第20話 東大陸、リセプト
「君は誰よりも、人に愛されることを願っている」
そこは、とても暗い部屋。私に向かって、彼はそう言った。その表情は優しいと同時に、哀れむような目だった。
私が?なにを言ってるの
そう鼻で笑っても、彼は表情を変えない。その静かな瞳で、ただ見つめてくる。私はその瞳に、動揺を覚えた。
今まで出会った人間は、私を見たら恐怖で震えるか欲望にまみれた顔を見せるかだったが、この男はどちらでもなかった。
哀れんだのだ。この私を。
私は動揺を隠し、冷酷な笑みを浮かべた。
貴方も私に殺されたいの?
そう言いながら彼に手を差し出した。こうすれば、彼がどちらか分かる。
すると彼は、その手を掴もうと手を伸ばしてきた。
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「…ラ!サラ!!」
目を開けると、そこにはローザが腰に手をあてて立っていた。
ゆ、夢……?
サラは天井を見つめる。そこは何度も見た船の天井で、先程見た真っ暗な部屋ではなかった。
夢という存在は、リュオンから聞いたことがある。彼はサラの夢をよくみると言っていたが、自分は彼の夢どころか今まで全く夢をみたことがなかった。
夢とはこうも、鮮明なものなのか。サラはゆっくり体を起こし、思わず頭に手を添える。そこで先程まではなかなか起きないサラに対し腹を立てていたローザも、彼女の顔を覗き込む。
「どうしたのよ?」
「あ、すみませんローザ様……ちょっと夢を見てしまっていて。おはようございます」
「ふーん?まぁいいわ。それより見て」
ローザが窓の方を向いたのでつられて見ると、そこには大きな緑の大陸が広がっていた。
「東大陸よ」
彼女の言葉にサラは窓へ走り寄り、その様子にローザも微笑む。
今までは小さな島がいくつか見えるだけだったが、その大陸は大きく、建物が立ち並んで見えた。サラは歓喜で胸がいっぱいになる。
やった、東大陸に、リセプトに着いたんだ!
リセプトから、オディアスの翼をもっている民族がいるというローレアに向かう。新たな道が開けたように感じ、サラはシッポをぱたぱたさせた。
*****
「よし。皆、長旅ご苦労だったね」
ジェラルドは船を降り、兵たちに向かってそう告げた。皆元気に返事をする。彼らもまた、自国への帰還を心待ちにしていたのだろう。
「ジェラルド様。長旅お疲れ様でした」
そこに甲高い靴の音が鳴り響く。衛兵は先程の陽気な雰囲気から緊張した面持ちになり、ザザッと姿勢を正し敬礼をした。ジェラルドも声がした方を振り返る。
そこには、深緑の鎧の上に、獣の皮を巻いた妖艶な女性が立っていた。髪はウェーブがかかった黒みがかった茶色い髪で、腰ほどの長さ。瞳も同じ色で、鋭いつり目だ。
サラたちは彼女の姿をみて息をのむが、ジェラルドはにこやかに返事をする。
「ただいまセナ。何か問題はあったか?」
彼の言葉に、セナと呼ばれたその女性は静かに微笑む。
「この私がいるんです。だから貴方も気にせず北大陸の娘たちと遊んできたんでしょう?」
「残念なら今回は公務が長引いてな。全然遊べなくて」
「それは何より」
2人はハハハハハとちょっと怖い笑いを続けている。
彼女はサラたちの存在に気づき振り向いた。すると彼女の視線はローザに注がれ、顔がどんどん蒼白になっていく。
「ジェ、ジェラルド様。とうとうあんな子供にまで手を出したんですか……?」
ブルブル震える彼女を見て、ジェラルドは笑い飛ばす。
「ははは、まさか。そんな困ってないし。彼らは呪いを解くために旅をしているんだよ」
「呪い?」
「そう。あの子の」
そうしてジェラルドはサラを示してみせた。彼女はサラを凝視したが、その後安堵の表情を浮かべた。
「へー。なんだそっか!よかった。そうですよね、子どもっぽいのはジェラルド様の趣味じゃありませんし」
今度はローザの怒りが静かに燃えるが、セナは気にした様子もなくサラたちの方に近づいて機敏に礼をした。
「ようこそいらっしゃいましたリセプトへ。私は、このリセプトの国軍総将を務めているセナと申します」
セナはそう言って顔をあげ微笑んだ。獣の耳をぴんと立て、髪を風に揺らしながら。




