第28話 優しさ
「ふう。今頃皆、さまよってる頃かな」
ルゴーはそう言いながら、船の上で優雅に本を読んでいる。実は船は故障したというのは、ルゴーの自作自演だった。
「本当は連れて行ってあげたいけど、自分は入れないからねー」
ルイスから彼らの話を聞いた時、遠い昔読んだ本をすぐ思い出した。そして、この島にその呪いに必要な物質があることも。
幸い自分が帰っている時で良かった。普通に南大陸に行っていては、なかなかすぐ見つけられなかっただろう。
「やはり、運命も彼らを応援しているのかな」
ルゴーは青い空を見ながら、そう呟いた。
「しっしんどい!!」
お姫様らしからぬ声で、ローザはそう呻いた。それもそのはず、太陽はどんどん昇って行き、カンカンと日照りが強くなっていく。おまけに道はどこまでもジャングルで、終わりが見えない。
かろうじて飲み物を備えていたから良かったが、このまま彷徨い続けたらどうなるか。
「ローザ様、そこ段差あるから気をつけて」
そう言って、リュオンが手を伸ばす。ときめくところだが、現在のローザにそんな余裕はなく、必死に手を掴む。
「リュ、リュオン様はきつくないのですか……」
「いや、きついけど。まぁ鍛えてるから」
リュオンは全く表情を変えずそう言う。まるで、自分がオーバーリアクションのようだ。
「どこか休める所が見つかったら、休もう」
リュオンがそう言って、もうどれくらい経つか。頭が痛い。何やら、前の彼の姿が分身して見える。
「あとどれくらいかなー」
リュオンの声を聞きながら、己の体から汗が吹き出るのを感じた。そうして、目の前の視界が揺らぐ。
「え!?ロ、ローザ様!!」
リュオンの声が、どこか遠くに聴こえた。
次に目を開けると、薄暗い場所にいた。どうやら、洞窟のようだ。
「あ、起きた?」
リュオンの嬉しそうな声に、ローザは困惑しつつ「ここは……」と尋ねる。
「うん、洞窟を見つけたんだ。奥はまだ続くみたいだけど、ここはまだ前らへん」
「わ、私……」
絶句する。あの炎天下の中、王子に担がせて歩いたのかと思うと、恥ずかしく、申し訳なく、死にたいレベルである。
頭の上には、水で濡れた布が置かれていた。何から何まで、気を遣わせてしまった。
「ごめん。サラたちを探すのに必死で、全然気が回らなかった」
「い、いいえいいえ!私こそ、すみません……」
思わずかなり落ち込むローザに、リュオンは困惑の表情を浮かべる。
「あ、いや、謝らなくても……」
「重かったですよね……」
「うん、まぁまぁ」
「そこは嘘でも軽いって言うところでしょ!?」
言って、しまった!と思ったが、リュオンは笑っていた。
「うそうそ、軽かったです。元気になって、良かった」
ますます恥ずかしくなる。リュオンは気にせず、ローザに筒を渡す。
「はいお水。近くに川があったんだ。普通に美味しかったよ」
「あ、有難うございます……」
素直に受け取って飲むローザに、リュオンは優しく微笑む。
「うん。暫くここで休んでいこう」
「いいんですか、探さなくて」
「うん。まぁきっとディアンもいるし、大丈夫だろうから」
自分の体を思いやってくれたのだろう。申し訳なくも感動していると、リュオンの表情が険しくなった。
「ディアンがサラの魅力に惹かれないかが心配だけどな」
「それはないでしょう。獣の彼女に惚れるなんて、貴方くらいですよ」
えー、とリュオンは抗議の声をあげる。言いながらローザも、サラの良さはわかってきていた。
ローザはリュオンに前から聞きたかったことを聞いた。
「リュオン様は、サラの事が好きなんですよね?」
「え?うん」
迷いのない返事だ。サラは何故、彼の気持ちを信じないのだろう。そう考えていると、彼は言葉を続けた。
「でもサラはきっと、俺のことを本当に好きではないんだと思う」
「え……」
何言うんだこの人は。
「時々、サラは遠くを見ているんだ。すごい、切なそうに」
それはローザも分かる。サラは時々、何やらすごい考え事をしている。しかし。
「それが、サラがリュオン様を好きでないということに、何故繋がるのですか?」
「……サラには他に、好きな人がいるんじゃないかと」
「言っている意味が分かりません」
「俺も分からないんだよ」
変な沈黙が落ちる。その沈黙を破ったのは、リュオンだった。
「ねぇローザ様はさ。俺のどこが好きなの?」
「は!?」
何故この上そんな質問をするのか。心底驚くローザに、リュオンは平然と言う。
「いやだって。自分で言うのもなんだけど、好かれる理由が分からなくて。ローザ様の誕生日会の時だって、あまり話してないじゃない。だから、結婚話が来た時、正直驚いた」
「そ、それは……」
また沈黙が続く。やや経ってから、リュオンがご飯どうしようかーと言い始めた時、ローザは小さな声で呟いた。
「リュオン様は、私とは違ったからです」
「へ?」
何が言いたいのか分からないという顔だ。ローザは腹を括って、話し始めた。
「私は、身分がそれほど高くない母親を持つ、第四妃です。それも、母親は私を置いて男と国を出て行きました」
リュオンの片眉が、ぴくりと上がる。ローザはそれを見て、少し微笑みながら話を続ける。
「王は、憎き女に似た私を愛し、育ててくれました。私の母親に、心底惚れていたようです」
リュオンは、ただ静かに聞いている。だからローザは、そのまま話し続ける。
「世間の目は、様々です。私を悲劇の少女と呼ぶ人もいれば、諸悪の固まりという人。私はそのどの声も聞こえない振りをして、ただ周りの、私を愛してくれる方たちの声だけ聞いて生きてきました。他は愛想笑いを浮かべて、適当に接して」
そうしないと、壊れそうだったから。他人には極力嫌われないよう、思ったことも何も言わないで、嫌味も聞こえない振りをして。
「でも、貴方は違いました」
「貴方は、私の誕生日を祝いに、隣国に来てくださいました。異形と噂されてるのを、知らないはずはないのに。そして、堂々と歩かれた。陰口をした者にも、「有難う」と微笑んで」
彼の髪色や瞳は、サガスタ国でも、ましてや北大陸でも見られない。そしてその人間離れした整った顔立ち。「まるで人形のようだ」という言葉に、リュオンは笑って返したのだ。
「私は、嫌味は聞こえないものとするのが一番だと思っていました。でも貴方は悪意も受け入れ、笑って返した。強い方だなと、思いました」
自分に自信があって、堂々としていて、綺麗だった。
ローザの言葉を聞いて少し経ったあと、リュオンは笑いながら言った。
「俺は、そんなに立派な人間じゃないよ」
「そうですね。実際にこうお話してみて、変態だということがよく分かりました」
「ひどっ」
リュオンはそう言って笑うので、ローザも笑う。
「サラが、言ってくれたんだ」
「サラが?」
「ああ、リュオンがいてくれてよかったって」
その言葉を言った時、リュオンは本当に幸せそうだった。
「俺も、周りの目は気になるよ。それでも、俺が会いに行くと喜んでくれる人がいたから、堂々と生きていけるんだ」
そうしてリュオンは、ローザの方をじっと見た後、にかっと微笑んだ。
「ローザ様だって、堂々と生きていいんじゃないかな。俺、今のローザ様好きだよ。お城で見たいい子ぶりっこの姫様より、ずっと」
「それ、褒め言葉ですよね?」
「あはははは」
リュオンは笑う。その姿を、ローザは眩しそうに見つめた。
今は変態だと思ってる。
それでも、貴方に会いに来てよかった。
*****
「ディアン様は、リュオンに仕えてどれくらいになるんですか?」
ご飯を食べ終えてひと段落した2人は、木が生い茂る困難な道を歩いていく。そんな中前から聞いてみたかったことを、前を歩くディアンに聞いてみた。サラの質問に、彼は考えながら答える。
「そうですね……確かリュオン様がまだ6歳くらいの時で、私は15くらい。丁度今のリュオン様くらいの頃からです」
「へぇ!すごいですね」
サラの心からの感嘆に微笑みながら、ディアンはこくりと頷く。
「今の私があるのは、リュオン様のおかげです。罪人として処分されようとしていた私を助けてくださり、お側に置いてくださいました」
さらりと何かすごい過去が出てきたが、ディアンはまた前を向いて歩き出す。あまり聞かない方がいいかなと、サラもそれ以上聞かずに黙々歩く。そうして暫く歩くと、今度はディアンが話題を振る。
「しかし、どこまで行っても何も見えてきませんね。まるで、ずっと同じ所を歩いているように思えてきます」
確かに。自分がもうどこにいるかはわからないし、最初いた場所への戻り方ももう分からない。
「まるで、誰かがこの島にある大切なものを、守ってるみたい」
サラの呟きに、ディアンも静かに遠くの道を見つめる。ここは無人島のはずだ。それなのに、生きてる者の気配がする。
「何かが、身を隠しているのかもしれませんね」
「何のために?」
「分かりませんけど……」
言いながら、ディアンは何か深く考え始め、やがて決意した表情をした後、サラに尋ねた。
「サラ様は、リュオン様のどこが好きなんですか?」
「え……」
「私は、ずっと気になってたんです。貴方は本当に、リュオン様のことが好きなのかと」
「……私は好き、ですけど」
彼は、一体何が言いたいのだろう。
「リュオン様は、幼い頃からそのお姿のため、違う者として見られてきました」
サガスタ国の王子でありながら、その国の人々が持つ容姿とは違う姿で生まれてきた。
「幸い彼の父親は、彼を溺愛しています。だから誰も、彼には手出ししない。ただ、腫れ物のように扱うのです。そんなリュオン様にとって、貴方は……」
「自分より、皆から遠いもの」
ディアンの言葉に続けたサラの言葉に、ディアンは目を見開いた。
「そうでしょう?」
ディアンの顔が曇る。
「わかってる。リュオンは、確かに私のことが好きよ。でもそれは、恋なんかじゃない、優しさよ、彼の残酷な」
自分が皆に愛されなかったから、自分より更に下の私を愛そうとしてくれる。彼はその事に、気づいていない。
「分かってるけど、今はそれでいいと思ってる。この旅が終わった時、たとえリュオンが自分への思いが変わってても、それも受け入れられると思う」
サラの答えに、ディアンが静かに頭を下げる。
「失礼なことを言って、すみませんでした」
「ううん、いいんです」
サラは慌ててディアンに頭を上げるよう促す。サラは、彼を恨む気にはなれなかった。
ディアンはずっとその事が気になっていて、サラに言うべきかどうか悩んでいたのだろう。何故なら、彼も同じ理由で、リュオンに選ばれたからだ。
「……私たち、似た者同士かもしれませんね」
サラがにこりと微笑んで言うと、ディアンは一瞬目をぱちくりさせた後微笑んだ。
もし、この旅が終わって、サラが人間になった時。
リュオンは、笑ってくれるだろうか。
「誰だ!?そこにいるのは!!」
鋭い男の声がして、驚いて振り向くが、どこにも人の姿が見当たらない。
「サラ様、上です」
ディアンが言うように上を見上げると、大柄な男が木の上に立っていた。




