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王子は獣の夢をみる  作者: 紺青
第5章 ナサイルの刃
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第28話 優しさ

「ふう。今頃皆、さまよってる頃かな」

 ルゴーはそう言いながら、船の上で優雅に本を読んでいる。実は船は故障したというのは、ルゴーの自作自演だった。

「本当は連れて行ってあげたいけど、自分は入れないからねー」

 ルイスから彼らの話を聞いた時、遠い昔読んだ本をすぐ思い出した。そして、この島にその呪いに必要な物質があることも。

 幸い自分が帰っている時で良かった。普通に南大陸に行っていては、なかなかすぐ見つけられなかっただろう。

「やはり、運命も彼らを応援しているのかな」

 ルゴーは青い空を見ながら、そう呟いた。


「しっしんどい!!」

 お姫様らしからぬ声で、ローザはそう呻いた。それもそのはず、太陽はどんどん昇って行き、カンカンと日照りが強くなっていく。おまけに道はどこまでもジャングルで、終わりが見えない。

 かろうじて飲み物を備えていたから良かったが、このまま彷徨い続けたらどうなるか。

「ローザ様、そこ段差あるから気をつけて」

 そう言って、リュオンが手を伸ばす。ときめくところだが、現在のローザにそんな余裕はなく、必死に手を掴む。

「リュ、リュオン様はきつくないのですか……」

「いや、きついけど。まぁ鍛えてるから」

 リュオンは全く表情を変えずそう言う。まるで、自分がオーバーリアクションのようだ。

「どこか休める所が見つかったら、休もう」

 リュオンがそう言って、もうどれくらい経つか。頭が痛い。何やら、前の彼の姿が分身して見える。

「あとどれくらいかなー」

 リュオンの声を聞きながら、己の体から汗が吹き出るのを感じた。そうして、目の前の視界が揺らぐ。

「え!?ロ、ローザ様!!」

 リュオンの声が、どこか遠くに聴こえた。



 次に目を開けると、薄暗い場所にいた。どうやら、洞窟のようだ。

「あ、起きた?」

 リュオンの嬉しそうな声に、ローザは困惑しつつ「ここは……」と尋ねる。

「うん、洞窟を見つけたんだ。奥はまだ続くみたいだけど、ここはまだ前らへん」

「わ、私……」

 絶句する。あの炎天下の中、王子に担がせて歩いたのかと思うと、恥ずかしく、申し訳なく、死にたいレベルである。

 頭の上には、水で濡れた布が置かれていた。何から何まで、気を遣わせてしまった。

「ごめん。サラたちを探すのに必死で、全然気が回らなかった」

「い、いいえいいえ!私こそ、すみません……」

 思わずかなり落ち込むローザに、リュオンは困惑の表情を浮かべる。

「あ、いや、謝らなくても……」

「重かったですよね……」

「うん、まぁまぁ」

「そこは嘘でも軽いって言うところでしょ!?」

 言って、しまった!と思ったが、リュオンは笑っていた。

「うそうそ、軽かったです。元気になって、良かった」

 ますます恥ずかしくなる。リュオンは気にせず、ローザに筒を渡す。

「はいお水。近くに川があったんだ。普通に美味しかったよ」

「あ、有難うございます……」

 素直に受け取って飲むローザに、リュオンは優しく微笑む。

「うん。暫くここで休んでいこう」

「いいんですか、探さなくて」

「うん。まぁきっとディアンもいるし、大丈夫だろうから」

 自分の体を思いやってくれたのだろう。申し訳なくも感動していると、リュオンの表情が険しくなった。

「ディアンがサラの魅力に惹かれないかが心配だけどな」

「それはないでしょう。獣の彼女に惚れるなんて、貴方くらいですよ」

 えー、とリュオンは抗議の声をあげる。言いながらローザも、サラの良さはわかってきていた。

 ローザはリュオンに前から聞きたかったことを聞いた。

「リュオン様は、サラの事が好きなんですよね?」

「え?うん」

 迷いのない返事だ。サラは何故、彼の気持ちを信じないのだろう。そう考えていると、彼は言葉を続けた。

「でもサラはきっと、俺のことを本当に好きではないんだと思う」

「え……」

 何言うんだこの人は。

「時々、サラは遠くを見ているんだ。すごい、切なそうに」

 それはローザも分かる。サラは時々、何やらすごい考え事をしている。しかし。

「それが、サラがリュオン様を好きでないということに、何故繋がるのですか?」

「……サラには他に、好きな人がいるんじゃないかと」

「言っている意味が分かりません」

「俺も分からないんだよ」

 変な沈黙が落ちる。その沈黙を破ったのは、リュオンだった。

「ねぇローザ様はさ。俺のどこが好きなの?」

「は!?」

 何故この上そんな質問をするのか。心底驚くローザに、リュオンは平然と言う。

「いやだって。自分で言うのもなんだけど、好かれる理由が分からなくて。ローザ様の誕生日会の時だって、あまり話してないじゃない。だから、結婚話が来た時、正直驚いた」

「そ、それは……」

 また沈黙が続く。やや経ってから、リュオンがご飯どうしようかーと言い始めた時、ローザは小さな声で呟いた。

「リュオン様は、私とは違ったからです」

「へ?」

 何が言いたいのか分からないという顔だ。ローザは腹を括って、話し始めた。

「私は、身分がそれほど高くない母親を持つ、第四妃です。それも、母親は私を置いて男と国を出て行きました」

 リュオンの片眉が、ぴくりと上がる。ローザはそれを見て、少し微笑みながら話を続ける。

「王は、憎き女に似た私を愛し、育ててくれました。私の母親に、心底惚れていたようです」

 リュオンは、ただ静かに聞いている。だからローザは、そのまま話し続ける。

「世間の目は、様々です。私を悲劇の少女と呼ぶ人もいれば、諸悪の固まりという人。私はそのどの声も聞こえない振りをして、ただ周りの、私を愛してくれる方たちの声だけ聞いて生きてきました。他は愛想笑いを浮かべて、適当に接して」

 そうしないと、壊れそうだったから。他人には極力嫌われないよう、思ったことも何も言わないで、嫌味も聞こえない振りをして。

「でも、貴方は違いました」


「貴方は、私の誕生日を祝いに、隣国に来てくださいました。異形と噂されてるのを、知らないはずはないのに。そして、堂々と歩かれた。陰口をした者にも、「有難う」と微笑んで」

 彼の髪色や瞳は、サガスタ国でも、ましてや北大陸でも見られない。そしてその人間離れした整った顔立ち。「まるで人形のようだ」という言葉に、リュオンは笑って返したのだ。

「私は、嫌味は聞こえないものとするのが一番だと思っていました。でも貴方は悪意も受け入れ、笑って返した。強い方だなと、思いました」

 自分に自信があって、堂々としていて、綺麗だった。

 ローザの言葉を聞いて少し経ったあと、リュオンは笑いながら言った。

「俺は、そんなに立派な人間じゃないよ」

「そうですね。実際にこうお話してみて、変態だということがよく分かりました」

「ひどっ」

 リュオンはそう言って笑うので、ローザも笑う。

「サラが、言ってくれたんだ」

「サラが?」

「ああ、リュオンがいてくれてよかったって」

 その言葉を言った時、リュオンは本当に幸せそうだった。

「俺も、周りの目は気になるよ。それでも、俺が会いに行くと喜んでくれる人がいたから、堂々と生きていけるんだ」

 そうしてリュオンは、ローザの方をじっと見た後、にかっと微笑んだ。

「ローザ様だって、堂々と生きていいんじゃないかな。俺、今のローザ様好きだよ。お城で見たいい子ぶりっこの姫様より、ずっと」

「それ、褒め言葉ですよね?」

「あはははは」

 リュオンは笑う。その姿を、ローザは眩しそうに見つめた。


 今は変態だと思ってる。


 それでも、貴方に会いに来てよかった。


*****


「ディアン様は、リュオンに仕えてどれくらいになるんですか?」

 ご飯を食べ終えてひと段落した2人は、木が生い茂る困難な道を歩いていく。そんな中前から聞いてみたかったことを、前を歩くディアンに聞いてみた。サラの質問に、彼は考えながら答える。

「そうですね……確かリュオン様がまだ6歳くらいの時で、私は15くらい。丁度今のリュオン様くらいの頃からです」

「へぇ!すごいですね」

 サラの心からの感嘆に微笑みながら、ディアンはこくりと頷く。

「今の私があるのは、リュオン様のおかげです。罪人として処分されようとしていた私を助けてくださり、お側に置いてくださいました」

 さらりと何かすごい過去が出てきたが、ディアンはまた前を向いて歩き出す。あまり聞かない方がいいかなと、サラもそれ以上聞かずに黙々歩く。そうして暫く歩くと、今度はディアンが話題を振る。


「しかし、どこまで行っても何も見えてきませんね。まるで、ずっと同じ所を歩いているように思えてきます」


 確かに。自分がもうどこにいるかはわからないし、最初いた場所への戻り方ももう分からない。


「まるで、誰かがこの島にある大切なものを、守ってるみたい」

 サラの呟きに、ディアンも静かに遠くの道を見つめる。ここは無人島のはずだ。それなのに、生きてる者の気配がする。


「何かが、身を隠しているのかもしれませんね」

「何のために?」

「分かりませんけど……」


 言いながら、ディアンは何か深く考え始め、やがて決意した表情をした後、サラに尋ねた。


「サラ様は、リュオン様のどこが好きなんですか?」

「え……」

「私は、ずっと気になってたんです。貴方は本当に、リュオン様のことが好きなのかと」

「……私は好き、ですけど」


 彼は、一体何が言いたいのだろう。


「リュオン様は、幼い頃からそのお姿のため、違う者として見られてきました」


 サガスタ国の王子でありながら、その国の人々が持つ容姿とは違う姿で生まれてきた。


「幸い彼の父親は、彼を溺愛しています。だから誰も、彼には手出ししない。ただ、腫れ物のように扱うのです。そんなリュオン様にとって、貴方は……」

「自分より、皆から遠いもの」


 ディアンの言葉に続けたサラの言葉に、ディアンは目を見開いた。


「そうでしょう?」


 ディアンの顔が曇る。

「わかってる。リュオンは、確かに私のことが好きよ。でもそれは、恋なんかじゃない、優しさよ、彼の残酷な」


 自分が皆に愛されなかったから、自分より更に下の私を愛そうとしてくれる。彼はその事に、気づいていない。


「分かってるけど、今はそれでいいと思ってる。この旅が終わった時、たとえリュオンが自分への思いが変わってても、それも受け入れられると思う」


 サラの答えに、ディアンが静かに頭を下げる。


「失礼なことを言って、すみませんでした」

「ううん、いいんです」


 サラは慌ててディアンに頭を上げるよう促す。サラは、彼を恨む気にはなれなかった。

 ディアンはずっとその事が気になっていて、サラに言うべきかどうか悩んでいたのだろう。何故なら、彼も同じ理由で、リュオンに選ばれたからだ。


「……私たち、似た者同士かもしれませんね」

 サラがにこりと微笑んで言うと、ディアンは一瞬目をぱちくりさせた後微笑んだ。


 もし、この旅が終わって、サラが人間になった時。

 リュオンは、笑ってくれるだろうか。


「誰だ!?そこにいるのは!!」


 鋭い男の声がして、驚いて振り向くが、どこにも人の姿が見当たらない。


「サラ様、上です」


 ディアンが言うように上を見上げると、大柄な男が木の上に立っていた。


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