第21話 異質なもの
サラたち四人は、馬車の中でリセプトを案内してもらいながら、王城に向かって行く。彼らの目の前には、ダグラス、セナが両脇に、ジェラルドが真ん中に座っている。
リセプトは自分たちがいた北大陸よりも暖かく、人々も薄い生地で出来ている服をきていた。家は様々な色がつけられた石で出来ていて、街を明るく色付ける。
そんな暖かい雰囲気の中、目の前のセナという女性は毛皮を身につけていて、獣の耳の持ち主だ。彼女は今、自分たちにリセプトの解説をしてくれている。サラは気づいたらそんな彼女の姿を凝視していた。
「そしてここは城下町、ヴァーサル。市民たちが週末には市場を開いて……」
そう説明しながら彼女も視線に気づいたのだろう。にっこり微笑む。
「私の姿は、面白いかしら?」
サラはいきなりそう言われアタフタしながら必死に弁明する。
「い、いえ!とても綺麗で見入ってしまって!決して暑くないのかななんて思ったりはー……!!」
「言ってるじゃない」
ローザのツッコミでサラはしゅんとなる。対してセナは、楽しそうに微笑んだ。
「ふふ、有難う。貴方も素敵よ。私、貴方みたいになりたかったの」
「え……?」
思わぬ言葉にサラは固まる。そこでダグラスと話していたジェラルドが説明する。
「セナは、小さい頃親に捨てられてね、魔獣に育てられたんだ」
「ま、魔獣に……?」
「そう。普通魔獣はそんなことしないんだけど。彼女の姿は、その魔獣の血を飲んだ名残りだよ。本人は完璧な獣になるか、死ぬかしたかったらしいけど」
ジェラルドは実にたわいない世間話をしているように話しているが、リュオンたちの常識からはるかに離れているその話に、彼らは全くついていけない。セナは彼の話をとくに何も思ってないような表情で聞いていた。
これ以上彼女の過去を聞いていいか分からなく、過去には触れないが疑問に思ったことを尋ねる。
「魔獣の血を飲むと、その姿になるんですか?」
彼はリュオンの問いに、静かに前を見る。
「君たちも見たはずだ、ユア様を。彼女も、人間の血を飲んで人間の姿を保っていた」
そこで思い出す。人魚の仲間になりたくて、己の姿を偽ろうとしていた、ユアの姿を。
「完璧にその姿になる場合もあるが、なれない場合の方が多い。大概は、異質なものを体に入れれば死に至る」
セナは、ピク、と体を震わせる。ジェラルドもそれを気づいてはいたようだが、見ないように話す。
「だがしかし、本来は禁じられていることだ。生きてる者の血は、決して飲んではならない。それがこの世界の理だ」
馬車が音をたてて止まる。ジェラルドは、魂が抜けたような顔をしている四人に微笑んだ。
「さぁ着いたよ。我が城へようこそ」
リセプト城は、色とりどりの薄い色の石を何個も組み合わせて作られた、おおきな城だった。驚いているサラたちを見て、ジェラルドも誇らしげに話す。
「まだ出来たばかりだからねー、君たち、今日はここに泊まっていきなさい」
「え。でも……」
「すぐ行きたいのも分かるが、焦って旅はするものじゃない。それに、私の国を折角だから見ていってくれ」
確かにジェラルドの言うことはもっともだ。それに、先程見てきた街はとても面白そうだった。
「よければ、お願いしてもいいですか?」
リュオンの答えに、ジェラルドは満足そうに微笑む。
「ああ、すぐ部屋を準備しよう!で、そのあとは観光だな!特別に私が案内を……」
「ジェラルド様は、お仕事です」
「ご安心ください。私が責任をもって案内致します」
無情な部下の言葉によって、ジェラルドは執務室に向かうことになった。
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「サラ。見ろ、すごい色んなお店が並んでる!見たことがない食べ物も売ってるぞ!」
リュオンはそう言って城下に並ぶ店を指し示した。笑顔の彼に、サラは困りながら返す。
「リュオン、でもこんなたくさん人がいるところに、私が行ったら邪魔なんじゃ……」
「大丈夫だよ!ほら!」
リュオンはそう言い、サラの体を押す。サラはそれに戸惑いながらも、勢いにおされ進み出す。
「貴方たちは、行かないの?」
セナに尋ねられ、ローザは渋い顔をする。
「……行くけど。リュオン様は、どうせサラと一緒に行動するみたいだし」
「あら、もう1人いるじゃない。隣に」
セナの言葉にローザはディアンを睨みながら返す。
「興味ないです、こんな感じ悪い人」
「失礼ですね」
2人のやり取りにセナは微笑み、ディアンの肩に手を置く。
「あら、そう?じゃあ私と一緒にお酒でも飲みいく?お子様はおいて」
「え、いや自分お酒はちょっと……」
ローザは2人が話している間に、どんどんと足音をたて前に進んでいく。
「あ、ローザ様。どこへ……」
「リュオン様たちのところへ行くの!」
ディアンは進もうとするが、セナが首根っこをつかむ。何事かと振り返ると、セナの表情は先程までとは違い鋭く険しかった。
「ねぇ、聞きたいことがあるんだけど」
「見て見てサラ!これ変なお面!ディアンそっくり!!」
リュオンはサラにそう言うと、サラは不思議そうにお面を覗き込む。その姿に笑いながら、リュオンは辺りを見渡した。この国は、サガスタのような皆似た容姿ではなく、色々な髪の色や瞳の人がいる。
しかし、自分と同じ人は、一人もいない。
ユアの銀髪を見て一瞬驚いたが、彼女の姿は結局、偽りだった。
血と聞く度に、リュオンの中で何かが渦巻く。その単語は、彼が普段考えないようにしていることを呼び覚ます。
「可愛い可愛い、我が息子よ」
サガスタの現国王である父。彼はたった1人の妻を生涯愛し続け、その妻の形見として自分は産まれた。
生まれてから暫くは、城の中だけで過ごした。父から、人目に触れるにはある程度王子としての貫禄が身についてからだと教えられたからだ。
自分は素直に父の言うことを信じ、立派な王子となるべく取り組んだ。城の窓からこっそり城下街を眺めるのが、密かな楽しみだった。だが徐々に、大きな疑問が膨らんでいく。
ある日いてもたってもいられず、その疑問を解消するため、外に飛び出した。
見てみたかった、自分が暮らす世界を。
そこにいたのは、茶色い髪に茶色い瞳の人々ばかり。母親の手を握っていた子どもと目があい、リュオンは思わず走り出す。遠くにその子どもの声が聞こえた。
「ままー、あの子、かわった髪の色してるー」
城に戻り、彼は夢中で母親の絵画を探した。父上には母親が映ってるものは何もないと言われた。
でも考えてみたら、父が母親の姿を残そうとしないはずがない。どこかに、どこかにあるはずだ。
自分は、母上と父上の子だ。自分は母上似のはずだ。
リュオンは使用人がやってきて止めてもそれを払いのけ探し続けた。そうして本棚の一冊に、挟まれている写真を見つけた。
そこにうつっていた女性は、茶色い髪に茶色い瞳で笑っていた。
「リュオン!何をして……」
物が散乱した部屋に、声を荒げて父が入ってくる。彼はその惨状と、リュオンが今手に持っているものを見て固まった。
リュオンはそんな父の方を静かに振り返る。
「ちちうえ……」
「僕は一体。誰の子どもですか……?」
一瞬の間のあと、父は散乱したものの間を通りながら、リュオンに近づく。
「何を言うんだ、リュオン。先祖返りという言葉を知っているか?我が王家も歴史が長い」
「では、今までの先祖の姿を見せてください」
「残ってないよ、それに、妻の一族の方かもしれない」
父のその言葉に、気づけばリュオンは叫んでいた。
「嘘です!だってそう思うなら、何故今まで母上の姿を僕に見せなかったのですか!?何も問題がないなら、見せてくれたはずです」
「リュオン」
「僕が、僕が貴方たちの子どもじゃないからだ!髪も瞳も、この国の人たちと皆違う……!!」
「リュオン」
「僕は、一体誰の……」
「黙れ!!!」
普段父は、声を荒げない。驚き固まると、怒鳴った父の方が、苦しそうに顔を歪ませている。
「お前は、私と、リアの子どもだ……」
彼はそう言ってリュオンを抱きしめる。
「だからもう、そんな事は言うな……!!」
大好きな父に涙を流してそう言われると、幼きリュオンは何も言えなかった。
それからリュオンは日常に戻った。人々には後ろ指をさされながら、しかしそれを気づかぬふりをしてただ過ごす。ディアンという信頼できる人物が出来たことだけが、彼を支えていた。
自分はずっと、成人するまでこの城から出ない。それがきっと、自分にとっては正しい道なんだ。
ある日リュオンは、たまらなく苦しくなった。ずっと、嫌な夢ばかり見る。まだ外は暗い。
気づけば彼は城を抜け出し、森に向かって走っていた。帽子を深くかぶり、ただひた走る。
森の方には獣がいるから行ってはいけないとディアンや人々は言ったが、むしろ人間よりはいい。俺を異質な存在としては見ないだろう。
別に、殺されたって構わない。
しかしいくら探しても、獣の姿は見当たらない。
……やっぱり、自分が外に出ないようにする嘘だったんだ。
そう思って茂みをかきわけた時、巨大な黒い物体と目が合った。
その黒い生き物は、なんて恐ろしい。
毛がぼさぼさと膨らんで全身黒く、体長は自分よりはるかにでかい。牙や爪は、鋭くとがっている。
獣の黒い体から、血が滴っている。誰か、殺したのだろうか。
なんて醜い。
「リュオン」
サラの声に、思考が途切れる。
「あっち、面白いものが売ってる」
「え、本当?どれどれ?」
リュオンはそう言って、にこやかに微笑んだ。




