Scene5
三崎がキーを回すと、イグニッションが心地の良い音を立てた。
エンジンがかかりアクセルを踏み出すと、車はゆっくりとグラウンドを背に走りだした。遠ざかるグラウンドをバックミラーで確認すると、三崎は助手席の少年へ声をかけた。
「なあ、お前これからどうするんだ?」
少年はじっと前を見つめたまま、その質問には答えなかった。
三崎は構わずに、自分の胸の中に描いた、これからの『二人』の未来図について口を開いた。
「良かったら、俺の家に来ないか?」
少し照れくさそうにそう提案する。
「狭い家だけど、お前一人くらいなら何とかなる」
どうせ独りものだし、誰に遠慮することもない……
フロントグラスを見つめたまま、我ながらの名案とばかりに、三崎は楽しげに瞳を輝かせると先を続けた。
「それで。休みの日になったら、二人でキャッチボールをしよう。俺だってまだ捨てたもんじゃないんだぜ。だから……」
笑顔のまま助手席を見た三崎の動きが止まる。
助手席にはもう少年はいなかった。
まるで真夏の蜃気楼のように少年の姿は消え去り、助手席には彼の大切な宝物である野球帽だけがぽつんと取り残されていた。
「…………」
少年が消えた車内を静寂が支配する。
唖然と口を開けいて三崎が、ふと思い出したようにバックミラーに目をやった。
三崎の想像したとおり、バックミラーには立ち並ぶ高層マンションが映っていた。グラウンドの存在など最初から無かったように……
黄昏の時が終わりを告げたことを知ると、三崎は落胆とも安堵ともつかないため息を付いた。
「そっか…」
小さな笑みと共に手を伸ばすと、助手席に残された帽子を手に取った。
そして一片の迷いもなく自らの頭に被せると、ミラーに映る自分の姿を確認する。
ミラーに映る無邪気な笑顔――遠い過去に無くしてしまった『宝物』を取り戻したことに胸を震わせると、心の中にいる少年……自分自身に向かって呼びかけていた。
「僕らは、ずっと一緒だよ」