表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/33

9. 手鏡

お題「鏡」

 大谷隼人、小学校6年生。

 朝っぱらから、オレは危機に瀕している。




「ちょっと、待てよ」

「ノンノン。そこは、『ちょっと』の語尾を飲み込み、『待てよ』の語尾を伸ばした方がよろしいかと。できれば鼻にかかった声で」

「ちょっ、待てよ~。……って、おじさんアイドルのモノマネしてるんじゃねぇんだよっ!」

「おや、ちがいましたか」


 目の前の男は、ナマズみたいな髭を摘まんでくるりんと跳ね上げた。


 マジシャンかなにかみたいな恰好をしている。つばのある帽子を被り、着ているのはコートみたいに丈の長いスーツ。ステッキまで持っているけれど、それが花束に変わったりなんてことは……ないんだろうな、たぶん。なんていうか、衣装というより、ちゃんと普段から着ているってかんじがするんだ。作ったキャラじゃないっていうかさ。


 だから余計にやばいだろ。素でコレって、絶対におかしな奴だもん。


「それでは願い事をどうぞ」


 男はもう何度目になるかわからない台詞を吐いた。




 遅刻しそうだからといって、雑木林を通り抜けたのがいけなかった。


 そこは自然の林じゃなくて、今は誰も住んでいないお屋敷の庭なんだ。植木も草もぼうぼうに生い茂っていて、柵も錆びて折れて通り抜けられるようになってたりする。奥の方に洋館みたいな煙突つきの屋根が見えているけれど、手前に背の高い草がみっちり生えていてとても行き着くことはできない。

 そんな幽霊屋敷みたいな空き家なんだけど、敷地がばかに広い。だから通学路を通ると、このお屋敷をぐるりと回らなくちゃいけないんだ。人が住んでいなくても誰かの土地ではあるんだって。だから勝手に通り抜けたりしちゃいけないんだってさ。

 でも男子はこっそり通ったりしている。だってショートカットになるんだもん。

 今まで誰かに見つかったこともなかったし、遅刻するよりはいいだろうとおもって通り抜けようとしたんだけど……。


 うん、通り抜けたのがいけなかったんじゃないんだ。

 正確に言えば、通り抜ける時に鏡を拾い上げたのがいけなかったんだ。

 もっと厳密に言えば、鏡をこすったのがいけなかったんだ。




 手のひらほどの大きさの手鏡が落ちていた。


 何回も通っているけど、こんなのが落ちていたなんて今まで気付かなかった。


 楕円形で、鏡の部分を囲むように植物のつるみたいにくねくねくるくるした細かい模様が彫られていた。

 その模様のごちゃごちゃ具合がなんだかカッコよく見えて、拾い上げてみた。大きさの割にはずしりと重みがあって、ひんやり冷たかった。


 間違いなく手鏡のはずなんだけど、鏡の部分は白く汚れていて、なにも映し出してはいない。


 深い考えはなかった。汚れているから拭いてみようって、ただそれだけの単純な思いつきだったんだ。


 はぁって息を吹きかけて、Tシャツの袖を伸ばしてごしごしこすってみた。

 汚れはちっともとれない。

 それで何度かこすっていると、ぼわわわ~んって煙が出て――この人が現れたってわけ。




「それでは願い事をどうぞ」


 さっきからそればっかりだ。


「願い事なんかないよ。学校に行きたいんだ。そこをどいてくれよ」

「それが願い事ですか? 『そこをどいてくれ』が願い事でよろしいでしょうか?」

「ちがうよ。邪魔だって言ってるの」

「願い事でないのでしたら、お聞きするわけにはまいりません」


 絶対にやばい人だ。関わっちゃいけない。


 そうか。ここを通り抜けちゃいけないっていうのは、人の土地だからってことよりも、変な人が出るからってことだったんだ。もう二度と通るもんか。


 とりあえず今は学校にいかなくちゃ。

 近道をするつもりがいつもよりも時間がかかってしまっている気がする。

 こんなことならちゃんと通学路を通るんだった。走れば間に合わないこともなかったのに。


「おや。まだ信じていませんね。あなたが私を呼び出したのですよ」

「はあ? そんなわけないだろ」

「ほら、その鏡をこすったではないですか」


 オレの手には手鏡が握られている。


「ああ、こすったよ。だからなんだよ」

「ですから、願い事をどうぞ」

「そのつながりがわかんねーよ」

「なるほど。鏡といえば呪文を唱えて変身するものだとお思いなのですね」

「はあ? なに言ってんの?」

「あれは女の子に限られるのです」

「わけわかんねーし」


「それに私はご主人様の願いを叶えるために呼ばれて飛び出たのですよ」

「だから呼んじゃいないっていってるじゃんか」

「なるほど。くしゃみをしたわけでもないのに現れたのが腑に落ちないのですね。それとも壺ではなく鏡だからでしょうか」

「はあ? ほんと、さっきから意味不明だし」

「おっと。これは失礼いたしました。私としたことが。あなた様のお歳ですとご存じないのですね。ご両親にお聞きになればおわかりかと。あ、いえ、もしかすると、おじい様おばあ様世代の方がご存知かもしれません」


「よくわかんないけどさ、魔法のランプみたいな設定なわけ?」

「設定……? おっしゃっている意味がわかりませんが」

「ああ、もう、なんでもいいよ。とにかく願い事を3つ言えば終わるんでしょ?」

「3つ! なんて強欲な! ひとつですよ。願い事はおひとつだけです!」

「ケチくさいなっ!……まあ、でも、むしろひとつでよかったよ……」

「はい、ではどうぞ」


 願い事を叶えてもらえるなんて信じたわけじゃないけど、もしかして本当だったら叶えてほしいことがある。

 山瀬ともっと話せるようになりたいってこと。

 ほかの女子とは普通に話せるのに、山瀬とだけはうまくしゃべれないんだ。本当はもっといろいろおしゃべりしたいのに。


 だから、願い事をするなら「山瀬と仲良くなれますように」って頼むつもりだ。


「それじゃ言うぞ。や――」


「おっと! お待ちを!」


「なんなんだよっ! せっかく人が言う気になったってのに」

「注意事項があります」

「早く言えよ」


「おっしゃった願い事と反対のことが叶いますのでご注意ください」

「はあ?」

「ですから、明日晴れにしてと言えば雨になりますし、犬を飼いたいと言えば猫を飼うことになります」

「犬が猫に……それって反対なのか?」

「鏡ですから反対なのです」

「ルールがめんどくさいなっ! そしてオレの質問はスルーかよっ!」


「山瀬と仲良くなりたい」の反対は「山瀬と仲良くなりたくない」でいいのか? 

 それって願い事として言いにくいな。


 いや、信じているわけじゃないんだけど、望んでいることと逆のことを言うのってなんだかイヤだな。もし本当にそうなっちゃったらって思うと……。

 あ、いや、でも、逆のことが叶うんだから、仲良くなれるのか。

 いやいや、そのルールを信じているわけじゃ……。それ以前に鏡の精みたいな設定を信じているわけじゃ……。


 でも、もし、もしも本当に願いが叶うとして。それって魔法かなにかってことだろ? そんなので叶った願いって嬉しいんだろうか。

 山瀬と仲良くなれたとして、あいつが本心で仲良くしてくれているってことになるんだろうか。

 ……なんだか頭がこんがらがってきたぞ。


 しかもただでさえややこしいのに、鏡だから願い事が反対になるとか、もうわけわかんねーし。


 ああっ! もういいや。本当の願い事は自分でどうにかしよう。


 今の一番の願い事はこれ。



「とにかくそこを通してよ。ちょっと横にずれてくれるだけでいいんだから」

「それが願い事でよろしいでしょうか?」

「ああ、いいよ、もうそれで。どいてどいて。――あ、じゃなかった。『どかないで』が願い事で!」

「はい。かしこまりました。ご利用ありがとうございました」


 ぼわわ~んと煙が立ち上って、それが消えると男も消えていた。


「……どうでもいいけど、去り際のセリフって、あれで合ってるのかな」




 かなりモヤモヤした気分のまま、オレは学校へと急いだ。


 門のところで走ってくる山瀬が見えた。声をかけるチャンスだ。「おはよう」って言うだけでいい。

 でも声をかけようと思っただけで心臓がバクバクする。

 いや、いいや。黙って先に行こう。


 そう思ったのに。


「大谷くん、おはよう」


 山瀬はあっさり声をかけてきた。


「あ、おはよ……」

「素敵な手鏡持ってるね」


 言われて持ち上げたオレの手にはまだ手鏡が握られていた。


 あ……どうしよ、コレ。


「ちょっと見せて」

「あ」


 山瀬はオレの手から手鏡を取ると、裏返したり日に当てたりしてまじまじと見ている。


 予鈴が鳴る。


「なあ、山瀬。早く行かないと遅刻になるよ」

「うん……」


 山瀬はオレの言葉なんかうわの空で、手鏡を見ている。


「アンティークかなぁ。素敵。でもくもってるんだね」


 そう言ってハンカチを取り出し――こすった。


「あ、山瀬、それ――!」



 ……遅かった。



 山瀬の前に男が立っていた。

 


「それでは願い事をどうぞ」




 あ~あ。めんどくさいな、おい。







   ~ おしまい ~

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ