは……
「サラ」
リュオンは、低く彼女の名を呼ぶ。それにサラはビクっと震えたが、リュオンは微笑んでいた。
「君の話はあくまで仮定だ。断定じゃない。それは僕の仮定も同じだ。君が人間に戻れるなんて、断定できない」
リュオンはそう言って、膝をつき、サラと視線を合わせる。
「でも、結果が出てないから、自分が行きたい方に行くべきだ。僕は、君と旅に出たい。君は、どうだい?森に帰りたい?」
リュオンは、優しく微笑みながらも、強い瞳でこちらを見てくる。決して揺らぐことのない、その強い瞳。
「……リュオンと、一緒に行きたいです」
その言葉に、リュオンは嬉しそうに目を細めた。
「なら、そうしよう」
そう言って彼はルンルンと鼻歌を唄いながら、カバンをかつぐ。その姿に、サラも目を細める。
きっと、彼には一生敵わない。
**
「では、行って参ります、父上」
リュオンは城の方を振り向き力強くそう言った。隣には、サラが寄り添って立っている。
「うむ。己たちの愛を信じ、頑張ってきなさい」
王はすっかり威厳を取り戻し、力強い声でそう言った。顔が引きつっていることから、無理していることが分かる。
「リュオン様!どうかご無事で!!」
城の者たちからの叫びにリュオンは笑顔で手を振り、馬車に乗り込んだ。
「皆の者、心よく見送ってくれて有難う、余からも礼を言わせてもらう」
そこにはローザの従者の姿もあったが、ローザ自身の姿は見えなかった。王は、彼女の従者に尋ねる。
「ローザ姫は……?」
「申し訳ありません。姫は、まだ寝ておられます。1人になりたいと言われて……」
その言葉に、王は悲痛な顔をする。
「そうか……姫には、本当に申し訳ないことをした。父親として、詫びる」
「いえそんな。サガスタ王、頭を上げてください!」
「サラ、どうだ?初めての馬車は」
「不思議な感じだわ。でも、すごい景色が綺麗」
馬車が行く道は、周りは田畑が広がる平坦な道だ。田畑にいる人々は、興味深そうに馬車を見ている。どうやら、もう国民にも噂は広まっているようだ。
「これからもっと色んな綺麗な景色が見れる。一緒に見よう」
「うん……」
2人は穏やかに微笑み合う。しかしリュオンはふと、目の前の人物に目を向ける。
「で?何故、お前もいるんだ」
馬車の手綱を握っていたのは、ディアンその人であった。普段の黒の軍服の上に旅旅の薄いマントを身につけている。リュオンの問いに、ディアンは涼しい顔をして答えた。
「王からの御命令です。くれぐれもリュオン様をお守りするようにと」
「ったく、どうせお前が父上に頼んだんだろう?過保護なんだから」
「リュオン様の日頃の行いのせいでしょう。少しは王や私の気持ちも考えてください」
「どうでもいいけど、揺れがひどくなくて?私酔いそうですわ」
「贅沢言わないでくださいって……て、え?」
三人が振り向くと、白い布がもごもご動いた。白い布をバサッと音をたてて払い、1人の美女が現れる。
「ローザ様!!何故ここに!?」
皆の驚きの表情に、ローザは本人が思う一番可愛く、かつ切なそうな顔を作り返す。
「私も、是非皆様とご一緒したいと思いまして」
「何故?」
その言葉に、ローザは目を見開いて、劇の一幕のように声を張り上げる。
「私、感動したんです。お二人の熱い思いに。呪いにも負けない、世間の目にも負けず愛を貫く姿勢に。それで、是非お力になりたいと思いましたの。微力ですが……」
「何言って…」
ディアンは何か言おうとしたが、リュオンとサラはローザの言葉に、目を潤ませている。
「ローザ様、そんな風に思って頂けたなんて……」
「有難うございます……!」
そうして、ローザは気弱な様子で2人に尋ねた。
「私も、ご一緒してよろしいかしら?」
「「もちろん!!!」」
「有難うございます……!」
ローザは笑顔をキープしながら、能天気な2人組みにイラっときていた。でもこれでしめたもの。獣から人間に戻った時自分がいれば、リュオンはサラへの愛情を失うに違いない。それに、旅に一緒に行けば途中で自分に心変わりする可能性だってある。
今まで欲しいものは何だって手に入ってきた。今度も絶対、手に入れてみせる。
まだ2人は感涙の表情をしていたが、ディアンだけはローザを冷めた目で見てきた。なのでローザは、彼にニコリと微笑み返す。
こうして、4人(うち1人獣)の旅が始まった。
彼らはまだ知らない、自分たちに、待ち受けてる日々がどんなものか。