表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/33

17. 迷子

お題「迷子」

 百貨店の本屋さんに来たのは久しぶり。同じ形の本棚がズラーッと並んでいて、いろんな本がびっしり埋まっている。

 平積みっていうの? 新しい本とかが通路側の台に表紙を見せて積まれているのとかワクワクしちゃう。

 本屋さんに行くと、とりあえず平積みを端から端まで眺めて歩くの。だからけっこう時間がかかっちゃう。でも全部見ておかないと、もしかしたらすっごく好きな本との出会いを見逃しちゃうかもしれないでしょ。だからみんなには悪いなと思うけど、どうしてもやめられない。


 最初はみんなも一緒に本を眺めていたんだけど、あーちゃんがぐずり始めて。うん、わかってる。あーちゃんはまだ小さいから飽きちゃったんだろうなってわかってる。

 でもあとちょっと、あとちょっと、って本を眺めていたら、あーちゃん、本格的に泣き出しちゃって。

 そしたらパパがあーちゃんを抱っこして「プレイスペースに連れて行くから、本を見終ったらこっちに来てね」って言った。そしたらお兄ちゃんも「ぼくも行く」って言ってついて行っちゃった。

 プレイスペースはひとつ上の階にあるおもちゃ屋さんの端っこだ。何度も行ったことがあるからすぐわかる。


 ひとり本屋さんに残されたわたしは、これでのんびり本を眺められるって嬉しくなった。

 お気に入りの本をいくつか見つけた。でも自分では買わないでパパに買ってもらおうっと。そう思って、みんながいるプレイスペースを目指す。

 エスカレーターはレジの裏側。でもすぐ目の前にあるレジの後ろは壁だった。


 ――あれ? 


 エスカレーターや壁が移動するとは思えないから、レジの場所が変わったのかもしれない。

 本棚の並びは変わった気がしなかったけど、レジだけ移動したんだろうか。

 棚を見ながら通路をうろうろ歩き回る。


 児童書、参考書、旅行……。


 やっぱりレジもエスカレーターもこの並びじゃない。棚も変わったということ? 


 雑誌、実用書、旅行、参考書、児童書。


 あれ? このレジも壁際。ううん、ちがう。ここ、さっきのレジだ。

 おかしいなぁ。何度も来ている本屋さんなのに。

 なにかしかけがあるのかも。ちょっぴり時空が歪んじゃったりしているとか。

 なんてことを考えると、エスカレーターが見つからない不安なんてどっかに行っちゃう。

 いつの間にか世界が分裂していて、パラレルワールドに迷い込んじゃうの。パパやお兄ちゃん、あーちゃんたちの世界と似ているけどちょっとちがう。だからエスカレーターの位置もどこだかわからなくなっちゃったりして。

 なーんてことは現実にあるはずがないってことくらい、ちゃんとわかっている。大丈夫。ちゃんとプレイスペースまで行けるもん。こんなこと初めてじゃないし。いつもどうにか目的地に辿り着いているし。


 さて。気を取り直してエスカレーターを探さなくちゃ。


 文庫、文芸、まんが。


 そうそう、ここ、ここ。ふたつめのレジがあった。

 ほらね、レジの裏がエスカレーター。わたしってばすごいじゃん。


 と、思ったら、なによ、これ。下りのエスカレーターじゃないの。

 上りは反対側。すぐ横に通路はないからまた大回りをしなければならない。

 さっきはレジの方から来たから、すぐに同じ道を通るなんてつまらない。反対から回ろう。


 あれ? いつの間にかCD屋さんに来ている。それともDVD屋さんっていうのかな。まあいいか。そんなこと。

 とにかくグルッと回って……あれれ? 壁。行き止まり。こっちから回れないの? 


 ええ~。もうどこから来たのか覚えてないよ~。


 あ、このDVD欲しかったやつだ。あとでパパに買ってもらおうっと。

 そんなことを考えて、ついでにほかに欲しいDVDないかな~なんて見回してみる。


 おっと、いいもの発見! エレベーター! 


 エスカレーターはなかったけど、エレベーターがあった。しかもちょうどドアが開くところだった。わたしって運がいい。


 乗っていた二人組が降りると、エレベーターは空になった。慌てて駆け込むとすぐにドアが閉まって、スーッと下りていった。


 ――え? ちょっと、これ、ダメじゃ~ん! 


 しかも急行エレベーター。1階まで直通運転。

 ドアが開く。行先ランプの矢印が上を向く。

 列をなした人たちが私の降りるのを待っている。


 いや、わたしは降りないからっ! 上に行くんだからっ! などと言えるはずもなく、黙ってこそこそと箱の隅におさまってうつむいた。どうやらわかってくれたらしい人たちが乗り込んできた。


 本屋さんの階で降りると、なんだかやっと帰ってきた気がしてほっとした。


 ――って、ちがうじゃん! もうひとつ上の階で降りなくちゃいけなかったのに! 


 行ったばかりのエレベーターが再びやってくるのを待つか、エスカレーターを探すか……。でもエスカレーターはなくなったのかもしれない。だってあんなに探しても見つからなかったんだもん。


「ああ、いたいた~」


 懐かしい声のする方を向くと、あーちゃんの手をひくパパと、走り寄ってくるお兄ちゃんがいた。パパが笑いながら言う。


「あんまり遅いから迎えに来ちゃったよ。なんでこんなところにいるの?」


 エレベーターの横は文具売り場だった。どこだ、ここ?


「う~ん。売り場が変わったみたいでわかんなくなっちゃった」

「いや、売り場は変わってないから」


 パパが苦笑いする。


「心配したよ~」


 お兄ちゃんがそう言って抱きついてくる。うう、やさしい。


「ママ、もう迷子になっちゃダメだよ?」

「うん、ママ、気を付けるね」

「ほら、ぼくが手をつないであげるから」

「ありがとう、お兄ちゃん」


 わたしは長男と手をつなぐ。


「さあて。じゃあ上のレストランフロアでお昼ごはんにでもするか」


 そうパパが言って歩き出す。すぐ目の前には上りエスカレーターがあった。





      * おしまい *

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ