第37話 ジェシカとリリス
少女は、用意された部屋の中でドレスを着た自分の姿を鏡で見る。黒い髪に黒い瞳。その瞳に光はなく、表情もどこか虚ろだ。身につけているドレスの淡い赤色だけが明るく、奇妙な感覚を感じる。
「ジェシカ様、お時間です」
メイドの声に、少女はゆっくり振り向く。そう、彼女の名はジェシカ。彼女を助けた者がつけてくれた名。
少女はメイドの後ろを歩く。大きな廊下を渡り階段を下りると、重い扉が開かれた。
「有難うございます」
ジェシカはメイドに礼をする。心なしか、メイドの顔色は悪かったが、ジェシカはそこまで気を配る余裕がなかった。
パーティー会場は、驚く程大きく華やかだった。光り輝く無数のシャンデリアの下に、豪華な食事や食器が並ぶテーブル。そして華やかに着飾った人々が既にたくさんいる。
どうやらまだ、主役である王様は来ていないらしい。
彼女はどこか自分を場違いに感じ不必要な程肩を縮こまらせる。頼れる人もおらず、ただパーティー会場の端っこに立っていた。そこに、一人の男性が近づく。
「はじめまして、私はザプトの大臣、アシュールと申します」
完全に顔に張り付いた笑顔を浮かべ、男は優雅にお辞儀をした。
「はぁ……」
「お連れの方は、いらっしゃらないのですか?」
「ええ……私は、生き倒れていた所を拾われて、このパーティーに参加させて頂くことになったんです。ここに案内してくださった方も、どこかに消えてしまいました」
「お噂は聞いてますよ。何でも、この国の宰相直々にこのパーティーに参加して頂くようお話があったとか。本日お会い出来るのを、大変楽しみにしていました」
「え、いえ、そんな事は……」
男の声はどこまでも優しかった。しかし、その瞳には黒いものを感じ、ジェシカは後ずさる。
「ジェシカ様。あちらで一緒にお話ししましょう」
ふと、誰かがそう言い彼女の腕を掴んだ。
「おい。彼女は今私と話して……」
男も文句を言おうとしたが、その言葉は最後まで続かなかった。ジェシカも腕を引いた人物を見る。そこには綺麗な少女が立っていた。水色の瞳に、亜麻色の髪。歳は、ジェシカと同じくらいだろうか。淡い水色のレースを何枚も重ねたドレスを着ている。
「申し訳ありません。彼女と少しお話がしたいんです」
少女がそう言うと、少女に見惚れていた男は我に返り慌てて返事をする。
「えっ、あ、はい!どうぞ!」
「有難う。失礼致します」
「あの、貴方のお名前は……」
「リリスと申します」
少女はそれ以上何か尋ねようとする男を無視し、笑顔でジェシカの腕を引き離れていく。男から大分離れたところで、ジェシカは目の前の少女に声をかける。
「あの!有難うございました。助けて頂いて……」
ジェシカがそう言うと、リリスと名乗った少女は振り向き、ジェシカを凝視する。
「あ、あの……」
「貴方は、本当にジェシカって言うの?」
心なしかリリスの声が先ほどより低い気がする。
「……本当の名は、分からないのです。生き倒れてたところを拾われて、こうして助けてくださりパーティーにも参加させて頂いたんです」
「うーん……まぁいいか。あのさ…」
そこで、場内から歓声が湧いた。
見ると会場の奥の祭壇に、一人の小柄な男が立っていた。七色の羽織を肩にかけ、黒い衣装を着ている。褐色の肌にウェーブがかかった黒色の髪で、見た目はまだ幼い子供のようだ。
「皆の者。今日は余の為によく来てくれた」
その声に場内から溢れんばかりの拍手が起こる。
「実物の方が派手だな……」
リリスから出たその呟きに、ジェシカは驚いて彼女の方を見る。リリスは慌てて、ジェシカに告げる。
「まぁいい。とにかくここから出よう」
リリスはそう言うと、会場の出口に向かって歩いて行く。王の演説は、まだ続いている。
「余は今宵、生涯を共にする女性を見つけたいと思っている」
あと少しで出口だ。リリスが出口に近づき、扉の側にいる係りに声をかけようと口を開いたその時。
「花嫁にしたいと思った人物には、パーティーの最後にこれを贈る。我が国の王族に受け継がれてきた、この衣。セディウスの毛で作られた羽織を」
王の声と共に、一つの布が王の手で広げられた。それもやはり、七色に光るものだった。
「セディウス……」
言われてリリスは考える。セディウス……
「なにぃ!?」
*****
「リュオン大丈夫かなぁ」
「ええ、心配です」
サラたちは、城壁の周りに生えている木の中に隠れ、リュオンとローザと思われる人物が現れるのを待ちわびていた。
「エマ、いい加減元気出しなよ」
「全然元気よ。男性に負けた事なんて、少しも気にしてないわ」
後ろでエマが落ち込んでいる。
シアンがあの後提案したのは、女装したリュオンが城に潜入するというものだった。最初はリュオンも心底嫌がっていたが、出来上がると意外にというか怖い出来で、見事潜入に成功した。あとはリュオンがその少女と仲良くなるだけだ。
「きっとすぐ出てこられますよ。大丈夫です」
「うん……」
「それはどうかなぁ」
シアンは腕を組んだまま、そう呟いた。四人は彼の方を見る。
「え?」
「そもそも貴方が提案した事でしょう、シアン」
エマがそう言うと、シアンの後ろにいたコバルトが手を挙げた。
「皆さん、気づかれませんでした?あの王の羽織」
「気づいたわよ、すごい派手だったわよね」
「あれは、セディウスの毛で作られた羽織なんです」
「へー。……え?ええ!?」
ディアンは皆が驚く中、何か奇妙な感覚に襲われた。
何かがおかしい。
パーティー会場の最上階。人々から見えない死角に二人の男が立っている。一人は無表情に、もう一人は微笑みながら、その会を眺めていた。




