第34話 幕間
「どういう事なの」
エマは、困惑しながらそう呟いた。
彼らは今、南大陸の港街である、ガイゼンという国に来ている。彼らが東大陸から南大陸行きの船に乗った時は、毎度のごとく既にローザたちは商人の船に乗った後だった。急いでエマたちも船に乗り南大陸に着いたわけだが、ここでいくらローザたちについて人々に尋ねても目撃証言は得られていない。
「おかしいわ、東大陸から船で来る場合必ずここを通るはず」
「知らない間に通ったのかな」
トラスがそう言うと、エマは即座に首を振った。
「そんなはずないわ。あんな目立つ一行、もし見かけたら覚えてるわよ。なんせあのローザ様がいるのよ?」
「そうですね、獣がいたら印象に残りますよね」
「何言ってるの!ローザ様の美貌こそ目を引くに決まってるじゃない」
「まぁまぁ良いじゃない。気楽にいこうよ」
その声に振り向くと、白い装束の背丈が高い男とまだ幼い少年の兄弟がベンチに座り、のんびり屋台で買ったものを食べていた。
この国の人々は皆様々な色の布を腰紐で留めて着用していて、涼しげである。そんな中、彼らの白いローブは暑そうだ。事実暑いのか、彼らは疲れた顔ですぐ近くで買った飲み物を飲んでいる。
「ちょっとシアン。貴方また何か勝手に買ったわね?コバルトさんも、真面目に探すの手伝ってください」
シアンとコバルトはエマが付けた名前だが、既に彼らの中では定着している。名付けられた二人も慣れたのか、今では呼ばれても普通に反応するようになった。
兄であるコバルトはエマの言葉に手を挙げた。
「誤解しないでほしい。私たちは質問する際、義理の為止む無く買ってるまでのこと。今は作戦を考えてるのだ」
「へ〜作戦ですか。手元にあるのはグルメマップに見えますが」
「うるさいなー、自分だって持ってるじゃん」
シアンに言われ、エマはうっと声をつもらせた。彼女の手には砂糖をまぶされたパンと、甘い果物をつぶして作られたジュースがある。
「こ、これは質問をしただけで帰るのは失礼だから……っ」
「さっきの私と同じ言い訳ですな」
「う、うるさいわね……!というか、言い訳って認めるんですね。大体前は、東大陸に向かってるっとか分かってたじゃないですか?今回も何かないんですか」
「漠然としか分かりません。確かに気配を感じはしますが、現在近くにはいないと思います」
「うーん、不安定なのね。あーもーどうしましょう」
「わかったー。じゃあ、ちょっと聞いてくるよ」
食べ切ったシアンが、突如ベンチを降りて走り出した。
「あっちょっと!1人で行かないの!」
エマは食べ物をトラスに預け慌ててシアンの後を追う。いきなり手渡されたトラスは、戸惑いながらコバルトを見る。しかし、彼の方は全く動じていない。
「行ってしまいましたな」
「……行ってしまいましたね」
コバルトは呑気に座ったまま食べ続けているので、トラスも座る。すると、隣から串にささった白い物体を渡された。
「有難うございます……何ですか、これは?」
「この港で取れる貝の身らしいです。ボラ……ボリ?まぁ、美味しかったですよ」
どうやら名前は覚えられなかったらしい。コバルトの言葉に、トラスは躊躇しながらも白い物を口に運ぶ。初めて食べる食感だが、塩味が効いてうまい。
「うまいです」
「ですよね」
それから二人は無言で食事を続ける。やがてトラスは息を小さくついたあと、コバルトの方を向いた。
「…あの……教えて頂けませんか?貴方たちの事」
「はい?」
「貴方たちを……私たちは、信用して良いんでしょうか」
旅の中で、彼らもローザたち一行を追っていることは何と無く分かっている。会いたい人がいる、と彼は旅の初めにトラスに言った。だがそれが誰なのか、何故彼らが追っているのかは、これまで決定的な事は教えてもらっていない。
コバルトは、まだ串を食べ続け答えない。
「貴方たちは……一体何者なんですか?」
トラスは、質問を重ねた。コバルトは暫く黙っていたが、串を食べ切ると呟いた。
「それは、今答えるべき事ではありません」
コバルトの目は、どこまでも冷たかった。何か、押し殺した感情を隠したように、表情は頑なだ。
「時が来れば……自ずと分かることです」
「シアン!」
エマは人ごみで見失ったシアンを探し回っていた。港近くの市場は賑わう時間帯で、どこも混んでいる。柄物や華やかな色合いの中で白い衣服は見つかりやすいと思ったが、なかなかシアンの姿は見当たらない。
「もう、どこに行ったのよ……」
自分は、何故彼を追うのだろう。トラスに、あの二人は怪しいと何度も言われた。エマも彼の意見を否定できない。彼らは恐らく、エマたちといる事で旅がしやすく、また情報を得やすいため共に動いているのだろう。
そうまで思うのに、何故か彼らを切れない自分がいた。殺してしまっていたかもしれないという罪滅ぼしの気持ちからではない。それよりもーー
「あら、ごめんなさい」
「きゃあ!」
エマは人にぶつかり、倒れそうになる。固い地面が見え咄嗟に目を閉じたところで、強い力で引っ張られた。
おずおずと顔を上げると、そこには見慣れた姿があった。
「大丈夫?」
シアンだ。エマは、シアンに腕を支えられながら、姿勢を正した。
「あ、有難う……」
シアンは、うんと頷いた。彼の身長は、エマより10センチ程低い。華奢に見える彼に腕一つで支えられた事に驚きながらも、エマは平静を装い尋ねる。
「どこに行ってたのよ」
「うんちょっと。女の人たちに話聞いてた」
そう言って彼は少し遠くにいる若い女性の集団を指し示した。女性たちが手を振ってくるのに、エマは引きつった笑いで返す。
「真面目に探してくれてるのかと思ったら……貴方って、本当に女好きよね。将来貴方の奥さんになる人は苦労しちゃいそう」
「俺は結婚したりしないよ」
シアンは、当たり前のようにそう告げた。
「若い頃から、そんな事思ってるの?」
彼は時々、その見た目からは程遠い、悟ったようなことを言う。そうしてその時の目は、悲しみを帯びているのだ。
エマは、自分が何故彼らを突き放せないか分かった。それは、この人たちの目が似ているからだ。彼女の主、ローザに。
彼女も初めて会った時、感情を隠していた。最近は心を開いてくれたように感じていたが、離れてしまった今、エマに彼女の心は分からない。
「そんな事より。ここに彼らは来るんじゃないかな」
彼はエマの問いには答えず、一枚の紙を差し出した。エマは遠くにいっていた思考を慌てて断ち、シアンから受け取った紙を見つめる。
「なぁに、これは……セパール?の王様?派手ね……」
「南大陸一大きな国だ。彼は今、花嫁を募集しているらしい」
「それに何でローザ様たちが行くのよ」
シアンはエマの問いに、にこりと微笑んだ。




