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王子は獣の夢をみる  作者: 紺青
第5章 ナサイルの刃
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第32話 グルソム

 一行はアデラ島まで戻してくれたザンに別れを告げ、ルゴーのいる場所に戻った。

 そうして今、修理が終わったらしい船に乗り、南大陸を目指す。あと一日二日で着くとのことだ。

 サラは揺れる船内の中、眠っているリュオンを見つめていた。彼の体には、薬草で作られた薬が塗られ、包帯が至る所に巻かれている。ザンによって応急処置されたものの、彼はまだ目覚めない。

 サラは穏やかな彼の顔を見つめながら、昨日ザンが話してくれた事を思い出していた。


「その剣は、普通の人間には使えないんだ」

 リュオンの怪我を治療しながら、ザンはそう言った。その言葉に、サラは首を傾げる。

「でも、昔使っていた人がいるって、ローレアの王が仰ってました」

「それは、王の姉君の話だな」

 その言葉に、サラは息をのむ。王の様子からでは、そのように想像出来なかったからだ。

「姉君?確かその方は、戦場で剣を振るい続け倒れたと……」

「そうだ。姫様は、華奢な身でありながらあの剣を振るい、戦ってきた。魔物も殺せる剣だ。あの剣でたとえかすり傷でもつけられたら、人間もすぐに死ぬ」

「……その姫様は、普通の人ではなかったんですか?」

 常人とは異なった能力を持っていたのかと思い、そう尋ねた。しかしそこで、ザンの表情が曇った。言うか言うまいか、悩んだ表情を見せる。

「あんたには、言ってもいいかな……

正直、あの時その国を生きてた人間は、この剣のことも、姫様が何をしていたのかも知らない。そしてこれからも、広めるべき事ではないと思ってる」

 そうして、ザンはサラに決心した表情で話し始めた。

「姫様は、グルソムの血を飲んだんだ」

「グルソム……?」

「かつてこの世界にいた種族さ……魔物の一種でありながら、その中でも強い能力を持っていた。恐らくあの剣は、グルソムしか使うことを許されない。姫様が手に入れた正確なルートは分からないが、姫様は剣と血をもらい、グルソムの血を少しずつ飲み戦っていた」

 グルソム。初めて聞く、かつてこの世界にいた種族。その血を飲んであの恐ろしい剣を使えるようになったというのか。

「姫様にとってその血は毒だった。でも姫様は分かってて、戦うために飲み続けたんだ。また、オディアスの翼を使って生じる負荷も、姫様の体には毒だったのだろう。姫様は結果体を壊し、最終的に死んだんだ」

 そうだ、確かに血を飲む事で血の主に近い存在になれることを、私たちはこの旅で知ってきた。そして、時には飲んだものが死ぬことも。

 よく分からないが、姫はグルソムの血を飲んだから、オディアスの翼が使えたというのか。

 でも、でも……

「リュオンは、血なんか飲んでないわ……」

 自分が知らないだけかもしれない。でも、この旅を通してのリュオンの血の話についての反応は、自分に似ていた。

 彼がグルソムの血を飲んでその力を得ていたとは、どうも思えない。

「飲んでないとすれば、残る可能性は一つだけだ」

 ザンは、それ以降は何も言わなかった。サラも、彼の言いたい事が分かり、それ以上聞きはしなかった。


「リュオン……」


 ふいに、リュオンが目を開ける。

「リュオン!大丈夫!?」

「う……」

 まだ体が痛いのだろう。リュオンは顔を歪めて、小さく呻いた。

「傷痛む?待ってね、今薬を……」

「…魔物は……」

 リュオンが尋ねた言葉に、サラはどう答えたらいいか分からない。彼は、覚えてないのか?

「う……」

 リュオンは、体をゆっくり起こす。

「駄目よリュオン!安静にしてないと」

「でも……ローザ様は!?無事か?」

「ローザ様は……」

「リュオン様!」

 物音がしたからだろう。ディアンとルゴーが入ってきて駆け寄る。

「良かった。目を覚ましたんだね」

「すみません俺、一体どうして……ディアン、ローザ様は?」

 主の問いに、ディアンは迷いながら答える。

「洞窟内にいた悪魔と名乗る男に、攫われてしまいました」

「……何!?」

 リュオンは、剣を持ち立ち上がる。

「待って、リュオン!動いちゃ駄目!」

「でも、俺のせいでローザ様が……!」

「リュオンのせいじゃないわ!私が……」

 サラはリュオンの袖をくわえるが、リュオンはそれを振り切ろうともがく。ディアンも腕を伸ばし、リュオンを座らせようとする。

「いや、自分が……リュオン様、落ち着いて……」

「俺があの時ちゃんとしてたら……」

「やめなさい!!」

 低い声が、室内に鳴り響いた。ルゴーが、ため息をつく。

「やめなさい、ここは海の上だ。焦ったところで、どうしようもない。それに、責任が誰かなど話しても、全くもって無意味だ」

 その言葉に、三人とも静まる。

「……ローザ様は、今どこに?」

 リュオンの問いに、ルゴーは今度は優しい声音で答える。

「恐らくだが……ザンの話によると、あの悪魔は今、南大陸の一国と契約をしている。恐らく、そこに行ったのではないかと言うのが、彼の予想だ」

「その、ザンて何者だ?信用できる人なのか」

「彼はアデラ島にいて、もとはシーザ族、ローレアの人間だ。裏表がない奴だから、信用していい」

「知り合いなのか?」

「まぁ、そこはいいじゃないか。今話すべき事ではない。君はとりあえず、体を早く治すことが大切だ」

 ルゴーの冷たい声に、リュオンは息をのみ、不満が残る顔をする。ルゴーは微笑み、腕を大きく広げる。

「とりあえず、お腹空いただろう。何か食べ物を持ってこよう。ディアン、手伝ってくれるかい?」

「はい」

 そうして二人は部屋を出て行く。声をかけられなかったサラは、どうしたらいいか分からず、右左顔を動かす。

「ごめん、サラ……心配かけて」

 リュオンがそう小さく呟いたので、サラは慌てて答える。

「いいよ、それより、目を覚まして良かった」

 リュオンは彼女の言葉に、力なく微笑む。

「有難う」

「あのさ、リュオン……何があったの?洞窟で」

 リュオンは、力なくただサラを見ている。

「リュオン、すごいきつそうだっ」

「ごめん、サラ」

 遮るように、リュオンの声が重なる。彼は微笑み、申し訳なさそうに言った。

「ちょっと、一人になりたい」


「……そうよね!ごめん、じゃあ、何かあったら呼んでね?」

 サラは明るい声でそう返事をして、部屋を出る。彼女の足音が、静かに遠ざかる。


「……最低だな、俺は……」


 自分以外誰もいなくなり、リュオンはそう呟いた。皆に心配をかけたのだろう。体中に巻かれた包帯を、静かに見つめる。リュオンは痛みが走る体を起こし、自分の荷物に近づいた。静かに開けると、深緑色の本を取り出す。以前ローレアの倉庫で見つけた物だ。

 リュオンはそれを、感情のない瞳でゆっくり見つめる。


 暫くした後、部屋のドアが鳴り響いた。

「ディアン様、お食事お持ちしました」

「ああ……有難う」

 スープとパンを載せた盆を持って入ったディアンは、その盆をリュオンが座っているベッドに近い棚に載せる。

「何かあったんですか?すごい落ち込んでるサラ様とすれ違いましたよ」

「ああ……突き放してしまった」

 その言葉に、ディアンは目を細くする。

「それは……サラ様、とても心配されてたんですよ」

「ああ……」

 リュオンは、ボウルを取り、温かいスープを口に運ぶ。

「……倒れる前の事、よく覚えてないんだ」

「リュオン様……」

「でも、一つだけ覚えてる」

 リュオンは、スープを飲みながら、感情がない声で呟いた。


「サラ、怯えてた」



 夜眠れず、痛む体をゆっくり動かしながら、リュオンは外に出た。

 空は大きくて、満天の星が輝いている。その中に、一匹の獣がいた。

 サラは、ゆっくり振り向く。

「リュオン……」

「眠れないのか」

 リュオンは、サラにそう尋ねる。サラは不快な顔を露わにした。

「誰のせいよ」

 その拗ねたような声に、思わず笑ってしまう。

「ごめん」

 サラは困った顔をした後、「ううん、こっちこそ」と小さく言い、リュオンの横を通り過ぎて部屋に帰ろうとする。


「本当は俺、知ってたんだ。自分の容姿が、何に近いのか」


 通り過ぎる時聞こえたその言葉に、サラは彼の方を振り返る。

「……ローレアの倉庫で、見つけた本の中に、大きな挿絵があったんだ。銀髪の長い髪で、裂けた口の中に牙があって、つり上がった目は水色に塗られている生き物が描かれてて……その生き物は、逃げ惑う人々を襲っていた」

 リュオンは、サラと目を合わさず、海を見ながら話し続ける。

「かつてこの世界にいた種族で、人間を残虐に殺していたらしい……最終的に、英雄によって滅ぼされた一族と、書かれている」

「……グルソム……」

 サラは、気づいたらそう呟いていた。言ってから、失言したと気づく。リュオンは一瞬目を見開いたあと、優しく微笑んだ。

「……そうか。知ってたんだ」

「あのね、リュオン……」

「サラも、俺が怖いんだろ?」

「……え?」

 リュオンは、微笑みながら話を続ける。しかし、目はどこまでも冷め切っている。

「俺に同情なんてする必要ない。俺は、ずっとお前を利用してたんだ」

「リュオン……」

「もうずっと昔から……自分がどこか、普通の人間と違うことは分かってた。それが嫌でたまらない時、サラ、お前に出会ったんだ」

 リュオンの表情は、優しい笑みのままだ。しかし目の奥は、どこまでも冷たい。

「その時、嬉しかったよ。ああほら、俺は全然こいつと似てない、人間だって……サラに会いにいけば、俺は人間として強くいられる。だから、お前に会いに行ってたんだよ」


 海が、静かに波をたてる。サラは、静かに顔を下に向けた。


「……軽蔑しただろ?」


 リュオンは、そう聞いた後、顔をあげないサラを黙って見ていた。

 少ししてからサラは、顔をあげる。だがサラの表情は、彼が想像していた悲しみの表情や怒りの表情、どれでもなかった。

 その瞳は、どこまでも澄んで、強い意志を持っていた。驚くリュオンに、サラは告げる。


「知ってたよ」

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