Scene4
営業車は幹線道路を外れると、文明を避けるように走り続けた。
一向に帰ってこない役立たずを呼び出すための携帯が何度も鳴ったが無視し続け、最後には携帯そのものの電源もオフにした。
――どやされるくらいで済むかどろうか……
そんな不安がよぎったが、もう後には戻れない。
三崎は唇を噛みしめると助手席の少年に目をやった。
少年は押し黙ったまま、フロントガラスの先を凝視していた。
「待ってろよ、もうすぐだからな」
三崎は元気づけるように言うと、アクセルを踏む足に力を込めた。
助手席の少年への罪滅ぼし――
確かに最初はそうであった。でも今は、そうすることで自分自身、何かが変われるような気がした。後先を考えずにた行動できた、かつての自分が戻って来るような気がしたのだ。
ボールを追いかけていただけで幸せだった。
毎日泥だらけになりながらグラウンドを走っていた。
いつか自分も王選手のようになれると信じて疑わなかった……
夢を見るのが仕事だった、目に見える全てが希望の輝きに満ちていた。
蘇る心象風景に目頭を熱くさせると、失ってしまった大切な心が戻ってきたのを実感した。
河原に行って、そびえ立つマンションを目にしたとしても、それはそれで構わない……結果はどうであれ、諦めずにやれるだけのことはやったのだ。
少年もきっと自分を許してくれるはず……
近づいてくる河原の風景に息を飲むと、自然と車の速度を減速させていった。
車を降りた三崎は唖然と息を飲む。
「そんな……」
目の前には、子供の頃に見た、あの大きなグラウンドが広がっていた。
本来その場所にそびえ立っている高層マンションは、跡形もなく消え去っていた。
最初から存在していなかったように……
「だって、ここは……」
三崎は答えを求めるように、続いて車を降りた少年を見る。
少年は『ほらね』というように無邪気に笑う。
立ち止まったままの三崎をよそに少年は歩き出す。
グラウンドの土を踏みしめながらマウンドに上がると、そこで三崎の方を振り返った。
「僕はここにいる」
自分の胸に手を当てて、少年ははっきりとそう伝えた。
「シンジ、僕もこのグラウンドも、ちゃんとシンジの中で生きてるんだ」
少年は笑顔を浮かべながらそう言った。
だが、その笑顔の中に隠せない不安が宿っているのを三崎は見逃さなかった。
三崎はマウンドの少年の元へ向かう。ゆっくり一歩づつ、その距離を縮めると、最後には少年の目の真正面に向かいあった。
「僕らは……ずっと、ずっと一緒だよ」
少年は最後の笑顔を振り絞るように、そう言った。
「だから……」
少年は言葉に詰まるように瞳を落とす。
「僕の事、忘れないで……シンジが忘れない限り、僕はずっと生きていける」
三崎は少年の思いに答えるように、何も言わずにそっとその小さな体を抱き寄せた。
小さく震える少年の不安、悲しみ全てを受けとめると、三崎は何一つ纏うことのない素直な気持ち――決意を静かに……力強く言葉にした。
「忘れないよ、絶対に…」
三崎は目を閉じると、しばらくの間、少年の体を力強く抱き締めた。
黄昏の陽光が優しく二人を包み込んでいた。
小さな冒険を終え、それぞれの答えを見つけた二人に優しく微笑むように……