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袋小路の先  作者: 雪村
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クマさん

「ねぇ、恥ずかしいんだけど……!」


 まだ主人公として活躍する前の少年、リベラル君。

 彼は今、私が召喚したクマのぬいぐるみを腕に抱きかかえるようにして持っている状態。

 なぜかって? 単純に見栄えが良いから、だよ!


 そうそう、彼について情報をまとめないとね。

 って言っても、この世界の物語について思い出すだけだけど。




 この世界は、【ティアドロップス】という漫画、もしくはアニメによって生まれたものである。

 主人公のリベラル・ラファーレは、幼い頃、故郷の……なんとか村を、なんとかさんによって襲撃されて、両親や幼馴染の女の子、そして村人全員が墓地まで送り届けられてしまう、なんていう悲惨な過去を持っているのです。

 現在、そのなんとか村は、静寂に包まれ、まるで時が止まっているかのよう、なんて言われてるのよね。実際、この少年の中でも止まっているだろうね、時間。

 そして、彼はそんなことをした人間に復讐をする為、そして、ある願いを叶えてもらうために人探しの旅をする、という話だ!

 そうそう、物語の始まりは、ここ、スリジエ島からなんだよね!

 なるほどなるほど、じゃあ少年は、一人になってから旅をするまでは、ずっとここにいたわけなのか! いやぁ、避難しに来たはずなのに、また何者かに襲われるなんて、主人公も大変ですなぁ。

 ……そんなストーリー、ティアドロップスにあったっけなぁ?



「ちょっと、聞いてるの!?」


 彼について、忘れかけていた記憶の扉を開けていたら、随分と長い間彼を放置していたみたいだ。

 さすがに彼もプンプンだね! 怒っても可愛いなんて、少年は罪だな!


「ごめんごめん、少年について考えていたらね、つい」

「弟子にしてくれるのか!?」

「いや、違う」


 目をキラキラさせてこちらを見た少年に、私は苦笑いで否定する。

 すまないね、少年。君にはちゃんとしたストーリーがあるのだよ。

 それを少しでも乱してしまえば、後々後悔することになりかねないからさ。

 彼は、不貞腐れた表情はしているものの、またすぐに気を取り直して話しかけてくる。


「なぁ、このクマ。どうやって人間にするんだよ?」


 ああ、そうだ。その子、人間にするんだっけ。

 いやぁ、でもなかなかその姿気に入ってしまったんだよね。

 少年と、テディベア。なかなか可愛い組み合わせではないか。


「うん、決めた」


 私の明るい声に、少年は何事か、と凝視する。

 そんな少年の腕からテディベアを取り上げると、私は魔法をかける。


「彼を人間にすることは、保留だ。

とりあえずは、話せるようにしてみるさ。コミュニケーションは大切だからね」


 光の粒が、くるくるとまとわりつくように、クマのぬいぐるみの周りを飛び回る。

 それはやがてクマの口元へと集まりだすと、光の粒たちはパチリ、と霧散した。


 後に残ったのは、驚いたような顔をするリベラル少年と、

 仁王立ちしているクマのぬいぐるみだった。


「おや。随分と気が強いんだね。

……クマだから、当然といえば当然か? はははっ」


 私がケタケタと笑っていれば、クマは怒ったような表情を見せる。

 おお、表情までついてくるとは。私も、とりあえず話せるようにして欲しい、と願ったからね。

 他にどんなオプションがついたのか、楽しみではあったんだけどね。

 これは、想像以上に面白いことが期待できそうだ!


「うわっ、このクマ、なんか怒ってるけど!?」

「まぁまぁ、少年。落ち着き給え。これでも、このクマは私が召喚したんだ。

私に何か危害を加えてくるわけではなかろうともさ」


 私がそう言ったとき、ふと私は思った。

 世の中には、フラグと呼ばれるものがあってな、と。


 そして、気が付いた時には、ぬいぐるみ特有の柔らかく、ふわふわした手によって、顔面を殴られていたのであった。

 うん、もう少し早く気が付いて、受け身を取ればよかったね。



「召喚? そういうのじゃないよ、僕。もともと適当にうろついていた魂であった僕と、君が生み出したぬいぐるみが偶然結びついてしまっただけだ。だから、ちゃんと僕のことを対等に扱ってよね」


 クマのぬいぐるみの主張。

 リベラル少年は、本当に喋った! と楽し気に言う。

 私はというと、顎に手を当てて、考え事をするポーズをとっていた。


 それにリベラル少年が気付き、どうかしたのか、と聞く。

 私はそれに、特に理由はないよ、と笑いかければ、少年は不満そうな顔をしつつも、それ以上問いかけることはしなかった。


「そうかい。ならば君、生前は何をしていたんだい?」

「魔導士さ。だからこそ、僕はこうしてこの世界を魂の状態で動き回ることができたのさ。

あ、死んでないよ、一応。ただ、僕の本来の肉体は、僕の家に放置されてるね」


 なるほど? 死んでいないのか。つまりは、幽体離脱みたいな感じか?

 それにしても、変なの。普通に自分の体で行けばいいじゃないか。


「幽体離脱ね、把握。てことは、じゃあ、君とはすぐにお別れか」


 じゃあね、と私は手を振ってクマさんを道端に置いていこうとする。

 リベラル少年は、私とクマさんを交互に見て、驚きと不安の顔をしている。

 状況についていけないらしいね。可愛いね!


「ま、待って。僕をこんな体にしておいて、急に放置って何だよ!

第一、僕に呪いをかけたのは君なんだから、せめてそれを解いてからにしてよ!」


 呪い?

 聞きなれない単語に首を傾げ、私は振り向く。

 右の人差し指を顎に軽く当てて、小首を傾げながらクマに問いかける。


「呪いって、何だい? 私がかけた、とは?」


 本気で分からない。

 その思いが伝わったのか、クマのぬいぐるみは心底困惑した顔をする。

 そして、すぐに焦りへと変わる。


「う、嘘だろ!? 何もわからずに力を使っていたのか……君、なかなかの問題児らしいね」

「嫌だな、これでも長い間生きてきたんだよ?」


 にこ、と笑いかけるも、クマさんは信用してくれない。

 この外見のせいか。そうなのか。この可愛らしい顔のせいか! いや、それなら仕方がない。私が可愛いのが悪いね、うん。


「素直に言葉に出してくれればいいのにぃ、私が可愛いってさ!」


 リベラル少年、クマさん、共に無視。

 私の相手をするだけ無駄だ、ということを悟ったらしい。


「そう、そこで君にお願いしたい。あーっと、有栖川、だっけ?」


 ん? とクマさんに耳を傾けてあげる私。

 リベラル少年も、一応話に加わる体制を見せている。


「僕は今、呪いのせいで、元の体に戻ることができない。

このぬいぐるみの体に、魂が縛り付けられている、と言えばわかるかな。

つまりは、呪いをかけた本人である君に何とかしてもらうしかないだろう?」

「責任をとれ、と?」

「そういうことだ」


 なるほどねー、と、私は頷く。

 うんうん、責任ってね、大事だよね。誰かがそれを放り投げたら、他の誰かがそいつの分までソレを背負わなくてはならなくなる。

 だからこそ、皆必死になって、迷惑かけないように馬鹿みたいに生きてるわけだ。


「じゃ、断る」


 そんな面倒なもの、お断りだね。

 迷惑かけないなんて、最初からできない。完璧になんて、誰にもなることはできない。

 だったらさ、自由に生きるべきだと思うんだよね。

 責任に押しつぶされて死ぬくらいならさ。

 と、元女子高生の有栖川ちゃんが言ってみたわけだけど。


 ま、クマさんは納得しないよね。


「ね、クマさん。折角の出会いなんだ。

責任だとか、呪いだとか、そんな事言わないでさ、オトモダチになろうよ。

その方が、よっぽど信頼できるだろう?」


 クマさんの目の前まで行き、顔をずずいっと近づけて笑顔で言ってみる。

 うん、ぬいぐるみだからとはいえ、近づきすぎたな。


 クマさん、唖然。って感じだよ。呆れてるの? 驚いてるの?

 リベラル少年、君さぁ、「え、良いこと言ってる……珍しい」とかボソッと呟いてるんじゃないわよ。聞こえてるんだゾ!



「あ、ああ……。確かに、そうだ。そうなんだけどもっ」


 クマさんは、頭を抱えている。

 何を悩む必要があるのやら。出会いを大切にしよう! って言ってるだけなのにね?

 いやいや、まぁ、拒否権なんて与えるわけないけどね!

 最初っから、私はクマさんを手放す気になんてなってないよ!


「さ、クマさんも納得したところで」

「してないけども」

「リベラル少年のお家まで、レッツゴー! だね!」


 私の元気な掛け声の後に、二つのため息が重なった。

 そんなわけで、有栖川 栞ちゃん率いるグループの完成だ! ってね!

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