幕間
「べつに。悪かったな。これからは、お前の好きにすればいい」
彼は、私を見ながらそう言った。
ただ本当に淡々と。
そうして静かに背中を向ける。
私は気づけば、その背中を追っていた。
*****
「セナ様だ」
「まったく、ジェラルド様もあんな方をお側において何を考えているのか」
遠巻きに声が聞こえる。彼らは近くでは言わない。彼らにとって自分は、恐ろしい存在だからだ。
何も聞こえない振りをしてノックする。中から返答が聞こえると、セナはドアを開け中に入る。
その部屋では、真ん中に置いてあるテーブルの側のソファに、一人の人物が座っていた。彼は手に持っていた書物から顔をあげ、来訪者であるセナに目を向ける。
「セナ」
彼、ジェラルドは何やら古い書物を読んでいた。
「何を読んでらっしゃるんですか」
「つい最近、面白い本を見つけたんだ。遊んだ女の子の家の書斎にあったんだけど」
さりげに何か言ったが、セナはそれを聞き流す。彼はきっと、誰も本当には愛さないだろうから。
「読む?」
ジェラルドは本を差し出してきたが、セナはそれに首を振る。そうしてふいに訊いてみたくなる。
「ジェラルド様は、何故私を追い出さないんですか」
「ん?」
「皆が言います。ジェラルド様は変わった趣向をお持ちの方だと」
本当ならセナは、いつ殺されても、またはどこかに売り飛ばされてもおかしくない存在だ。そうされないのは、この恐ろしく若き王、ジェラルドが彼女を愛妾としているからだと言うのが世間の認識だ。
「はは。まぁ、間違いではないがね」
彼はそう言ってにこやかに噂を笑い飛ばす。何でそんな風に笑えるのか、セナには分からなかった。彼がセナに触れたことなんて、一度もなかったから。
「で、呼んだのはな。これなんだが」
彼はそう言って、テーブルに置いていた長細い四角の箱を差し出した。その箱を開けると、濃い赤の綺麗な衣が入っていた。
「良かったらきてみないか。その格好はどうも見てても暑いからな」
彼はそう言ってセナの纏っている毛皮を見つめた。
「……有難うございます。でも、私はこの衣を纏うのをやめるつもりはありません」
その言葉に、ジェラルドはセナを見つめながらゆっくりと語りかける。
「なぁセナ。忘れろって言ってるんじゃない。そんなの、俺が言えるセリフじゃないからな……ただ、背負って生きることもないんだ」
昔は荒れていた彼も、大人になって随分と変わった。こんな風に優しく見られたら、皆勘違いしてしまうだろうなぁ。セナはそう思いながら、渡された衣を見つめる。
「……痒さに耐えられなくなったら、かえてみます」
セナにとって今は、それが精一杯の答えだった。そう言うと、ジェラルドは静かに笑った。
「ああ、楽しみにしてる」
そうして彼はまたソファに座り、本を手に取る。
「ところでセナ。この字が読めるか?」
「?読めません……初めて見ます。それが、面白い本なんですか?」
「ああ」
「読めるんですか?」
「あんまり」
読めないのに、何が面白いんだ。セナは不思議な顔をしたが、ジェラルドは楽しそうだ。その姿を見て、セナは納得した。
「貴方は確かに、変わった趣向をお持ちですね」
「だからそう言ってるだろう」
その言葉にセナは笑う。
本当は分かってる。
彼は熱心に何かを調べているということも。
本当は、優しい人だということも。
「……貴方に、似てますよ」
「ん?」
セナの呟きにジェラルドは振り向くが、セナはにこりと笑う。
*****
「目が覚めたか」
最初に見たのは、冷めた目だった。その瞳を見ながら、徐々に状況が分かり怒りがわいてくる。
「……なんで、助けたのよ……」
あのままほっといてくれたら、死ねたのに。彼がいない世界なんて、意味がない。
「別に」
自分を助けた男はそう言って静かに背を向け歩いていく。
「死にたいなら、死ねばいい。死ぬ気がないなら、ついてこい」
すごくどうでも良さそうにその声は言う。決して、自分の方は振り返らない。
あの人もそうだった。
親に捨てられた私を助けたくせに、どうでも良さそうに私を置いていく。
そうして私はあの時と同じように、去っていく背中を追う。
その背中はあの時と同じで、あたたかく見えたから。
きっと私は何度生まれ変わっても、貴方の背中を追ったことを、後悔はしないだろう。




