20. ドリーマー
お題「夢」
上起十九年。AI小説が各文学賞を総なめにしてから十年が経つ。
今や名のある文学賞を受賞するHIは皆無と言ってもよいほどであり、受賞どころかHI作家そのものがもはやRDB(Red Date Book)にCE(Critically Endangered)としてリストアップされているなどという都市伝説さえ囁かれている。
AI(Artificial Intelligence:人工知能)はあらゆる分野においてHI(Human Intelligence:人知)を凌駕する勢いだ。このような現象は平成時代から一般市民の間でも危惧されていたことではあるが、科学の発展そのものが人知の限界への挑戦でもあり、たとえその結果が人類の存在を脅かすことになろうとも研究と開発を続けてしまうことは既に歴史が証明している。
人類が自らの首を絞めるその欲求を満たすため、新しい試みはより危険度の低いエンターテインメントの世界で発揮されることが多い。ただし、社会的危険性が低いことは社会的影響力が低いことと同義ではない。人は未知のものに対し保守的であると同時に革新的でもある。それこそがHuman Intelligence、人知の欲求にほかならないのだろう。
HIの創作能力はAIに遠く及ばない。なぜなら情報量とその処理能力は桁違いであり、創作プログラムには多種多様のマーケティング情報も含まれており、需要に沿う作品を生み出す効率性はHIの叶うところではない。
しかし、受け手がHIを有する人間である点は重要である。AIとてまだ万全でも全能でもない。人が完全無欠なものだけに魅力を感じるわけではないことに対応しきれていないのだ。人は最新型自動調理器で作られたものより日によって味にばらつきのある手料理の方が飽きはこないし、リニアモーターカーなら一時間で行ける距離を好んで普通列車で丸一日かけて旅行することを好んだりもする。
小説の世界もしかり。平成時代には一時完全消滅した紙書籍は再び電子書籍と双璧をなすまでになっている。アナログ時代を知らない世代が目新しさを感じていることも理由のひとつである。
しかし、こと物語を紡ぐことに関しては、想像力・創作力を放棄してきた人類にとって手本となるものが少なすぎた。人々は望む前に与えられることに慣れ、自ら求めることを放棄してきた。その結果、HI小説は廃れたのだ。
敢えてわずかな欠陥や瑕疵を感じさせる物語。十二分に満たされる物語ではなく、受け手が自ら埋める余地のある八分目、九分目の完成度。
人々がそれを求めていることをいち早く察知したのはやはりAIであり、その管理者だった。人が意識的に物語を紡げないのであれば、無意識から抽出しようというのである。
夢の売買。それこそAIが人間になりきるプログラムの一つであるとして採用された。
夢というのは見ていないつもりでも誰しもが見ているものであり、見ていないと思うのは単に忘れているだけである。そんな本人の記憶の底に埋もれてしまう夢さえ、夢抽出記録メディアREMという簡易ヘッドギアを装着するだけで誰でも簡単に夢を記録することができる。
その簡易さから、ドリーマーと呼ばれる夢を売る者の中にはそれを職業とする者まで現れた。彼らはいかに高額で売れる夢を見るかということに拘り続けた。
多くみられるのは薬物を摂取し、エキセントリックな夢を見るというものだった。人々はその計算されていない芸術性に魅了された。
しかし次第に物語に悪影響を受け過激な行動に走ったり、自らも薬物に手を出すものなどが出てきたため、規制を受けるようになり、ついには薬物摂取による夢は買い取り禁止となった。
また、売却するはずの夢に自ら溺れ、夢の世界から抜け出せず日常生活もままならなくなるほどにどっぷりはまった挙句、廃人になるなどのケースが続出し、これもまた社会現象となった。
専業ドリーマーだけでなく、一獲千金を狙うドリーマーも多い。
AI作家協会主催の年間ベストドリーマー賞で大賞を受賞すれば一般的な会社員の平均年収に匹敵する額が手に入る。さらには大賞となればそのAI小説は重版がかかるため、なにもしなくとも夢使用料が入ってくるのだ。
夢とは記憶整理、ストレス解消のための脳の活動であると言われる。であるならば、つまりは起床時にいかに有益な情報を吸収するかにかかっているに違いない。ドリーマーたちの間ではそれが通説となっていった。
現実世界での充実。それこそが質のよい夢の作成へとつながると信じ、日々を懸命に貪欲に生きるようになった。AI小説は人間の陽の面を描いたものが圧倒的人気で、不変の需要が見込まれるためだ。
次第に社会の風潮も現実世界での充実を重視するよう変化していった。世の中は活気が溢れ、思いやりと優しさが漂っていた。誰もが現実世界で満たされ、鰻上りだった自殺者数が下降し始めた。
人々がAI小説に架空の幸せを求めなくなるまで時間はかからなかった。人類は不完全で無駄を惜しまない現実を選んだ。AIとHIの共存を夢見て――。
*
ホールのスクリーンに五つのスライドが並んでいる。
≪以上が本年のノミネート作品です。さあ、上起十九年、年間ベストドリーマー賞に輝くのはどの作品か!≫
候補者がステージに並ぶ。ドラムロールが鳴り響き、スポットライトが縦横無尽に舞う。
≪絶滅種・人類をもっともリアルに描いた作品に贈られる最良空想家はこのAIです!!≫
ドラムロールが止まると、一体のアンドロイドに三本のスポットライトが集まり、会場は観客の小型スピーカーから発する拍手音に満たされた。
~ fin ~




