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王子は獣の夢をみる  作者: 紺青
第5章 ナサイルの刃
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第33話 その手をとれば

 サラは、リュオンが自分が人間だと安心するために彼女に会いに行っていたことを「知っていた」と、淡々と告げた。


「……へ?」


 リュオンは理解できず、それまでの歪んでいた表情を、困惑に変えた。対してサラは、あくまで冷静に返す。

「だから、リュオンが私の所に来てくれてたわけ。そこまで深くは分からなかったけど、人間じゃないからだろーなと」

「知って……?」

 知っていて、どうして。困惑するリュオンを見て、そこでサラは微笑んだ。

「そりゃあ不愉快だけど。でもいいのよ。理由がどうであれ、リュオンは私の手をとってくれた、最初の人だから」

「手を……?」

「そう、怪我してた私の手をとって、手当てしてくれたでしょ?」


 それまで誰もが怯え近づかなかった存在である自分に、どんな感情があるとしても、優しい言葉をくれ、手を取ってくれた。


「それだけじゃないわ。リュオンは私に、色んな事を教えてくれた。物語や文化、日々の暮らし……貴方の話を聞くことが、私の楽しみだったの」

 森に生きる彼女にとってリュオンは、外に通じる光だった。

「……俺は、自分の出自を探る旅に出るのに、サラを利用したんだ」

 俯いて告げられたその言葉にも、サラは動じず返した。

「そうかもしれない。でも、それだけじゃないでしょう?それに、リュオンが私の手を引いてくれたから、私は自分を探しにいけたの」

 そう言ってサラは、俯くリュオンの言葉を待つ。やがてリュオンは、ぽつりと呟いた。

「サラは、俺が怖くないの?」

 リュオンの質問にサラは一瞬驚いた顔をしたが、それまでの声音より柔らかく言った。

「この前は、確かに怖かったけど……今こうして話してると、やっぱり、リュオンはリュオンだなと思う」


 サラの言葉は聞こえているのか、彼は静かに顔を下に向ける。長い沈黙が続き、海の音が静かに響く。


「……魔物に言われたんだ。お前は、グルソムじゃないかって」


 リュオンは、唸るようにそう呟いた。


「俺は人間だって、そう言いたかった。……でも気づいたら、魔物を皆殺してた」


 自分が怖いんだ、リュオンは震える声でそう言った。


「俺は、殺傷願望があるのかもしれない……あの本の化け物みたいに、いつか人を殺すかもしれない……」

 自分の思い通りにならないものを、力で制圧しようとし、そうしていつか、大切なものも無くしていくのかもしれない。

 リュオンは震えながら、ただ船の固い床を見つめる。

「リュオンは、どうなりたい?」

 気づけば涙がつたっていた顔をあげ、サラを見る。彼女は、毅然とした声で告げた。

「前私に言ってくれたよね?未来は分からないから、自分が行きたい方に行けばいいって」

 サラの言葉は、どこまでも力強い。彼女はこんなに強かっただろうかと、リュオンはぼんやりと考える。

「一緒に行こう、リュオン。未来は、まだ決まってないわ」

 サラはそう言って、その鋭い爪が光る暖かい黒毛の手を差し出した。リュオンはその手を見て、遠い昔を思い出す。

 行きたい方に行けばいい。確かに自分はそう言った。それは、サラに言いながら、自分に言い聞かせていた言葉だ。

 サラは、いつから自分の心の内を知ってたのか。初めから、知っていて付いて来てくれたのか。

 リュオンは、恐る恐る彼女の手を握る。その手は人間とは違うけれど、暖かく、安心した。

「……有難う」

 そう言うと、サラは目を優しく細めた。

「こちらこそ、話してくれて有難う。これで、リュオンと少し向かえ合えた気がする。……私ね、元の姿に戻ったら、ちゃんと自分とも向き合って、リュオンにもちゃんと私のこと見てほしいの」

「そうか……うん。俺も、そう思う」


 リュオンは静かに、握っている手を見つめる。今はまだ、自分の気持ちが分からないけれど。

 この旅が終わった時、再びサラの手を取れたらと、小さく願った。

 

*****


 時刻は、サラたちがアデラ島を発った時に戻る。

 ザンはサラたちの船がアデラ島を離れていくのを、島の端に立ち静かに見ていた。


「ザン」


 声に振り返ると、濃茶の髪と瞳を持つ女性がそこにいた。肩で揃えられたその綺麗な髪と身につけている白いローブが、風に揺れている。

「ノア様」

 ザンは彼女の顔を見ると子供のような表情になり、喜んで駆け寄る。対して彼女は、小さくなる船を見ながら尋ねた。

「出て行ったか」

「はい、たった今」

 ノアは静かに頷くと、振り返り歩き出す。それにザンも付き従う。

「……ナサイルの刃、返してもらわなくて、良かったんですか」

 あの後、サラにナサイルの刃について聞かれたが、彼女が持つのを承諾した。

「ああ、ルカ様がそう言っていたからな。もしそのような一行が来たら渡せと。バフォメットが持っていたのは、予想外だったが」

「ということは、やはり彼女が……」

「まだ確信はないがな。長い間消滅してしまったと思われていたあの方が、あの獣かは。……今回は悪かったな、お前に任せて」

「全然!ノア様のお役に立てて俺、幸せです。ところで、バフォメットは何故少女を誘拐したんですか」

「そうだなザン、今日の夕飯は何にしようか?」

「俺は魚がいっすねー。ってノア様話逸らしましたね!」

 ノアはザンの言葉に、笑って返す。


 二人は静かに、守られた結界の中に入っていった。

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