第24話 知らないこと
城の中は、とても広かった。見知らぬ人々と一匹の獣が城中を散策する姿に城の皆が振り返り、遠巻きに見つめる。
彼らは個人の部屋にはないというルイス王の言葉を信じ、庭や会議室、厨房や剣技場などあらゆる所を調べた。
「あー、見つからないねぇ」
四人はがっくり肩を落としながら、一階に備え付けられている椅子に座る。もう昼を過ぎた。あと一日で、果たして見つかるのか。
「どんな物を探しているの?」
そこで、優しい笑顔を浮かべた高齢の女性、おそらく城仕えが長いだろう貴婦人が、四人に話しかけてきた。話しかけられたことに驚きながらも、サラは答える。
「か、固いものです」
その言葉に、婦人も首を傾げる。
「うーん、難しいわね。ルイス様もご存知ならすぐにあげれば良いのに。あまりこのような事をする方ではないんだけど」
「そうなんですか?」
「ええ。もともとあまり物に執着がない方で……」
そう言いながらも、彼女は何か思いついたようで、黙っている。
「あの……」
「……そうね、何かあると言ったら、地下倉庫かもしれません」
そうして彼女はにっこり笑った。
婦人は倉庫は秘密扉でしか入れないと、わざわざその扉まで案内してくれた。
決まった文字をかくと、扉が開かれる。秘密扉の中にある倉庫の前に衛兵が控えていて、いかに中に貴重なものがあるか分かる。入っていいのかと尋ねると、大丈夫じゃない?と軽やかに言われたので、気にしないことにする。
衛兵にルイスからもらった書状を見せ、四人は大きな地下倉庫に足を踏み入れた。婦人は笑顔で手を振り消えて行く。
「うわ、何ここ、物でいっぱい!」
ローザの言葉の通り、そこは整頓はされていたが、無数の物体が、連なる棚の中に敷き詰められていた。
「確かに、ここならありそうですね。まさか地下にこんな部屋があるとは」
ディアンの声に、リュオンが頷く。ここになら、あるかもしれない。
「よし、手分けして探そう」
四人はそれぞれ別の棚を散策する。リュオンのいる辺りは古い本の山、サラが見ているのは鉱物や自然のもの、ディアンは諸外国からもらったらしき産物の辺りを見ていた。
その中で、ローザが見ているのは金属物の棚である。かつての王族や兵士が使用していたと思われる、装飾品や、武器が並べられていた。
その中で、見た限り新しい布に巻かれている、長細いものをやがて見つけた。
「ん?何かしら、これは……」
ローザはそれを何気なくめくると、中から上等な剣が現れた。
その剣は、青い柄に金色で文様を施している、使い古されたような傷が所々に入っているものだった。しかしその傷を帯びてもなお、その剣はどこか気品を感じさせる物だった。
「綺麗な剣……本物かしら?」
ローザの言葉に、向かいの棚にいたディアンが彼女の方を振り返り、その瞬間目を見開く。彼の目には、剣の鞘を抜こうとする少女の姿が目に入った。
「やめろ!」
ディアンの声にローザはビクッと震えるが、その時既に剣は鞘から抜かれていた。銀色の刃が光り輝いたと思うと、青白い光を放つ。
「え……!?」
いきなり訪れた熱さに、ローザの思考は混乱する。熱い、まるでこのまま、飲み込まれそうだ。
「手を離せ!!」
そう言われるが、思考が混乱してどうすればいいか分からない。
気づけばディアンが光の中に入ってきて、彼女の手をはたく。瞬間、剣が金属音をあげて床に落ちる。
「どうした!?」
リュオンとサラが慌てて駆け寄る。
そうして剣に気がつくと、リュオンは何気なくそれを拾う。
「だめ、危ない……!!」
ローザは叫んだが、リュオンはそのまま剣を構え、上下にぶんぶん振り回した。
「使い古されてるみたいだが、上等な剣だな」
この剣がどうかした?と聞こうとしたリュオンに、二人は驚いた表情を見せる。
「な、なんで……」
「驚いたな、何も問題ないのか?」
その声に振り向くと、王が立っていた。
「その剣は、強い魔力を宿している。“オディアスの翼"という異名をもつ剣だ」
王の言葉に、リュオンは剣を二度見する。
「これが……!?」
「オディアスは、固い翼を持ちその翼で獲物を一瞬で殺していたらしい。その剣も、軽く振っただけで人間だけでなく、弱い魔物なら殺せる」
その言葉を聞き、一同は息をのむ。かつて魔物をいくら斬ってもしぬことはなかった。しかし、この剣はたった一振りでそれが出来るという。
「だが、無闇には戦いで使うな。誰が最初に作ったか知らないが、その剣は人の体を蝕む。かつてその剣の力を借り戦場に出向いたものは、己の体を蝕みやがて死んだ」
ルイスは、淡々と恐ろしいことを述べた。
「これ……頂いていっていいんですか?」
てっきりたくさんある物のひとかけらだと思ってたので、どうしていいかそう尋ねると、ルイス王は苦笑で返した。
「見つかったら渡すのが、ジェラルド王との約束だからな」
****
リュオンは、庭のベンチに座り、手に入れた剣を見つめる。あのあとサラもディアンも試しに触ってみたが、光に包まれた。どうやら、リュオンだけが認められたようだ。
「綺麗な剣だよね」
気づくと、目の前にサラがいた。リュオンはそれに、静かに頷く。
この剣が何匹もの魔物や人、そして持ち主の血を浴びてきたということが信じられないくらい、綺麗に輝いていた。
「しかしこれは、サラの呪いを解く時どう使うんだ?俺はてっきり材料を煮込むんだと思ってたんだけど」
「う、うーん?と、溶けるかな」
2人は答えの出ない問いに、うんうん唸る。そうしてリュオンは、自分の銀髪に触れる。普段そのような動作をしないので、サラは首を傾げるが、彼はその手を振り払う。
「まぁ、いつか全部集まった時に、分かるんだろうな」
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「有難う」
部屋のドアを開けると、そう不本意そうに言うローザの顔が現れた。それを呆然と見つめたディアンは、少し間を置いたあと尋ねた。
「何がですか」
「さっきの剣のことよ!助けてくれたじゃない」
「ああ、気にしないでください。お怪我ありませんでしたか?あの剣、扱うと体を蝕むとローレア王が仰ってましたが」
ディアンの問いに、ローザはまだどこか拗ねた子供のように返した。
「ほんの一瞬のことだったし、大丈夫よ」
それはよかった、と言いながらドアを閉めようとするのを、ローザは掴んで止めた。
「貴方。何か隠してない?」
「何がです?」
「知ってたんでしょ。あの剣の存在」
彼はあの時、ローザが鞘を抜き切る前に止めた。知らなかったら、あんな風に叫びはしないだろう。
「……俺が知ってて今まで馬鹿に捜索していたとでも?」
「そうじゃないわ。貴方は本当はあの剣の名前も、もとの持ち主も知ってるんじゃない?」
その言葉にディアンはローザの顔を見る。ローザも睨み返し、2人はそうして睨みあう。
先に目線を逸らしたのは、ディアンだった。
「実物は、はじめて見ました。俺は、何も知りません」
「嘘。貴方、何か隠して……」
「たとえそうでも。貴方には、話すことは何もありません」
その声は、今まで聞いた彼の低い声とは違う、突き放す、冷たすぎる声だった。
「……すみません。もう、寝るので」
静かに、ドアが閉められた。
**
「お勤めご苦労様、ルイス」
そう言って穏やかに笑うジェラルドが映る水晶玉を、ルイスは見つめる。今だに魔法というものが分からないが、こうして近くにいない人と話せるのは実に便利だ。
「サガスタの王子が、剣を扱えるようです」
「ふぅん?」
ルイスの報告にどうでも良さそうに返事するジェラルドに、ルイスは苛立ちを隠しながら返す。
「一体どういう基準なんですかね、あの剣は」
「さぁ、単に気分なんじゃないか?」
「剣に気分とかあるんですか……」
ルイスの不満そうな声に、ジェラルドは愉快そうに笑う。
「まぁお疲れ。大事な代物を譲ってくれて有難うな」
そうして通信が終わった。何でジェラルド様が、礼を言うんだ?ルイスがそう言いたそうに従者を見ると、従者もはて?と両手をあげた。
ルイスとの通信が終わり、ジェラルドは背もたれにもたれて目を閉じる。
「言わないんですか?」
振り向くとそこには、セナが立っていた。
「まぁね。ルイスは、何も知らない方がいいよ」
ジェラルドの言葉に、セナも頷く。確かに、彼は知ってしまったら色々悩むだろう。ジェラルドも彼らを助けるべきかどうか、悩んでいるのか。
「あの子たち、何も知らないみたいです。ディアンという子も、自分が何者かよく分かってないみたいでした」
「そうか……」
かつてその血流は、ある戦争後生まれた。その戦争の存在を知るものは、今はもう少ない。ジェラルドも、遠い過去に聞いただけだ。
「彼らは、何も知らない。それは、彼らが無知だからじゃない。北大陸では、そのことは語られないのだろう」
かつての北大陸。そうして、そこで生まれた出来事。
彼らが全てを手にした時、果たしてそこに、幸せはあるのだろうか。




