第18話 偽りからの解放
ユアは暫くそうして泣いていたが、落ち着くと、白い体を起き上がらせた。
「有難うございました。魔物を退治してくれて。……察しの通り、私は魔物で、最近まで海底を恐怖に陥れたのは私の兄弟と、私が捨てた魔力で出来た分身でした」
まわりの者たちが息をのむ中、ジェラルドはただまっすぐにユアを見る。
「……その魔力を貫かれば、滅ぶと分かっていて、その魔力を手放したのか?」
「はい。私たち魔物の中には、恐ろしい心が隠れています。私はその思いの源を、捨ててしまいたかった」
ユアは、俯き、堪えるような声で続ける。
「……私は、貴方たちを何故呼んだのか分かりません。人魚たちを救いたかったのか、兄弟の仇を討ちたかったのか。……もとの自分に、戻りたかったのか」
そこまで言い、長い間が過ぎたあと、ユアは深く頭を下げた。
「……本当に、有難うございました」
海面に戻された船をユアは魔力で送ると言ったが、ジェラルドは首を横に振った。彼女の魔力、命はもう長くない。長い船旅をすることに戻っても、誰も文句は言わなかった。
長い一日が終わって夜空が輝く中、リュオンは船先で風に揺られていた。
「リュオン」
「ジェラルド様」
リュオンは、剣を見つめていた。ジェラルドは、その隣に立つ。リュオンはまるで独り言のようにこぼした。
「……ジェラルド様。魔物は、倒すべき存在なのでしょうか?」
「ん?」
「俺は、魔物をはじめて見た時倒さないと、と思いました。魔物の立場でなんて考えてなかった。でも……魔物はただ、自分の兄弟を守っていたのかもしれない」
リュオンが剣を持つ手に力を込める。ジェラルドは、彼のその様子を見て、静かに問う。
「……君は、ユア様が可哀想だと思うか?でも、彼女だって罪深い」
「……」
「彼女は、自分が魔物だと悟られないため、人の血、人魚の血を飲み過ごしていた。初めはエレンの怪我した血だが、あとは故意だ」
「分かっています……彼女がした事を正しいと言いたいわけではありません。言いたいのは……」
そうしてリュオンは、己の剣を見つめる。自分はこの剣で、あの日迷いなく魔物を殺した。
「リュオン」
緑の瞳と目が合う。しかしその目は、リュオンに向けられているようで、どこか遠くを見ていた。
「何が正しいか分からない。それは、この世界を旅するなかで、これから先いくらでもあるぞ」
そうしてジェラルドは、無数の星が輝く空を見上げた。リュオンはその横顔に問いかける。
「……そんな時、どうすればいいんですか……?」
ジェラルドは、リュオンの問いにゆっくりと振り返り、毅然として答えた。
「自分が正しいと思うものを信じろ……お前なら、間違えないはずだ」
ジェラルドは、そうして微笑み、無垢な瞳のリュオンを見る。彼はこれまで、守られて生きてきた。
しかしリュオンは、その世界で生きるのを放棄した。彼もいつか、自分のような人間になってしまうのか。いや、本当は彼は自分と同じなのかもしれない。ただ今まで知らない振りをしていたもの、見えてなかったものに、彼はこれから向かっていくことになる。
「ジェラルド様」
リュオンは、剣を握りしめた。今度は先程とは違う気持ちで。
「俺、強くなります。貴方のような、強い人に」
ジェラルドは目を見開く。リュオンは、「失礼します」と言って去って行った。
ジェラルドは1人になると、不思議と笑っていた。
「何がおかしいんですか、ジェラルド様」
「ダグラス」
いつの間にここに来たのか、本当はずっと前からいたのか、彼の重臣はジェラルドの側に来た。
「リュオンは何やら私を勘違いしているようだ。いやーまいった」
「そうですね、貴方は意気地なしの人間です」
ジェラルドはダグラスの言葉に、え、と動揺する。お前俺のことそんな風に思ってたのか、と聞こうとしたが、ダグラスの微笑みに、ジェラルドは苦笑で返した。
リュオンが部屋に向かう廊下を歩いていると、サラが廊下の窓から見える景色を見ていた。
「サラ」
ピクッと彼女の耳が立ち、リュオンの方を振り向く。彼女は穏やかにシッポを揺らしながら近づいてきた。
「リュオン」
「眠れないのか?」
「うん……」
そうしてサラは、リュオンの瞳をまっすぐ見て言う。
「リュオン、有難う」
「ん、何が?」
いきなりの礼に、リュオンは戸惑いの表情を見せる。対してサラは、どこまでもまっすぐに言う。
「私を、外に連れ出してくれて」
その言葉にリュオンは一瞬目を見開いたが、すぐ笑顔になる。
「もちろん。俺たちの未来のためだもん」
リュオンがお茶らけてそう言うと、サラは微笑んで返した。
ユア様。彼女は残り少ない時間を、どう過ごしたのだろうか。
最後は話せたのだろうか。偽ることなく、自分のありのままの姿で。




