7. 君と歩く帰り道
お題「帰り道」
地下鉄の駅から地上に出て、脇道を三回曲がったところにある小さなケーキ屋。
地元の人じゃないとちょっとわかりにくい場所にあるけれど、お店の外観も可愛らしいケーキ屋は君のお気に入りだよね。
まるでお花屋さんみたいに季節の花が出迎えてくれてさ。ケースに並ぶケーキたちも色とりどりのお花みたいに可愛らしくて。
だけど君はいつもシュークリームを選ぶ。シュー生地がパリパリで香ばしくて、カスタードクリームと生クリームのバランスがちょうどいいからって。
華やかな見かけじゃなくてシンプルだけど、だからこそ魅力が引き立つ。なんだか君のようだと思ったりして。
ここのシュークリームが大好きなのに、一個だけ買うなんてできないとか言って、なかなか食べる機会がないんでしょ? コンビニのデザートなら一個だけ買っても大丈夫なのにね。
昨日もコンビニの袋入りのシュークリームを買ってきたよね。シュー生地がやわらかくて、カスタードクリームしか入っていないやつだけど、どうしても食べたかったんだろうね。
今日は手土産にあのケーキ屋のシュークリームを買ってきたよ。一緒に食べよう。
あとね、ガトーショコラもおいしそうだったから買っちゃった。それぞれ二個ずつ。そのくらい食べられるでしょ?
それともダイエット中なのにって怒るかな。僕はちっとも気にしないよ。大好きなシュークリームを食べているときの君の笑顔はどんなケーキよりも甘くて素敵なんだってこと、僕は知っているんだから。
角を三回曲がって駅まで戻れば、ほらちょうど君の乗った電車が到着したよ。
改札口から吐き出される人ごみから君の姿を探し出すのが楽しい。すぐに見つけられる自分に嬉しくなるんだ。誰とも違う君をすぐに見つけられる。
だけど今日は会う約束なんてしていないから、君は僕に気付くことなくいつもの道を歩いて行っちゃった。
追いかけて声をかけるのもいいけど、君がいつ僕に気付くのか試してみようか。なんだかわくわくするよね。
僕だったらきっとすぐに君の視線に気付くけど、君は案外鈍感だったりするから、もしかすると家に着くまで気付かないかもしれないな。驚いた君に駅からすぐ後ろを歩いてきたんだって言ったら、もっと驚くんだろうな。
そんな君の様子を思い浮かべると、思わずにやけちゃうじゃないか。すごく怪しい人みたいだね。欠伸でもする振りをして口を覆ってみたけど、うまく誤魔化せたかな。
君の家まで駅から10分。
5分ほど歩くと人通りが少なくなるから、君が無事に帰れるかいつも心配なんだ。
今日は僕がついているから大丈夫だよ。もしもなにかあってもすぐに駆けつけられるから。
だけど君はちっとも警戒していなくて、駅前の明かりが届かない空を見上げながら歩いている。つられて見上げればたくさんの星が輝いていた。
へぇ。街中でもこんなに綺麗な星空が広がっているなんて知らなかったよ。
君はすごいね。君の周りには可愛いものや綺麗なものが溢れている。
きっと世の中にはそういうものがいっぱいあるんだろうけど、みんなは気付かない。君はちゃんと気付くのにね。
そういうところも大好きだよ。そんな君が可愛いと思うし、綺麗な心を持っているんだなって思うんだ。
あの角のポストを曲がったらもうすぐおうちだね。
緩い坂道なのに、君はいつも歩くスピードが落ちるんだ。気付いているのかな。少し運動不足だよね。少しは運動した方がいいよ。ダイエットにもなるしね。
おっと、いけない。そんなこと言ったら怒られちゃうね。自分で言うのは平気なくせに、人から言われるといやだなんて我儘なんだから。そんなところすら可愛く思えてしまう僕はおかしいのかな。
ところでさぁ、君はいつになったら僕に気付くんだい?
ほら、もう君のマンションに着いちゃったじゃないか。エントランスに入っていく君を慌てて追いかける。
ちょっと待ってよ。
一緒に帰ろう。
君の好きなシュークリームを買ってきたよ。
声をかけたら君はやっぱり驚いた。
どうしてこのシュークリームが好きかわかったかって? だって、昨日言っていたのは君だよ。忘れちゃったの?
うん、そうだよ、聞いているよ。君の話はちゃんと聞いているよ。君が部屋でなにを話しているか独り言だって鼻歌だって全部聞いている。
声や音を聞きながら君が生活する姿を想像するのはドキドキするよ。
なぜそんなに震えてるの? 寒いなら早くおうちに帰ろうよ。
帰れなんてひどいな。こんなに好きなのに。
ちょっと、なにをしているのさ。警察に電話? なんでそんなこと……。
怖がらなくても大切にするよ。
ねぇ、大好きだよ。ずっとずっと一緒にいようね。
~ fin ~