第30話 ニンゲンカ
「はーあ、全く暇で死にそうだ」
背中をかきながら、その者は洞窟の奥深くの岩に座り、何やらくねくねしている。どうやら背中がかゆいようで手を伸ばしているようだが、届かないらしい。杖をつかってみたが、それは逆に長く、上手く動かない。
「っく……!くそっ!」
結局届かず、彼はくたっと横になる。ひたすら暗い洞窟を見つめるその瞳は、深海のように青い。
呆然としてるのも束の間、ゴゴゴゴ……と、どこからか地響きが鳴り響き始めた。それに彼は、青い瞳を光らせ不敵に笑う。
「……来たか」
謎の生命体がずっと追いかけてくる。リュオンは小さな道を見つけ、そこに体を滑り込ませ入っていく。生命体たちは狭い道に同時に入ろうとして詰まり、その隙にリュオンたちは奥深くに入っていく。
狭い道の先に小さな空間があり、リュオンはローザをそこに下ろす。
「ローザ様は、ここにいて」
「えっリュオン様は……」
「すぐ戻る!!」
そう言って来た方を戻っていき、やってきた物体と鉢合わせる。
よく見ると、それは皆全身青や赤、紫など様々な色をした魔物だった。姿は、角が生えているものや牙があるものなど様々で、大体、二十くらい居るだろうか。
彼らを見て、リュオンは過去に自分が殺した魔物を思い出す。彼らもあの時の魔物のように、意思があるのか。
リュオンは思い切って、魔物たちに語りかける。
「悪いが、俺たちはここを侵す気はない。どうか、帰る道を開けてくれないか!?」
魔物は何も言わず、何も動かない。
「頼む。……もし開けてくれないなら、君たちを殺すことになる」
リュオンは、腰につけている剣に手をかける。とそこで、ローレアで手に入れた剣があることを思い出す。魔物を一振りで殺せるという、オディアスの翼という異名を持つ剣。
確かあの時、ローレア王のルイスはこう言った。
『だが、無闇には戦いで使うな。誰が最初に作ったか知らないが、その剣は人の体を蝕む。かつてその剣の力を借り戦場に出向いたものは、己の体を蝕みやがて死んだ』
体を蝕む……それはどういう事か、リュオンにはまだよく分からなかった。体を蝕むのも嫌だが、今ここで死ぬのはもっと嫌だ。
イチかバチか……リュオンは、オディアスの翼をとり、鞘からは抜かず魔物たちにかかげる。
「…これで斬れば、いくら君らでも死ぬ。それは嫌だろ?だから……」
しかし魔物は、リュオンの言葉が終わる前に彼に突進してきた。
地響きが鳴る。ローザはそれを、恐怖に震えながら聞いていた。
やはり、リュオンだけでは厳しいのでは……!そう思い、ローザは何か武器になりそうなものはないか、辺りを見回す。やがて見つけた洞窟に生い茂る蔓を、彼女は力いっぱい引き抜く。
「…っ……ぎゃあ!!」
反動で尻餅をついてしまったが、何とか抜くことが出来た。蔓を両手でピンと伸ばし、強度を確かめる。
「…よし!!」
気合いを入れて戻ろうと足を踏み出した。
「無理無理。そんなので、戦えるわけないだろ」
背後から声がした方に振り向くと、そこにいたのは長身の男だった。深海を思わせる深い青の長髪に、同じ色の瞳。魔法使いのような黒の長いローブを羽織ったその男は、呆れたような顔でローザを見ている。
「……ひっ!!」
いつからそこにいたのか、ローザは分からず男をただ凝視する。
「リュオン!ローザ様ーー!!」
サラとディアン、この島に詳しいらしい男の3人は、2人を探しながら歩いていた。
「見つからないですね……」
「この島は、はぐれたらなかなか出会えないよ」
「そんな、どうすれば……」
と突然、サラの中でドクン、と心臓が大きく跳ねた。そうして、激しく脈をうつ。
「サラ様……?」
様子がおかしいサラを、ディアンは不審そうに見つめる。サラはゆっくり右を向き、力強く走り出した。
「サラ様!?」
「ナゼ、ソチラノケンヲツカワナイ」
魔物たちは、リュオンに切られた部分を垂らしながらそう問いかける。痛々しいその姿は、やがて静かに再生していく。
リュオンもまた、魔物の爪によって、服は裂かれ、赤い血が滴っている。その手には、彼が旅の始めから持っている剣が握られている。息を切らしながら、魔物の問いに答える。
「……別に、そこまでする必要がまだないだけだ」
魔物は、リュオンを静かに見つめる。
「……なに」
「オマエ、ニンゲンカ」
「え……」
「オマエハ、ニンゲンカ」
リュオンは、言われた言葉に目を見開く。
「……何言ってるんだ?俺は」
「オマエハモシカシテー」
「リュオン!!」
サラは叫びながら、草が生い茂る道を疾走していく。
「ちょ、ちょっと獣の嬢さん!待ってくれよ!」
男の慌てた声が聞こえるが、サラはそれに反応せず、ただひたすら走る。やがて、一つの洞窟に辿り着く。
「あっ駄目だ嬢さんそこはーー!!」
男がそう叫ぶ中、迷わずサラは中に入っていく。中は暗く、一本道が続く。
「リュオン……!!」
サラは、辿り着いた場所に息をのむ。
そこには、剣を振るうリュオンの姿があった。彼の動きに迷いは一切なく、その瞳は冷たい光を宿していた。剣に触れた魔物は、あっという間に消えていく。その姿を振り返ることなく、彼は次々と斬っていく。
やがて、すべての魔物が消滅した。リュオンは、ただ呆然と何もなくなった道を見つめる。そうして、彼の視界が影を捉えた。
その影の持ち主の姿を見て、リュオンは顔をゆがませる。
「……サラ……」




