第2話 隣国の姫、ローザ
ローザは、通された客室のソファーに座りながら、鏡に映る自分を見ていた。
彼女は長い綺麗なブラウンの髪に、緑色の瞳。愛くるしい顔立ちをした、美姫であった。このサガスタのすぐ隣の国、オーセルの第四姫である。彼女は今、彼女のために仕立てられた、淡い水色の薄いレースを何枚にも重ねた特上のドレスを着ていた。
「ああ。今日もなんて美しいのかしら」
言ってはなんだが、この姫はかなりのナルシストである。だが、これは彼女が悪いわけではない。彼女は幼い頃よりどの姫よりも美しく、父親も彼女を溺愛していた。周りのお仕えの者も、国民も、誰もが彼女を美しいと賛辞した。やっかまれることもあったが、それも全て彼女の美しさに由来する。
「ね。そう思わないこと?エマ」
彼女は、自分の後ろに立って仕えている女性に尋ねる。彼女も心得たもので、素早く返事をする。
「はい。姫様は、世界の誰よりも美しいと思います」
「当然ね!ほーほっほ……」
ローザは高らかに笑おうとしたが、すぐにそれはしぼんでいった。ローザは、弱々しく尋ねる。
「では何故、リュオン様は私との結婚を断ったのかしら?」
「はぁ、何故でしょうか……」
エマも思わず首を傾げてしまう。そう、姫様は今まで誰からも美しいと言われてきた。リュオンも例外ではない。だが、彼の場合は、明らかにお世辞であった。
あれは、今から1年前の、姫様の誕生日会。2人は初めて出会った。
「初めまして、ローザ様。王の名代として参加させて頂きました、サガスタのリュオンと申します。この度は、おめでとうございます。美しいと噂の姫様とこうしてお会いでき、私も今、とても嬉しく思っています」
そうして彼は微笑み、優雅にお辞儀をした。リュオンはローザが今まで見た中で、1番美形であった。彼は綺麗な銀髪に水色の瞳で、他にいる会場の誰よりも目立っていた。そして、話していても楽しかった。
ローザはすぐ、王である父に彼と結婚したいと伝えた。父は最初嫌がったが、可愛い娘の懇願に負け、涙をのんで嫁にやる事を決断した。そうしてすぐにサガスタに使いを出した。
この時王も周りの皆も、サガスタに断られる可能性は微塵も考えていなかった。何故かと言われても、彼らにとってはそれはカエルが鳩になるくらいあり得ないことだったからとしか言えない。
ところが、あろうことかリュオンは断った。オーセルの国中でローザの結婚の噂が囁かれ、城でも結婚の準備に励んでいたところのまさかの返答に、国中が震えた。他の姫たちには、笑い者にされ、ローザは屈辱を味わう羽目になった。
納得がいかない。どうして自分が振られるのか。
だから今ローザは、恥をしのんでここまで来た。ちゃんとした答えを聞くために。
そう思い強く拳を握り締めたところで、お仕えのもう一人、トラスが戻ってきた。彼は何やら青い顔をしている。
「どうしたの?トラス。トイレは見つかった?」
「リュ、リュオン様が戻られたそうです……」
「良かったわ。私に怖気づいて逃げ出したわけではなかったのね」
昨日は剣術大会があり、リュオンは毎年出ているので確実にいると踏んで押しかけたが、彼は行方をくらましていた。一応軽いお手紙を送ったので、それを見て逃げ出したかと思ったが、その心配はなさそうだ。
「それで?彼は今どこに。会いに行くわよ」
ローザは美しい動作で、かつ俊敏に歩き出す。しかしトラスはそんな彼女の前に立ちふさがり、ドアを開けようとしない。
「そ、それが、陛下とお話しされてて……」
「構わないわ。陛下も人が悪いわね。私を呼んでくださればいいのに」
「そ、それが……」
「何よ、まだあるの?」
「リュオン様は、獣を連れてきているそうです」
「獣?何のために?」
「そ、それが……その獣と結婚すると……」
姫は、時が止まったのを感じた。