表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王子は獣の夢をみる  作者: 紺青
第1章 そうして彼らは旅に出た
1/95

第1話 サラとリュオン

「どうしましたか?」


 少女がそう声をかけると、呼ばれた少年はゆっくり振り返った。彼は長いローブを身につけ、手には青い石と赤い石が敷き詰められた杖を持っている、いわば魔法使いである。


「目覚めたようだ」


 少年はそれだけ言うと、また遠くの方を見つめた。


 その表情は、どこか楽しそうにほころんでいる。


****


 四つの大きな大陸がある世界。

 その中の北の方にある大陸の、真ん中の小さな国に、深く大きな森がある。


 少女はもう何年も、その森から出られないでいた。いつからいたかは分からない。目覚めたら、森の中で眠っていた。


 出ようと思えば出られる。しかし一度試みた際、人々は彼女に銃を向けた。少女はそれに懲りて、森の深く深くに隠れ住むようになった。


「はー、暇だなぁ……」


 少女は、木の実を食べながら呟いた。この木の実も食べ飽きた。しかし、森の中で彼女が食べられたのは、森の中で一番大きな木に実る青い木の実だけだった。他の植物もまぁ食べられるが、はっきり言ってまずい。動物は、皆彼女を怖がって逃げ出してしまった。


「……寂しいなぁ……」


 自分以外誰もいない世界。

 最初は自由で気楽だったこの世界も、今は暗い闇のようだ。


 このまま人生は終わるのか。少女はそう、漠然と感じていた。


 ふと、森がざわめいた。少女は、ざわめきがした方を素早く睨む。


 見るとそこには、背丈のまだ低い少年がいた。その目は大きく見開いている。彼は今まで少女を追いかけてきた人間とは違い、小柄で、華奢だった。そして何より、銀髪に、綺麗な水色の瞳をしている。そんな姿は、目覚めてから一度も見たことがなかった。


 お互いが驚き、暫く見つめあう。


 それを先に逸らしたのは少年で、彼は振り向くと走り去っていった。


「!待って!行かないで…!」


 そう声に出しても、少年には届くはずもない。


 少女は去りゆく小さな背中を見送りながら、先程の自分の言葉に驚いていた。


 何故、呼び止めようとしたのか?


 仲良くなんてなれるわけないのに。


 少女は、ため息をつくと草の上に寝転がった。


 そうして、再び世界は闇となる。


 はずだった。


 暫くすると、少女は体に痛みが走った。堪えよがないその痛みに飛び起きると、そこには先程の少年がいた。手には何やら木箱を持っていて、その箱に何か液体が入ったビンをなおしている。


 まさか、毒を盛られたのか。


 少女がわなわな震えていると、少年はそれに気づき振り返った。


「あ、起きた?」

「…いつから……?」

「え、ちょっと前かな。傷、手当てしといた。痛む?」


 少女はそう言われ、少年に指し示された腕を見る。そこには、包帯が巻かれていた。少年は、手当ての道具を取りに行ってくれたのか。


「それにしても驚いた。本当にいたんだね、嘘だと思ってたんだけど」

「嘘……?」

「うん、ディアンたちが、森は危険だから入ったらいけないって言ってたんだ。でも入ってみて良かった。君怪我してるんだもん。皆が言うようなのには見えないし、最後僕のことも呼んでたでしょ?」

「私の言葉が、わかるの……?」

「ああ、不思議とね。君の名前は?俺はリュオンて言うんだ。友達になろうよ」


 そう言って、リュオンは笑顔で手を伸ばす。こんな風に接してもらえたのは、いつが最後だったか。少女は泣きそうになるのを堪え、震えないように全神経を集中させ手を差し出す。そうして、リュオンの手に触れた。


 それは、とても暖かい。

 気づけば少女は、涙を流していた。


「有難う……私の名前は、サラだよ」



 それからというもの、リュオンはサラのいる森に通うようになった。する事といえば、たわいない世間話だ。

 リュオンが日々学んだことの話、彼の周りの人たちの話、世界で何回も話されているような話。そのどれもが、サラにとってかけがえのないものだった。


「サラ!ついに優勝したぞ!」


 リュオンがそう言って飛び込んできたのは、二人が出会って七年後のことだ。リュオンは十五歳になり、初めて出会った時とは見違えるように大きくなった。


「おめでとうリュオン!凄い!」


 リュオンが言っている優勝とは、剣技大会での事だ。彼はここ五年ほどその試合に出続け、ついに優勝を勝ち得たのだ。


「サラ……」


 喜んでくれているサラを、リュオンは優しく抱きしめる。突然のことで、サラは驚くが、次の彼の言葉に、もっと驚かされる。


「結婚しよう」


 そう言って彼は、サラを見つめる。その目は、真剣にサラを見ていた。


「君が引け目に思ってることは知っている。世界の目が怖くて、この森から出られないことも。でも今、僕は強くなった。君を守っていける。だから、どうか僕と一緒に来て欲しい」


 リュオンは早口でそう言うと、サラの言葉を待った。しかし、暫く待ってもサラは何も言わない。


「サラ?」


 待ちきれずそう聞くと、サラは振り絞るように言葉を発した。


「…無理よ…だって私怖いし、醜いし」

「何を言うんだ?君はこの世界で一番優しく、美しい。この俺が言うんだ、大丈夫だ!」


 リュオンは何故か握り拳をつくり訴える。しかし、サラはそれにも首を振った。


「それに、言葉だって話せない」

「俺が身振りつきで通訳するさ。サラの眼差しを見れば、皆信じる」

「それに!」


 サラは大きな声でそう叫ぶ。


「私、獣なのよ?」


 暖かな光を感じる森の中。静かな静寂がかけぬけた。リュオンは開きかけた握り拳の存在を、思い出して慌てて強く握る。そうして、間なんてなかったように振る舞い叫ぶ。


「…それがどう問題だと言うんだ!」

「問題ばかりでしょーが!獣よ、獣。貴方のご家族は絶対大反対よ。それに貴方、貴族でしょ?言われなくても分かるわ。後継の問題とかあるんじゃない?」

「可愛い子供が生まれるかもしれないじゃないか」

「ふざけるなーー!」


 サラはそう言い木枝を割るが、リュオンは何故かそれを見て愉快そうに笑う。


「ははは、冗談だよ。サラは本当に可愛いなぁ」


 この七年で分かったことの一つは、この少年は女の子のように可愛い顔をしているが、なかなか良い性格をしている事だった。


「……爪で引っ掻いてやろうか」

「いいかサラ。君は昔人間だったと言っていたじゃないか」

「…もう大昔の話よ」

「まだ10年くらいだ。つまり、君は人間に戻れる可能性がある。だから、一緒にこの森を出て、人間に戻り、俺と結婚しよう!」


 サラはリュオンを一瞥すると、枝から葉っぱを千切っていく。


「……そんな夢のような話、あるわけないわ。せいぜい森を出た途端射殺されるのがオチよ」

「だから俺は強くなったんじゃないか。それに、この俺が何も策がなく提案するとでも?」


 その言葉に、サラの手が止まる。


「え、まさか……」

「そう、見つけたんだ。人間に戻る方法を!」

「…本当なの?」

「勿論!だから、ほら。一緒に行こう、サラ」


 リュオンは、いつもの優しい笑顔でサラに手を伸ばす。サラは、爪がリュオンの手を傷つけないように、優しく手を置いた。リュオンはそれに、嬉しそうに破顔する。


 そうして森を出ると、見渡す限り青い空がそこにあった。少し遠くに、建物が見える。建物は真ん中の大きな城を中心として、輪のように広がっていた。

 久しぶりに見た世界の景色に、サラは息をのむ。そんなサラを見て、リュオンが笑う。


「さぁ、行こうサラ!」

「……はい!」


 空が眩しくて、空気がおいしい。隣には、リュオンがいる。


 自分の未来は、輝き始めている。サラはそう感じながら、リュオンの隣を走った。


 本当は、ずっとこうしたかったんだ。





「……リュオン、ここは?」

「知らないかな?ここはサガスタ城と言って、この国のシンボル的存在なんだ」

「見たら大体分かるわ。問題はそこでなく、何故ここにいるかという事よ」

「リュオン様!」


 低く大きなその声に、サラは驚いて振り返る。見るとそこには、全身黒い軍服を着込んだ長身の男がいた。男は走ってきたのか、汗だくだ。


「どこに行っておられたんですか、捜したんですよ!ローザ様も待たれて…て!?何ですその獣は!!」


 男のその驚愕の表情を気にした様子もなく、リュオンは笑顔でサラを男に紹介した。


「何って。言っただろう?僕の愛しき人さ」


 その言葉に、男は失神した。サラは状況についていけず、隣のリュオンを見た。


 リュオンはそれに、またあの爽やかな笑顔で笑い返してきた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ