第22話 ローレア
「皆、昨日は楽しめたかな?」
ジェラルドは朝食を食べながら、そうサラたちに問いかける。サラは、姿勢をぴんと正して答えた。
「はい、とても楽しかったです!」
サラの言葉に、ジェラルドは緩やかに微笑む。リュオンも交え三人でリセプトの物産について盛り上がっている中、ローザは向かいのディアンに尋ねた。
「二日酔いですか?」
いきなりの質問に、スープを飲んでいたディアンはその手を止め顔をあげる。
「はい?」
「顔色、なんかすごく悪い。ただでさえ怖い顔が、もはや化け物みたいよ」
「はぁ、すみません」
そうしてリュオンがディアンに話しかけたことで2人の会話はあっさり終わった。ローザはイライラしながらパンを千切る。
「何よ。きっとかっこつけてお酒飲み過ぎたんだわ」
サラもパンを食べながら、ローザの様子を不思議そうに見た。
「ローザ様は、何を怒ってらっしゃるんですか?」
サラの質問に、ローザは彼女を睨みつけながら答える。
「何にって。彼は従者の責務を放棄して女性と飲み行ったのよ。まったく、信じられない」
「はぁ、そうですか?」
サラはよく分からない、という感じで首を傾げる。
「あのね。そういう時は、本当ねーとか言えばいいのよ」
ローザの助言に、サラは一瞬固まったあと真似をする。
「ほ、本当ねー?」
「不愉快だわ」
「どうすればいいんですか!?」
2人の掛け合いを3人が見ていることを、彼女たちは全く気づいてない。
「いやいいね、若き乙女たちの会話は」
「ほのぼのしますねー」
「……というか、目の前に本人がいるのにする話ではない気が……」
食事が大体済んだ時、ジェラルドはフォークを置いて、話しはじめた。
「今日君たちは、ローレアに向かう」
その言葉に、四人が彼を一斉に見る。
「ローレアには案内役兼護衛役をつける。その者がいれば、簡単にローレアに入れるはずだ。一応、私がかいた文面も持っていかせるがね」
「重ね重ね、申し訳ありません。本当、偶然出会った僕らにこんなに良くして頂いて……」
リュオンの言葉に、ジェラルドは微笑む。
「出会いは必然だよ、リュオン」
そうしてジェラルドは、四人を眺めた。
「君たちはこれから、様々な人に出会う。それは全て必然だ。大切にしなさい」
彼はそうして優しく微笑んだ。
「君たちの旅が、幸運に満ちるよう、祈っているよ」
**
なんでこの女性がついてくるんだ。ローザはそう思いながら目の前の女性を見た。
「ジェラルド様からローレアに無事送り届けるよう、お言葉を頂きました。よろしくお願い致します」
「よろしくお願い致します」
お互いが礼をしたあと、セナはディアンを見て微笑む。
「昨日は有難う」
「いえ……」
ディアンが気まずそうに視線をそらす。それをローザはちら、と見るが、セナに見られそっぽを向く。セナはそれを気にした様子はなく、声を少しあげて言った。
「さぁ、行きましょうか」
リセプトからローレアへは、一本の細長い道で繋がっていた。ただそれをひたすら歩く。道は暗く、セナが灯す明かりだけが道しるべだ。
長い道のりの中、サラはどうしても、セナに聞きたいことがあった。三人が後ろで会話をしている隙に、隣に近づく。
「……あの。セナ様は、どうして獣の血を飲んだんですか」
セナはサラの方を見ず、ただ前を見ながら返す。
「どうしてだと思う?」
「……獣に、なりたかったからですか?」
獣でなくなりたいと思っていた自分がこういう質問をするべきか、すごく悩んだ。セナはいやそうな顔はせず、思案している。
「うーん、まぁそうだけど。ちょっと違うな……私を育ててくれた人はね、人間の血を飲んで死んだの」
その言葉に、サラは目を見開く。
「人間として、生きてくれようとしたのかもしれない。私のために。でも、彼にその血はあわなくて、体が傷だらけになって、死んでしまったわ」
彼女の声はどこまでも淡々としている。だがその瞳には、確かな苦しみがあった。
「だから私も飲んだの。彼の血を。獣になるか、死ねたらいいなって。でも、結果どちらにもならなかったわ。……その時ジェラルド様に拾われて、今の私があるの。不思議よね、人間の時は人間なんて大嫌いだったのに、今は人間と共にいるなんて」
セナの声はその時だけ、一瞬震えた。でも、すぐ明るく戻る。
「貴方は、もとの自分になりたいのでしょう?」
セナに真っ向から問われて、サラは答えられなかった。俯いていると、セナがぽん、と彼女の体を叩いた。
「さぁ、ここがローレアよ!」
長い道のりの向こうに、光が見えた。
そこは、城への道に続いていた。城は白く大きくそびえ立っていて、その横に黒い細長い塔があった。
そしてその城ではためく青い国旗には、鳥の文様が記されている。
あれが、オディアス。
城の目の前に着いてもその旗をぼーっと見つめていると、ふと固く黒い、大きな門が開いた。
「お待ちしておりました。お話は、ダグラス様より聞いています」
そうサラたちに向かって言ったのは、赤い髪を後ろで一つに結んだ女性だった。この国の正装であろう、淡いクリーム色の衣服を身につけている。彼女は凛とした声で続けた。
「陛下がお待ちです。さぁ、中へ」
そうして中に入ると、門の向こうにセナが立っていた。
「セナ様は、入られないんですか?」
「私の役目は貴方たちをこの城に届けるまで。あとは貴方たちがどうなろうが知ったことじゃないわ」
ばっさりと切り捨てられた言葉に、どこか傷ついてしまう。彼女だけでなくジェラルド様ともダグラス様とも兵士様たちとも、もうお別れなんだ。
セナは迎えてくれた人と会話した後、四人の方を見る。
「なにしんみりしてるのよ」
彼女の声は明るい。
「大丈夫。きっと、素敵な未来が待ってるわ。……皆ね」
セナは全員を見回したあと、笑って手を振った。
彼女の毛皮が、眩しく光る。
*****
謁見室には、ブロンズの髪に青い瞳を持つ、美しい青年が真ん中の高い席に座っていた。
ジェラルドからローレアの国王も若いと聞いていたが、確かに若い。リュオンたちと、5つほどしか変わらないだろう。
彼はサラたちに向かって微笑んだ。
「はじめまして。ルイスと申します」
そう言われ、リュオンやディアン、ローザは頭を下げる。サラも慌ててそれに習う。リュオンは代表してルイスに挨拶をする。
「突然訪問してしまい、申し訳ありません、ローレア王。私は、サガスタから来た、リュオンと申します」
ルイスはそれに静かに頷く。
「聞いてます。あとは、貴方の従者のディアン様、オーセルの第四姫、ローザ様。そして……」
そうして彼の視線は、サラに注がれた。
「獣の呪いにかかっているという、サラ様ですね」
「はい……私たちは、オディアスの翼というものを求め、この地にやって参りました。どうか、シーザ族に…」
「貴方たちは、何やら誤解をしてはいませんか?」
「……はい?」
ルイスの言葉に、リュオンは思わず聞き返してしまう。ルイスはそれを特に気にせず、彼に問いかける。
「恐らく、貴方たちが求めているのは、シーザ族に会ってもきっと手に入れられません」
「で、でもジュールで……!?」
そう、言われたのだ。シーザ族が大量に持ってると。
「うーん、ジュールでどう言われたか知りませんが、シーザ族は現在は一家に一枚しか羽を所有していません。かなり小さな民族なので、翼には足らないかと」
「そ、そんな……」
聞いてないそんな話。落ち込む四人に、ルイスは手を広げる。
「最後まで聞いてください」
そこで四人は再びルイスに向き直る。彼はその四人をまっすぐ見ながら言葉を紡ぐ。
「単刀直入に申しますと、貴方たちが求めているオディアスの翼とは、単なるオディアスの一部ではないかもしれません」
「へ?……ではない?」
まさかのまさか。はじめにたどり着いた唯一の事柄が間違いだったなんて。
でもそういえば、涙も結局あれは涙じゃない。まさか全部比喩表現!?
「そうです。私は、あるものについてずっと調べていました」
ルイスはそう言って続きを話そうとしたが、何やら四人はパニックになっている。
「え、じゃあこの鎖って何?刃って?まさかダジャレ?」
「一見しただけでは分からないようにしてあるのでしょうか」
「単なるカッコつけじゃないか?」
「案外この二個以外はそのままかも……」
「……聞いてますか?」
ルイスの丁寧ではあるが低い声に、四人は姿勢を正す。それを一瞥してルイスは話を続ける。
「そうして調べていくうちに、その物には異名があることが分かりました。……その物の異名こそ、オディアスの翼です」
「!?そ、それは何ですか!?」
「教えるわけないだろうが、ガキ共」
そこで一気に口調が変わったルイスに、一同はぽかんとする。
「ルイス様、口調口調」
「あ、やべ」
従者の忠告に、ルイスはこほん、と咳払いをして仕切り直す。
「それは大変危険な物なので、やすやすと人に譲ることは難しいのです」
「お持ちなんですか!?」
「私個人が所有してるわけではありませんが、確かにこの国に存在するものです。まぁ、貴方たちが手に入れた情報も、あながち間違っていなかったのかもしれません」
「そ、それは今どこに……!?」
「ですから、教えられません」
「そこを何とか。どうしても、呪いを解くのに必要なんです!!」
サラの言葉に、ルイスはじっと彼女を見つめ、やがて微笑んだ。
「では、こうしましょう」
そうして彼は片手を広げる。
「このローレア全域のどこかに、必ずそれはあります。たくさんある物の中から一つだけ、私の元にお持ちください。それが正解なら、たとえそれがローレアの大切な物であっても、お渡ししましょう」
そうして彼は楽しそうに思案する。
「期限はそうですね。三日です。その間なら、私が書いた書状を授け、いかなる場所でも通れるようにしましょう」
「見つけられなかったら……?」
全員が思った問いを、ディアンが口にする。
「見つけられないのなら、それまででしょう」
王はそう言って緩やかに笑う。ジェラルドとは違うが、彼もやはり王様だ。
「……分かりました。必ず、見つけてみせます」
ルイスはサラの言葉に、先ほどとは少し違う微笑みで応えた。
「そう来なくては」
「見つけられますかね」
サラたちが謁見室を出たあと、赤毛の従者はそう王に問いかけ、王は椅子に肩肘をついてそれに答える。
「さぁな。彼らにとって必要な物なら、見つかるんじゃないか?」
ルイスはとても楽しそうだ。若き国王は、どうやら日頃の国事に疲れているらしい。まぁ彼が楽しいならいいか、と従者も頷く。
「それにしても本当に獣なんだな。気品が漂っていたし、ひょっとして正体はどこぞの姫君だったりしてな」
「わぁ、それはロマンチックですねぇ」
呑気な国王とその従者の会話が謁見室に響き渡る。
かくして、「オディアスの翼」と異名を持つものの捜索が始まった。




