第12話 魔物
「だから、こう持つのよ、こう!」
「こ、こうですか?」
「違う!こう!」
「さ、三本指でお願い出来ますか?」
「知らないわよ、だから、両端の手で掴めばいいんじゃない?」
「くっ……」
「……何やってるんですか?」
ディアンの冷めた声に、サラとローザは振り返る。サラは今、ペンを持ち、何やら不思議なポーズをとっている。
「あ、ディアン様!今ローザ様に、食事作法を教わってたんです」
サラの言葉に、ディアンはローザを見る。
「へぇ。意外と親切なんですね」
「…この子が騒がしくて寝られなかっただけよ。ところで、レディの部屋に入るのにノックの一つもないなんて、どういうつもりかしら?」
「しましたよ、ノック。貴方様の大きな声に、かき消されたんでしょう」
「……貴方。仮にも隣国の姫にそのような態度をとって、ただでいられると思って?」
「第4姫君より、私の方が希少価値は高いと思います」
2人は静かににらみ合う。その緊迫の気配に慌て、サラは2人の周りをアタフタと回る。
「ふ、2人とも。それくらいに……!ディアン様、何かご用があって来られたのでは!?」
「ああ、そうでした。ご飯の準備が出来たそうなので、一階に降りましょう」
来た。サラは、ゴクッと唾を飲み込んだ。
一階には、一流レストランのような、見晴らしのよい食事席が用意されていた。奥の厨房にコックが何人かいるだけで、テーブルにはリュオンとリセプト王であるジェラルドが座っていた。彼の側近であるダグラスは、彼の数歩離れた斜め後ろに立っている。皆の前には、前菜のオードブルに、コーンスープ、パン、ステーキなど、豪華な食事が並ぶ。
そして、今サラの前には、肉の塊と野菜が交互に刺された串が並べられている。フォークなどを使わないでいいように配慮されたその食事は有難かったが、少し残念でもある。
「申し訳ありません。無理言って乗せてもらった上に、このような豪華な食事まで」
リュオンが申し訳なさそうに奥に座っているジェラルドに言うと、彼はにこやかに笑った。
「とんでもない。これも何かの縁だ」
「有難うございます……」
「それより」
そこで、彼の瞳は光を帯びた。
「君たちは、ローレアに用があると言ったね。そこに、何かあるのか?」
「あ、はい。サラがもとに戻るために必要な物があると、優秀な魔法使いが教えてくれて」
「優秀な魔法使い?」
「オルフという、今はジュールに身を置いている魔法使いです」
「ああ、あの爺さんか」
その言葉に、ローザは不思議そうに首を傾げる。
「爺さん……?子どもでしたが……」
「ああ、あれは魔法の影響でね。実際は確か200歳だったかな?」
「に、200歳……!?」
その言葉にサラたち4人は息をのむが、ジェラルドは淡々としていた。
「魔法の世界では、稀にいる歳だよ」
「そんな、そんなことが……」
その言葉に、ジェラルドは、ふ、と笑う。
「君たちは、この世界の広さをまだ知らない。この世界には、無限の人種がいるんだ」
世界……そうだ、自分はまだ、何も知らない。
「まぁしかし。私も実は君たちの住む北大陸は余り知らない。よかったら、教えてくれないかな」
そう言ってジェラルドは、にこやかに微笑んだ。
それからの話は、サラにとっては初めて聞くものばかりだ。
まず一つが、自分たちがいた世界が北大陸だということ。
そしてこれから行くのが東大陸、ローレアやリセプトがある大陸だ。
この世界が4つの大陸からなるなんて。しかも、自分はてっきりリセプトまで一日、二日でつくと思っていたが、一ヶ月近くかかるらしい。
世界は本当に広いんだ。自分がいた森なんて、世界の中ではちっぽけな存在だった。
そして祖国について語るリュオンやローザも、とても凛々しく感じられた。
「ほう。サガスタは、豊かな国なのだな。今度行ってみよう」
「あ、はい是非!」
リュオンは本当に嬉しそうだ。彼の話を聞く時いつも思っていたが、彼は本当にサガスタが大好きだ。
そう思い温かい気持ちになったのも束の間、船がいきなり大きく揺れた。
「きゃあ!!」
船が傾き、自分たちも傾くと同時に壁にぶつかり、テーブルや椅子が斜めに急降下する。テーブルに載っていた食器がテーブルから落ちる。その先には、ローザが倒れていた。
「ローザ様!!」
ディアンがそう叫び、彼女を助けようとしたその時。食器たちは空中でとまり、静かに食器棚にしまわれ、テーブルはゆっくりと降下し、隅に収まった。
何が起こったかわからないでいると、ジェラルドの体が静かに光っていた。まさか……?
「リセプト王……貴方は、魔法使いなのですか……?」
サラの純粋な問いに、ジェラルドは静かに笑う。彼はそうして窓を見た。
「それにしても、なんだ?この揺れは」
窓の向こうは、真っ白で、何が起こったか見当もつかない。
「じぇ、ジェラルド様!!」
ドアの向こうから、海兵が叫ぶ。
「大変です!魔物が……」
その言葉にジェラルドはドアの方へ向かい走り出す。サラたちも、それについていく。
ジェラルドがドアを開けると、そこには巨大な、白色の首の長い物体がいた。昔リュオンが見せてくれた、恐竜という生き物に似ている。しかし長い牙を持っていて、目は殺気立っている。
「な、なに?あの生き物は……」
あんな生き物がいるなんて。聞いたこともない。
兵たちが、槍を恐竜のようなその生命体に次々と投げていく。しかし、その生物の体はその槍をなんとも感じないようで、槍はしなっと折れて海に沈んでいく。
そうして、静かに兵たちを睨んだ。彼らは一瞬たじろいだ後、己の使命を果たそうと剣を握り立ち向かう。しかしその長い首で一瞬でなぎはらわれ、船に激突する。
「皆、下がっていていい」
そうジェラルドが言い、兵士たちは道を開ける。
「み、見られるのか……?ジェラルド様の力を……」
「あ、ああ……」
兵士たちがそう話すなか、ジェラルドはふっと微笑んで、顔を後ろにいる人物に向けた。
「リュオン。君、剣術をするんだよね?」
「え?」
「ダグラス」
ダグラスはジェラルドにそう言われると、静かに彼に剣を差し出した。ジェラルドはそれを受け取ると、リュオンに向かって投げる。
「わわっ」
「それを使って、あの生物を倒してみな」
「倒す……?俺がですか?」
「君は、これから世界を旅するんだ。自分の実力は、知っておくべきだよ」
「……わかりました」
そう言って、リュオンは剣を鞘から抜き、己の顔の前で一瞬剣をたてる。一呼吸置いたあと、素早く走り出した。
船のへりに飛び乗り、生物の腹部に斬り込む。
その痛みに生物は叫び声をあげ海に倒れ、静かに消えていく。
おおー、と歓声がわき、リュオンは笑顔で振り向いた。しかし彼が見たサラの表情は、緊迫していた。
「リュオン、後ろ!」
サラがそう言うと同時に、沈んだはずの体が再び現れ、リュオンを飲み込もうとする。
「……!?」
リュオンが動けないでいると、サラがその生命体に己のするどい牙でかみついた。そうして一緒に沈んでいく。
「サラ!!」
リュオンも慌てて海に飛び込み、それについていく。
「リュオン様!?」
ディアンがそう叫び飛び込もうとすると、ぐいっとジェラルドに腕を掴まれた。
「大丈夫だよ。ダグラス、船の修復にとりかかって」
「あ、貴方は……!!」
ディアンがジェラルドの腕を掴むと、ジェラルドは冷ややかに見つめてきた。
「離してくれないかな」
その瞳に驚き、ディアンは静かに彼から手を離す。
「……大丈夫だよ、君の主は死なない」
「……どうして」
「魔物は、まもなく死ぬ」
サラは生物と落ちていくなかで、深い海の底に、その体で光っているところが見えた。
きっとあそこが、こいつの弱点……!!
そこにいこうとすると、長い首をサラに向けて噛み付いてきた。
「サラ!!」
リュオンの叫びは、声にならない。彼が強く後ろから長い首を刺すと、恐竜は呻いた。
「サラ、何してるんだ!?」
リュオンが声にならない中叫ぶと、サラはある部分を指差した。
「……そこに何かあるのか?」
サラはそれに、こく、と頷く。
リュオンはサラがいう場所を刺した。
すると恐竜は強い叫びをあげ、光の粒を放ち消えていく。その生物そのものが、光となって。
リュオンはその光を見るなかで、意識が遠のくのを感じた。
*****
「う……」
目を覚ますと、そこにはサラがいた。最初はしゅんとしていた耳が、リュオンが起きるとぴくん、と立つ。
「リュオン、大丈夫!?」
「あれ、サラ。俺……」
「海の中で気を失ったの」
「サラが、運んでくれたのか……?」
「うん。そのあとは、ダグラスさんが回復魔法?というのを施してくれたみたい」
サラの説明を聞きながら、リュオンは顔を腕で隠す。
「リュオン?」
「はは、俺は、情けないな……」
「ん?」
「だって今日だけで、二度もサラに助けられた」
「魔物を倒したのはリュオンよ」
「それだって、サラが教えてくれたからだろ?俺は、ただ言われたことをやっただけ」
最初だって、自分から倒しにいこうとはしなかった。リセプト王には、己の弱さを見抜かれていた気がする。
「リュオン。私、貴方が海の中まで助けに来てくれて、嬉しかった」
そう言って、サラはリュオンの額に手をあてる。リュオンも、それに笑って応える。
「サラも、回復魔法をかけてもらったのか?」
「いや。私は全然苦しくなかったし。獣は水に強いんだね」
「え……そんなこと、ないと思うけど……」
「え」
*****
「ユア様!!先程魔物が一体死にました!!」
「一体……?何故?」
「どうやら、一船の軍団の行いのおかげらしいです」
「人間がしたの?」
「はい、そのようで……」
「そう……」
彼女は、顔をあげて、何やら考えことをした後、決意した。
「分かりました。その者たちを、呼びましょう」




