第10話 リセプト王、ジェラルド
「着いた……」
サラはそう呟き、港に佇む船を見上げた。背に乗っている3人の方が、ぐったりしている。
最初は揺れないように気をつけていたが、街並みを抜けると何とも走るのが気持ちよく、つい疾走してしまった。
「す、すみません、皆様。まったく気がきかず……」
「い、いや、サラが頑張ってくれたおかげで間に合ったよ」
リュオンは気丈に振る舞うと彼女の背中から降り、船路の看板を見た。
看板を見てみると、直接ローレアに行く船はないようだ。しかし、乗り換えでなら行けると書いてある。
「よし!とりあえず手続きをしよう」
「申し訳ない。今日は、満員で乗れないよ」
搭乗口の船員は、すまなそうにそう言った。
「ええ!?」
「の、乗れない……」
「ああ、もう満員でね。もともと通常より多く乗せていて、これ以上は……」
本当にすまなそうに言われては、何も言えない。
「どうしますか?」
「仕方ない。明日の便に乗ろう」
「明日は出ないよ」
「はい?」
「その海路を渡る船は、次は一週間後だ」
「そんな、一週間も先……」
皆が絶句する中、リュオンは港にある、ジュールの青い船以外の、緑の船を指差した。
「あそこにある緑の船はどこに行くんですか?」
「ああ、あれは駄目なんだ。リセプトの船だ」
「リセプト……?」
皆が首を傾げていると、ディアンが教える。
「ああ、ローレアの隣りの国ですね」
「なんだって!?乗り換えて行くより早いじゃないか!」
リュオンはそれを聞くやいなや、緑の船に向かって走った。慌ててディアンたちは追いかける。
「ちょっ、待ってくださいリュオン様!リセプトのジェラルド王は恐ろしいと評判です。危険では……」
「折角サラが頑張ってくれたんだ。俺も頑張らないと」
そう言ってリュオンは、サラににかっと笑い、船の前にいる船員に尋ねた。
「申し訳ありませんが、他に人は…」
「そこを何とか!お金ならあります。どうしても、乗せて頂きたいんです!」
気弱そうな船員に、リュオンは必死に頼む。先程は一瞬かっこよく見えたが、土下座までしだし、なんとも船員にとっては迷惑な人物である。船員も可哀想にオロオロしながらも、必死に断ろうとする。
「しかし……」
「どうされました?」
「あ、ダグラス様!!」
灰色のおかっぱ頭の青年に、年上であろう船員が様をつける。それで、彼は高位だということが分かる。
「人が3名と獣が一匹、良ければ乗せて欲しいと仰っていて……」
ダグラスは自分たちを見て、何か感じたのか、背を向けてどこかに行く。それを拒否だと考えた船員は「申し訳ないが…」とリュオンたちに話しかけたその時。
「女性がお困りなのに、それを断るなんて男が廃るだろう」
その声に顔をあげると、先程のダグラスを後ろに従えて、目の前に1人の男が現れた。
榛色の髪に緑の瞳の、長身の美男子だ。その佇まいから、彼がこの船で最も上の人物だと分かる。
「始めましてお嬢様方。私の名前はジェラルド・エーゼア・リセプトです。是非ジェラルドとお呼びください」
その言葉に、リュオンたちは固まる。高貴な人の船だとは聞いたが、まさか王が乗っていたとは!
それに、今彼は何と言ったか。お嬢様方?今彼の目の前に見えるのは、男2人、女1人、そして獣1匹のはずだ。まさか……
サラが驚き彼を見ていると、彼は優しく微笑んだ。
「はは、すまない。びっくりさせたかな?君たちの噂は、聞いていてね…サガスタ国の王子と獣の姿をした娘が恋におちたと」
なんだ。そういうことか。そう3人が納得する中、ディアンが青い顔になる。
「そんな、まさか…王族中に噂になってるとは……」
「ああ、でもジュールの王様との会談の時は出なかったから、まだ広まってないんじゃないかな?」
その言葉に、リュオンが質問する。
「では、市民から聞いたのですか?」
「ああ。俺のこの地の彼女にね」
さりげにすごいこと言わなかったか、今。彼はそんな周りの視線を気にせず、ローザに微笑んだ。
「貴方が美しいと名高いオーセルの姫君ですね。想像以上にきれいだ」
「そんな…有難うございます」
ローザははにかみながらも、実際はそこまで照れていないのだろう。ディアンはそれを冷ややかに見る。
「貴方は?何というお名前ですか」
ジェラルドの優しい問いに、サラは戸惑いながら答える。
「あ…サラと、申します」
「サラ様ですか。ルビーのような、綺麗な赤い瞳だ。さぞかしもとの姿はお美しいんでしょうね」
「え!?い、いえ、とんでもない」
そんな言葉をリュオン以外から言われたのは初めてで、サラはオロオロしている。ジェラルドはその様子に微笑み、手を差し出した。
「ささ、ここは寒いでしょう。どうぞ中へ。あ、お二人もどうぞ」
そうしてジェラルドはサラとローザに手を添えて中へと誘う。男子連中はその光景に、ぽかーんとする。
「…悪名高いって、まさか女性問題ででしょうか?」
「サラのやつ!俺がいくら愛の言葉を言ってもあんなにはにかんだりしないで、冷ややかな目で見るくせに…!」
「リュオン様のはちょっと引くものがありますから」
とはいえ、リセプト王は只者ではないはず。乗せて頂くとはいえ、用心しないと。ディアンはそう心の中で決意し、3人の後を追って船に乗り込んだ。
「うわー、すごい!」
中は金色のシャンデリア、銀色のテーブルとイス、緑の絨毯と、見渡す限り煌びやかな装飾で作られていた。
「貴方たちは客間を使ってください。女性陣が部屋のドアに鷹が彫られた部屋、男性陣が蛇が彫られた部屋です。何か分からないことがあれば、周りにいる者に」
「有難うございます」
「もう1時間くらい経てば夕食の時間だ。良ければ一緒に食べませんか?」
「いいんですか!?」
「もちろん。良ければ皆様の国について教えて頂きたい」
その会話を、サラは困って聞いていた。自分は、部屋にいようか。俯いていると、ジェラルドがサラに微笑んだ。
「サラ様は、フォークは使えませんか?」
その言葉に、皆が一瞬固まる。サラは困惑しながらも応える。
「わ、分かりません…」
「そうなのですか?今まではどうやってお食事を?何を好まれますか?」
「あ、今までは森に生えてた植物や実を中心に食べていました」
「なんと!お肉は?」
「リュオンがたまに持ってきてくれたのなら食べてましたが…森は自分以外動物はいなくて……」
「なるほど。食べれないことはないのですね。了解致しました。では皆様、またあとで」
ジェラルドは颯爽と奥に消えていく。
「……なんかすごい人ね」
本当に。獣の自分に対面しても、ちっとも驚かなかった。
「ジェラルド様」
ダグラスがジェラルドを呼ぶと、彼は気だるそうに振り返る。
「なんだ?」
「その、大丈夫ですか?サガスタの王族などと会って。気分が優れないのでは……」
「別に。あちらはこちらの情報をあまり知らないようだ。こちらが動揺する必要もないだろう」
ジェラルドのその言葉に、ダグラスも疑問を口にする。
「おかしいですよね。サガスタの王子が獣に恋い焦がれるなど。だってあの国は…」
「ダグラス。口を慎め。誰かに聞かれたらどうする」
「も、申し訳ありません」
「……歴史を隠しているのかもしれないな。サガスタは」
「そんな、隠すなんて無理でしょう」
「まぁな。あの者たちは知っててやっているのか、それは分からない」
「……あのサラという獣、ただの人だと思いますか?」
「さあ?ただ、すごい強い魔力で封じられているな」
「ですよね……本当に連れていく気ですか?」
「なんだ?お前が私のところに情報を寄越したんだろ。いけないと思ったら断ればよかったじゃないか」
「それはそうですが……」
「まぁ、彼らに協力するかどうかはこの旅路で決める。そういうことだな、ダグラス」
ジェラルドはそう言い、不敵に笑う。12歳の時に王となった彼は、現在25歳。その彼の気迫に、あらがえる者は少ない。
「……はい。ジェラルド様」
ダグラスはそう返事しながらも、ジェラルドをキッと睨んだ。
「でもジェラルド様。ローザ様には手を出さないでくださいね。外交問題になりかねません」
「はは、安心しろ。私がそんな男に見えるか?」
「見えるから言ってるんじゃないですか」
かくして、サラたちご一行はリセプトの船に乗り、旅路を目指すことになった。




