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王子は獣の夢をみる  作者: 紺青
第3章 アザフスの涙
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第18話 偽りからの解放

 ユアは暫くそうして泣いていたが、落ち着くと、白い体を起き上がらせた。


「有難うございました。魔物を退治してくれて。……察しの通り、私は魔物で、最近まで海底を恐怖に陥れたのは私の兄弟と、私が捨てた魔力で出来た分身でした」

 まわりの者たちが息をのむ中、ジェラルドはただまっすぐにユアを見る。

「……その魔力を貫かれば、滅ぶと分かっていて、その魔力を手放したのか?」

「はい。私たち魔物の中には、恐ろしい心が隠れています。私はその思いの源を、捨ててしまいたかった」

 ユアは、俯き、堪えるような声で続ける。

「……私は、貴方たちを何故呼んだのか分かりません。人魚たちを救いたかったのか、兄弟の仇を討ちたかったのか。……もとの自分に、戻りたかったのか」

 そこまで言い、長い間が過ぎたあと、ユアは深く頭を下げた。

「……本当に、有難うございました」



 海面に戻された船をユアは魔力で送ると言ったが、ジェラルドは首を横に振った。彼女の魔力、命はもう長くない。長い船旅をすることに戻っても、誰も文句は言わなかった。


 長い一日が終わって夜空が輝く中、リュオンは船先で風に揺られていた。

「リュオン」

「ジェラルド様」

 リュオンは、剣を見つめていた。ジェラルドは、その隣に立つ。リュオンはまるで独り言のようにこぼした。

「……ジェラルド様。魔物は、倒すべき存在なのでしょうか?」

「ん?」

「俺は、魔物をはじめて見た時倒さないと、と思いました。魔物の立場でなんて考えてなかった。でも……魔物はただ、自分の兄弟を守っていたのかもしれない」

 リュオンが剣を持つ手に力を込める。ジェラルドは、彼のその様子を見て、静かに問う。

「……君は、ユア様が可哀想だと思うか?でも、彼女だって罪深い」

「……」

「彼女は、自分が魔物だと悟られないため、人の血、人魚の血を飲み過ごしていた。初めはエレンの怪我した血だが、あとは故意だ」

「分かっています……彼女がした事を正しいと言いたいわけではありません。言いたいのは……」

 そうしてリュオンは、己の剣を見つめる。自分はこの剣で、あの日迷いなく魔物を殺した。


「リュオン」


 緑の瞳と目が合う。しかしその目は、リュオンに向けられているようで、どこか遠くを見ていた。


「何が正しいか分からない。それは、この世界を旅するなかで、これから先いくらでもあるぞ」

 そうしてジェラルドは、無数の星が輝く空を見上げた。リュオンはその横顔に問いかける。

「……そんな時、どうすればいいんですか……?」

 ジェラルドは、リュオンの問いにゆっくりと振り返り、毅然として答えた。

「自分が正しいと思うものを信じろ……お前なら、間違えないはずだ」


 ジェラルドは、そうして微笑み、無垢な瞳のリュオンを見る。彼はこれまで、守られて生きてきた。

 しかしリュオンは、その世界で生きるのを放棄した。彼もいつか、自分のような人間になってしまうのか。いや、本当は彼は自分と同じなのかもしれない。ただ今まで知らない振りをしていたもの、見えてなかったものに、彼はこれから向かっていくことになる。


「ジェラルド様」

 リュオンは、剣を握りしめた。今度は先程とは違う気持ちで。

「俺、強くなります。貴方のような、強い人に」


 ジェラルドは目を見開く。リュオンは、「失礼します」と言って去って行った。


 ジェラルドは1人になると、不思議と笑っていた。

「何がおかしいんですか、ジェラルド様」

「ダグラス」

 いつの間にここに来たのか、本当はずっと前からいたのか、彼の重臣はジェラルドの側に来た。

「リュオンは何やら私を勘違いしているようだ。いやーまいった」

「そうですね、貴方は意気地なしの人間です」

 ジェラルドはダグラスの言葉に、え、と動揺する。お前俺のことそんな風に思ってたのか、と聞こうとしたが、ダグラスの微笑みに、ジェラルドは苦笑で返した。


 リュオンが部屋に向かう廊下を歩いていると、サラが廊下の窓から見える景色を見ていた。

「サラ」

 ピクッと彼女の耳が立ち、リュオンの方を振り向く。彼女は穏やかにシッポを揺らしながら近づいてきた。

「リュオン」

「眠れないのか?」

「うん……」

 そうしてサラは、リュオンの瞳をまっすぐ見て言う。

「リュオン、有難う」

「ん、何が?」

 いきなりの礼に、リュオンは戸惑いの表情を見せる。対してサラは、どこまでもまっすぐに言う。

「私を、外に連れ出してくれて」

 その言葉にリュオンは一瞬目を見開いたが、すぐ笑顔になる。

「もちろん。俺たちの未来のためだもん」

 リュオンがお茶らけてそう言うと、サラは微笑んで返した。

 

 ユア様。彼女は残り少ない時間を、どう過ごしたのだろうか。

 最後は話せたのだろうか。偽ることなく、自分のありのままの姿で。

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