第25話 遠いところ
翌日。ダグラスから連絡を受け、ジェラルドは今客間にいた。彼の目の前には、オーセルの第四姫ローザの重臣であるエマとトラスがいる。
「まぁ、座って」
ジェラルドがソファーを示しながらそう言うと、2人は首を強く横に振った。
「いえ。私たちはただの従者です。この度は、ローザ様が大変お世話になったと噂で聞き、お礼を言いに参りました」
そうして深く頭を下げた二人に、ジェラルドは目を丸くする。
「わざわざお礼に?いいのに、そんなこと」
「いえ!本当に有難うございます!それで、姫様はその、どちらに……」
会いにきた一番の理由はこれだろう。ジェラルドは彼らに同情しつつ苦笑しながら、微笑み話しかける。
「ああ。彼らは今、隣国のローレアに身を寄せているよ」
「ローレア!有難うございます!!」
情報を聞くやいなやもう帰ろうとする二人に、ジェラルドは問う。
「ローザ姫を連れ戻すおつもりか?」
「もちろん!危ない旅などで何かあれば……せめて側にいてお守りしないと」
あの姫様は大丈夫だと思うけどなぁ。まぁ、彼らにとっては彼女を守るのが仕事だし、仕方がないか。
「陛下、失礼致します」
セナが、急いで入ってくる。エマとトラスは彼女の方を振り向き、驚いた顔をする。だがセナは慣れているようで、気にしたそぶりはない。
「ローザ姫たちは、今朝ローレアを発たれたようです。現在は、南大陸に行く船に乗るため港へ向かっているようです」
「へっ!?」
エマたちは、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
「ルイス様が南大陸まで船を出し連れて行くと言ってくださったそうなんですが、さすがにそれは悪いからと断られたそうです」
「南大陸?早いな。何か新たな情報が手に入ったのか?……てあれ、二人は?」
ジェラルドが開けられた戸を見ながらそう言うと、ダグラスは平坦に告げた。
「早急に港に急げば間に合うかもしれないということで、全力でお礼を言って去っていかれました」
その言葉にジェラルドはずっこける。丁寧なんだか失礼なんだか分からない二人だ。
「お待たせしました!」
エマとトラスは、馬と共に待っていた白装束の二人にそう叫ぶ。そして到着するやいなや、出発の準備を始めだす。
「どうだった?港に向かってるって?」
小さい方の問いにエマは馬の手綱を引きながら力強く答える。
「ええ!急いで移動するわよ」
そうして衛兵にお礼を言いながら厩から門に向かう中、エマがトラスに呟く。
「それにしても、さっきは驚いたわ……」
「はい、びっくりしました」
二人の会話に、大きい方が首を傾げる。
「ん?何かあったのですか?」
「獣耳の人間がいたんですよ」
その言葉を聞いて、白装束の二人の顔がわずかに強張る。
「物語の中で読んだことはあったけど、本当にいたとはね」
「でもここは魔法の国ですからね。魔法で獣耳の人間を作りだしたのでしょう。なんせ、そのような種族がいるとは聞いたことがありませんから」
エマはトラスの言葉に頷きながら、二人が何か話している姿を見た。小さい方が、話し合いが終わるやいなやエマたちに尋ねる。
「その人、どんな姿だったの?」
具体的に想像したいのだろうか、とりあえず教える。
「黒みがかった茶色い長い髪に、瞳も同じ色で、獣の衣を身につけてたわね」
「はい、色っぽかったです」
そう何故か握りこぶしを作って言うトラスを、エマは強くはたく。
「ふーん……」
二人はエマたちの掛け合いは全く目に入ってないようで黙り込む。何なんだ、一体。
城から出て馬に乗り走り出すと、エマはずっと聞きたかったことを尋ねてみた。
「ねぇ、そろそろ名前を教えてよ」
「え?」
「あるでしょ、名前。もう結構長く一緒にいるし、私、貴方たちのこと知りたいわ」
「知ってどうするの?」
特に問題もなく名前が返ってくると思ったので、エマは面食らう。
「ど、どうするって……一緒にいるんだもの、知りたいじゃない」
というか名乗るのが礼儀なのではないか。しかし、小さい方は目を心底不思議そうに瞬かせながら言葉を返す。
「そういうものなの?でも僕たち、名前人に教えちゃ駄目だから」
「え?なんで……」
「名前には力があるから」
そう言われては何とも言えない。宗教的思想だろうか。彼らが王城に入らなかったのも、フードを脱ぎたくなかったかららしい。フードの中では布を巻いてるようだし、髪を見せてはいけない民族なのだろう。あつくないのか、と聞いてみたくなるがやめておく。
しかし、名前がないのはいい加減面倒だ。エマはしばらく思考を唸らせ、ぽんと手を叩く。
「そうだわ!名前がないということは、これからつければ良いのよ!」
エマの言葉に兄弟は目を丸くし、兄は短く主張する。
「いや、あるんだが」
「教えられる名前はないんでしょ。そうね、じゃあ、私が名付けるわ!」
そうしてエマはうーんうーんと唸る。トラスも提案したが、言い終わる前に却下された。
「決めた、シアンとコバルトで!」
そう言ってエマは弟をシアン、兄をコバルトと呼んだ。
「貴方たちの瞳って、とても綺麗な色よね」
青く光る瞳を見て、エマはそう微笑む。
「……僕たちより、綺麗な色の人を知ってるよ」
「へぇ、そうなの?」
そういえば、リュオン様の瞳も、澄んだ海のような、綺麗な色をしていたな。
エマもリュオンの暗い噂は知っている。しかしサガスタの現国王と王妃の仲睦まじさは有名だったので、どこか信じられない。
遠い祖先が、彼らと同じなのかもしれない。
「ねぇ貴方たち、どこ出身なの?」
エマは一緒に乗っている弟の方、シアンに尋ねた。
「……遠いところ」
あまり言いたくないようなので、エマもそれ以上は聞かなかった。普段は無駄に喋るが、どうも自分のことは聞かれたくないらしい。
まぁいいか。
今はとにかく、姫様に会わないと。
エマは目的を思い出し、馬の手綱を強く握った。




