第26話 誰かの日記
南大陸に行くのは、リュオンが提案したことだ。皆が何故いきなりそう言うのかと言ったが、彼はただ「カン」と言うだけだった。
そうして今、南大陸に向かう船の中、リュオンは静かに部屋の中にいた。ベッドの上に座っている彼の手には、深緑色の古い本がある。その本を見つめる瞳は、どこか遠くを見ているような空虚さだ。
その本は、地下の倉庫でオディアスの翼を探している時、見つけたものだ。倉庫では隅の方に埋れていたが、何故かリュオンはその本が気になった。今思うと、それは何かの運命だったのだろうか。
それは、誰かの日記だった。たわいない、1人の男の日記だ。感じたこと、見たことが、淡々と書かれている。
リュオンは、ガラスに映る自分の姿を見る。日記の彼が出会った中に、自分と同じ特徴を持つ者たちがいた。
だが自分は、彼らの特徴と完全に一致はしない。
本の最後には、まだ封がきられていない、色あせた手紙が挟まれていた。リュオンはそれを、開けてみたかった。でも自分へあてたものではない手紙を封を切ってまで読むのは、さすがに駄目だと思い、そのままにしている。
この中に、自分が見たい事実があるかもしれない。そんな事ないと、分かっているのに。
「リュオン、今いい?」
サラの声に、リュオンは咄嗟に本を毛布の下に隠す。いいよ、と返事をしながら立ち上がり、ドアを開ける。
「何?」
「ルゴー様が、壊れた床直すの手伝ってほしいって」
「ああ、また壊れたんだ」
もともと自分たちは旅客用の船で行く予定だったが、獣は乗れないと断られ途方に暮れていた。
その時、声をかけてくれたのがこの船の主、ルゴーだ。
彼は、金髪がかった灰色の髪に、青い目をした男性だった。南大陸に、商人として出向いているらしい。かなりボロい船だが、彼は中古で安く買えたと自慢気に話していた。
その壊れた場所に向かう間、サラは何やら難しい表情をしている。
「どうした?」
「うん、なんかね。ローザ様とディアン様がおかしいの。喧嘩しないの」
「え、いい事じゃないの?」
「あの2人は、何と言うか喧嘩してる方がいい気がする」
サラの言っていることを、リュオンはそうか?と首を傾げる。
「何か、言いたいけど言えないみたいな、そんな雰囲気」
サラはそう言って、静かに前をいく。その姿は、どこか怒っていた。
「何で、サラが怒ってるんだ?」
そう聞くと、サラが鋭い眼光で睨む。
「リュオンまでそんなんだからよ」
「俺?」
彼女はこくり、と頷くと歩き出した。どうやら、隠していることがばれているようだ。
「ごめん、サラ」
「何隠してるの?」
やはりバレてる。
「ごめん。今はちょっと頭が整理出来なくて。でも落ち着いたら見せるよ」
「あっそう」
見せる気がないことまでバレバレだ。
「2人が張りつめてるんだろ、俺たちはいつも通り仲良くいようよ!」
「いいわよ、私ルゴー様と仲良くするから」
「えっサラ浮気!?」
そう驚いた声をあげると、サラは優しく笑った。
「リュオンみたいな変人そうそういないよ」
サラは常々、獣の自分にも優しくしてくれるリュオンは優しい、と言ってくる。それを聞くたび、リュオンは申し訳ない気持ちになる。自分がサラに近づいたのは、そんな綺麗なものじゃない。
初めてサラに会った日。醜く、血を流す獣を見て、はじめは逃げ出そうとしたが、強く叫ばれた。その声に振り向くと、ただ寂しそうな瞳が見えた。
そうして獣の元に戻り自分を殺す気がない、彼女は怪我をしてるだけだったと分かると、リュオンはサラの所に通うようになった。
それは、彼女を心配したわけではない。ただ、安心したかったのだ。
「サラ」
「うん?」
サラが彼女の記憶について話してくれたのは、一年が過ぎ行く頃だ。
「私も、人間かもしれないの」
普通なら、喜ぶべきことだろう。しかし、リュオンは受け入れがたかった。
「呪いが解けるまで、あと3つだな」
「うん、まだ長いねぇ。あ、ルゴー様!」
そう言ってサラは角を曲がる。彼女の長い尻尾の先が、太陽に反射してキラリと光る。
サラの呪いが解ける時、彼女が人間だった時。
自分は、笑ってられるだろうか。




