第36話 話し合い
サラたちが固まっている姿を見て、エマは入ってきた者たちの紹介を始める。
「前の男は私と同じ、ローザ様の従者トラスです。後ろの白い服の2人は、まぁちょっと一緒に旅してるんです。探してる人がいるみたいで。えーと名前は……」
「シアンと、兄のコバルトです。よろしくお願いします」
エマは驚いた。シアンが、迷いなくエマがつけた仮名を名乗ったからだ。だがシアンは、平然そのもので、にこりとサラたちに微笑む。
「貴方方のお話は聞いてます。お二人は婚姻の約束をされてるそうですね」
「ええいやまぁ……」
「いえ、してません」
照れて答えようとしたリュオンは、サラの簡潔な言葉に一瞬耳を疑った。
「え」
シアンは、サラの言葉に目を丸くする。
「あれ、そうなんですか」
「はい」
リュオンはサラに小声で話しかける。
「サ、サラ?いつの間にそういう話になったんだ?」
「この前ほら、船の上で話したじゃない。リュオンの本来の旅の目的も聞いたし、わざわざその嘘貫く必要もないかなと」
「いや、確かにその、そうなんだけど」
リュオンは何やら動揺している。その様子を見て、お茶を配りながらトラスはエマにこっそり話しかける。
「エマ、あの2人どうなってるの」
「旅の中で何やらあったのかしらね……しかしという事は、もしかしたらローザ様の可能性が増えたという事になるわ」
皆の混乱に気づいているのかいないのか、サラはシアンたちに話しかけた。
「あの、探してる人って……」
サラが聞くと、シアンはにっこり微笑んだ。
「私たちの事はいいんです。それよりあの姫様の事が先かと。エマ話した?」
「……いえ、まだ」
「ローザ様が、見つかったんですか?」
それまで事の成り行きを見守っていたディアンはエマに尋ねた。エマはその質問には頷かず、一枚の紙切れを差し出した。
「これを見てください」
そこには、派手な蛍光色の七色で構成された不思議な羽織を着ている、小柄でやや丸みを帯びた少年がいた。
「は、派手な方ですね……」
「セパールの王様ですね」
サラとリュオンはディアンのその言葉に再度驚く。
「王様?若くないか?」
「そうでもないですよ。今まで会って来たジェラルド様やルイス様の方が、恐らく王になられたのは早いです。この方は二年前に即位されて、今年確か20になられるはずです」
「俺より年上なのか!?」
リュオンが驚く中、エマは話を進めていく。
「今度、城ではセパール王の誕生祝いも兼ねてパーティを行います。今回は王が花嫁も募集すると宣言したため、国も盛大に盛り上がってます」
「あ、それで屋台がたくさん出てたんですね」
エマはこくりと頷く。
「本題はここからです。今城にはパーティに参加するため色んな国から女性が来て、審査に受かったものだけが参加出来ます……そこに、姫様に似た女性がいるんです。これが現在、審査に受かった花嫁候補たちです」
エマはそう言って、紙を裏にした。そこには20名程の女性が写っている。そしてその右下の方、右から二番目の写真を見つけ、サラは叫んだ。
「ローザ様!あれ、でも……」
その言葉にエマも頷く。
「そうなんです。顔は姫様そのものです。しかし、髪と瞳の色が黒色なんです」
「じゃあ、違う人なんですかね……」
「違う人ではないですか?この女性はとても控えめな方に見えます」
「確かに、ギラギラ感が足りないな」
三人の言葉に、エマは難しい顔になる。
「……確かに、その方は髪も瞳も黒く、別人の可能性の方が高いかもしれません。しかし私は、その女性こそ、ローザ様ではないかと信じています」
拳を握って語るエマにディアンが尋ねる。
「その確信はどこから……」
「私が姫様を間違えるはずがありません」
親バカならぬ従者バカなセリフを、エマは堂々と言い放った。何だその根拠、と突っ込める雰囲気はそこにはない。
「私はどうしてもこの目で確かめたく、城まで行き門番にエマたちが来ていると伝えてくださいとお願いしました。しかし、門番の答えは知らないと言っているというものでした。それでも無理やり頼み込んでようやく目の前に現れた彼女は、門越しに私たちを見ても表情一つ変えず、やはり知らないと言い放ち、城に戻っていかれました」
エマの声はどんどん大きくなっている。
「私は何としてもちゃんと話したくて、門番の方に入城を頼み込みました。しかし、今中に入れるのはセパールの選考員の眼鏡に叶った人間だけです」
「眼鏡に叶う……」
「まず一つは、セパールにとって重要な国からの客です。これは招待状を持ってる方々ですね。そしてもう一つは、王様の花嫁となり得る女性。私はローザ様に会う為、花嫁の審査を受けました。……結果、落ちました」
そこでエマの声のトーンが一気に落ちた。部屋の中が一瞬静寂に包まれる。
「……エマ様は綺麗ですよ!」
「そうだ、人の好みは千差万別です!」
「人間見た目が全てではないですよ」
三人の微妙なフォローに、エマは小さく沈んでいく。
「だから言ってるじゃん。エマは老け顔なだけで綺麗だって」
「うるさいわよもうう!」
シアンの言葉に半泣きのエマは落ち着きをどうにか取り戻し続けた。
「……というわけですみません。現在、完全に途方に暮れている状態なんです」
エマの話が終わり、リュオンは腕組みをした。
「うむ。しかしやはり今手がかりといえばその女性だな。ディアン、城に行くぞ」
「あ、でも城は……」
エマが心配してそう言うと、リュオンは不敵な笑みで微笑んだ。
「任せなさい。こんな時の為の王子だ」
おお!と声が溢れ、皆が拍手する。リュオンはその拍手に応えると、笑顔で言った。
「私が入城の許可をとってこよう。皆はここで寛いでいてくれたまえ」
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「何かジメジメした人が増えてない?」
リュオンとディアンが城に向かった後買い出しに出ていたシアンは、戻ってきて部屋の中を見ながら言った。新しくジメジメしたリュオンは、部屋の隅であからさまに落ち込んでいる。
「リュオン、元気出して。遠い国だもん、仕方ないよ」
「……そうだよな、サガスタなんてこんな遠国まで聞こえてるはずないよな……」
コバルトはすすすとトラスに近寄り、事情を尋ねる。
「何があったんですか?」
「サガスタという国は聞いたこともないと断られたそうです」
トラスの言葉に、シアンは買ってきたばかりの紙袋の一つからパンを取り出し、それをつまみながら言う。
「あっちゃー。まぁこっちは南大陸の大国。サガスタはここからかなり離れた北大陸、しかも小さな国だもんねぇ」
その言葉にリュオンはますます丸まる。サラも励ましているが、段々励ましがズレていって根性論になっている。
落ち込む主の姿を見ながら、ディアンは別の事を考えていた。
よく考えたら、今までの旅は上手く行き過ぎている。探している物がある地に必ず着き、時間は最小限に済んでいる。道が絶たれた時も、その度誰かの船に乗せてもらったりした。これは、運がいいからなのか……?
「まぁ、まだ策はあるよ」
ディアンの考え事は、少年の声で遮られた。その白い装束の少年•シアンは、皆がうなだれる中飄々としている。
「えっ何ですか、それは?」
サラの言葉にシアンはにこりと微笑み、持っていた紙袋の中身を広げた。




