第38話 王様、ララマ
「それが、私たちが探しているセディウスの糸なの?」
サラが尋ねると、シアンがそれに静かに頷いた。
「ええ、恐らく。セディウスとは、強い魔力を持った魔物の一種です。その衣があれば、大抵の攻撃なら避けられる。その為、セパールの王は代々その衣を受け継ぐんです」
「王様の趣味じゃなかったんだ……」
二人の会話を聞きながら、エマは内容とは違う何か違和感を感じる。だが、それが一体何かまでは分からない。
「現在確認されているセディウスの毛で作られた衣はセパールが所有してる物のみです。ですから、手に入れるとしたらここでしょう」
「……じゃあ王様に頼まないといけないのね」
サラは不安気な表情で城を見る。自分ももしこの体でなければ、全力で飛んでいくのに。
早く、元の姿に戻りたい。
*****
はぁぁ。退屈だ。
セパール王、ララマは挨拶を終えたあと、次々に祝いの言葉を言いにくる者の言葉に辟易していた。顔には出さず笑顔で応対しているが、心では目の前にいる者たちへの罵倒を繰り返していた。
どいつもこいつも心にもない祝いばかり言ってくる。どーせ俺の事丸顔で派手野郎だと思ってるんだ。こんな衣、俺だって好きで着たくない。伝統だかなんだが知らないが、こんなの着てたら笑われちまう。
ララマは苦痛になるのをグッと堪え、対応していく。こんなしんどいパーティも、彼女を視界に感じれば耐えられる。ララマはそう思い、挨拶の列に並ぶ一人の少女を見つめる。今は花嫁候補と言える少女たちの挨拶が始まっているが、ララマには彼女しか見えていない。
ジェシカ。最近雇った奴が倒れてる所を見つけた姫。本当はどこかから連れてきたのかもしれないが、そんな事はどうでもいい。
彼女は、まさしく彼が理想として描いていた女性に近かった。華奢な姿と、守ってあげたくなるような瞳。今宵彼女を手に入れられると思えば、くだらない話にも満面の笑顔で対応出来る。
花嫁はもう決まったも同然だが、花嫁募集と銘打った以上、このパーティが終わるまでは発表出来ない。
ああもう、どいつもこいつもうっとうしい。ララマはそう思いながら、にこやかに対応していく。そうして、やっとジェシカの番になった。彼女は優雅に礼をする。
「本日は誠に、おめでとうございます」
ジェシカの挨拶だと、先程の者たちと同じでもこんなに心地良く響くのか。ララマはうっとりしながらその言葉に頷いた。
「ああ、有難うジェシカ」
彼女は完璧だ。おしとやかで、気遣いも出来る。彼女とはもっと長く話したかったが、挨拶と僅かな言葉のみで切り離される。
ララマは去っていくジェシカを惜しみながら、既に挨拶を始めている女性に目を向けた。そうして、目を見開く。
そこにいたのは、美姫であった。亜麻色の髪に、初めて見る澄んだ水色の瞳。その容姿に淡い水色のドレスがよく似合っている。ジェシカにも引けをとらない、いやもしかしたらそれ以上のその美しさに、ララマは腰を抜かしそうになった。
姿に見惚れ、彼女の言葉が全く耳に入らない。だが彼女と目が合った時、心臓が止まりそうになった。
「……なので。……あの、セパール王」
少女は真っ直ぐな瞳でそう問う。声は少し低いが、澄んだ声で心地いい。
「な、なんだ?」
彼女に心情がバレないよう努めて冷静にそう問うと、彼女は手を胸の前で組み、懇願の表情を浮かべた。
「どうか私に、そのセディウスの衣をくださりませんか」
*****
リュオンは、王の言葉を待った。先に逃げ出す事も考えたが、恐らく再び入る事は困難だ。話せば分かってくれるだろう。リュオンは覚悟を決め王に祝いを言うべきこの席で、己は旅をしていてセディウスの糸が必要だという事を伝えた。
あとは、王の言葉を待つのみ。
やはり、急にこんな事を言うのはいけなかったか。王は、険しい顔をしている。
「……大変失礼な事を申し上げて……」
「……そなたも、我が妻になりたいと言うことか」
リュオンが謝ろうとした時、王はそうぽつりと言った。
「……へ?」
王の言葉に、リュオンは固まる。な、なんでそうなるんだ?そう思い、リュオンは今の自分の立場を思い出し、状況を理解し真っ青になる。
「え、あ、ああいや違くて!そのですね……」
「悪いが、余にはもう心に決めた者がいる。……だが、そなたのような美しい娘なら、話は別だ」
「え。あ、いや王。実はですね……」
リュオンが誤解を解こうとした時、場内が激しく揺れ、鼓膜を裂くような大きな音が響いた。
何事かと振り返ると、会場の壁が破かれ、大きな甲羅が入ってきていた。緑色で、固い甲羅のような姿だ。
その甲羅から、緑の細長い触覚がいくつも飛び出、動き出す。人々から叫びが上がって行く。
「ば……化け物だ!!」
誰かのその声を皮切りに、人々は逃げ惑い、いくつかある出口に一気に人が押し入る。一番奥にいるリュオンたちは、その光景が理解出来ず、呆然と立ち尽くす。
「ララマ。オマエヲコノママ、イカスコトハデキナイ」
混乱の中、緑の物体が濁った声で言葉を発する。壁を砕く音がした。
「ココデ、シンデモラウ」




