『リンカーンの夢』『一つのぼって』
『リンカーンの夢』
アメリカ合衆国の第十六代大統領、エイブラハム・リンカーンは、南北戦争のとき奴隷解放を行った大統領として大変有名である。
その後、リンカーンは暗殺され56歳の生涯を閉じたのだが、それについてはこんな話が伝わっている。
ある朝、リンカーンは夢を見た。
とても広いホワイトハウスの中を用もなく歩いていたのだが、ふと一つの部屋が目に留まり、ドアを開けた。
そして、何気なく中を覗き込んだ大統領は驚いた。
なんと薄暗い部屋のベッドの上に男の死体が横たわっているたのだ。
顔には白い布がかけてあった為、誰なのか確認出来ない。
大統領は、そばにいた警護の者に聞いた。
「どうしてこんな所に死体が置いてあるのだ?」
警護の男の顔色がサッと変わった。
「いったい、この死体の男は誰なのだ?」
厳しく問い詰められて、警護の男は恐る恐る答えた。
「恐れながら申し上げます。今、目の前に横たわっておられるのは、大統領、貴方様です。」
「な、なに、この私だと」
「はい。大統領閣下です。殺されたのであります」
男がそう言ったところで目が覚めた。
この夢を見てから二週間後、1865年の4月14日の夜、リンカーンは襲われ、翌日死亡したのだった。
『一つのぼって』
ある田舎の小学校で、警備員がいなくて困っていた。
新しく勤めても、何故かすぐに辞めてしまうのだ。
初めのうちはよいのだが、2日、3日と経つうちに、顔色が悪くなって、だんだん元気がなくなり、そして、不思議なことに10日目に辞めていくのである。
「これはきっと何かあるに違いない」
六年生の担任の土方先生(仮名)は腕を組みました。
先生は、剣道三段、柔道四段の腕前で、怖いもの知らずです。
夏休みに入るとすぐ、土方先生は警備員の部屋で寝てみることにした。
部屋は、校舎から少し離れた建物の2階にあった。
その夜、先生は遅くまで起きていたが、特に変わったこともない。
「今夜はダメだな」
独り言を言いながら布団を敷いていると、廊下の柱時計が深夜2時をうった。
そのとき、部屋の前の階段がギィッと軋んで、
「一段目~。一つのぼって嬉しいな」
という、女の子の声が聞こえてきたのだ。
思わず身震いした。
妖しいものが入って来たら、打ちのめしてやろうと、木刀を手にしてじっと待ち構えていたが、それっきり物音ひとつ聞こえない。
先生はいつしか眠りにおちていった。

2日目の夜、柱時計が2時をうつと、またもや、誰もいないはずの階段が、ギィッと軋み、
「二段目~。二つのぼって嬉しいな」
透き通るような女の子の声が聞こえて来た。
しかし、この夜もそれだけで、他には何事もなかった。
こうして、謎の女の子の声は、毎晩一段ずつ登って来るのだ。
先生は警備員が10日目に辞めていく理由が分かった。
階段の数が10段だからである。
「九段目~。九つのぼって嬉しいな」
この声を聞くと、次の夜、10段目で女の子の声がするのを想像して怖くなり、とてもいられなくなる為に違いない。
「今夜は10日目か。いよいよ現れるな」
流石の土方先生も武者震いをしたが、なんとか正体を突き止めたい一心で、泊まることにしたのだ。
壁にもたれて、いつものように、小説を読んでいたのだが、時計の音が気になって集中出来ない。
やがて、
「ポーン ポーン」
と2時を知らせる柱時計の音が、静まり返った建物の中に響いた。
そのとき、ギィッすぐそばで階段が軋んだ。
「十段目~。十でとうとう嬉しいな」
女の子の声が耳元で聞こえた。
「来たな」
先生は歯を食いしばり、襖の方をギッと睨みつけた。
「スルスル~」
と襖が開いて、ヌッと顔を覗かせたものを見るなり、
「ウォーッ」
と叫んで布団の上に倒れ、そのまま気を失ってしまった。
翌日、心配してやってきた先生方の声で土方先生はやっと目を覚ましたが、体が震え、恐怖に怯えた目をしていたそうだ。
土方先生は、一体何を見たのか、誰にもしゃべらなかったらしいが、噂では、「真っ白い狐の妖怪ではないか」とか、「のっぺらぼうが顔を突き出したのではないか」などと言われている。




