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ゆめ色の野球帽  作者: カイトの冒険の中の人
2/5

Scene2

 「夢……じゃないよな?」

 三崎は唖然と漏らすと、何度も小さく首を振った。

 次の瞬間に少年の姿が消えていることを微かに期待したが、その願いは虚しく……少年は、助手席で三崎が何を言い出すのかを待っていた。

 「俺……だよね? どうやってここに?」

 「さあ」

 おどおどとした三崎の様子を楽しむように首を傾げてみせる。

 「そ、そう……あ、あの……」

 三崎は混乱しながらも次の言葉を探す。

 沈黙を埋めてしまわないと、沸き上ってくる畏怖に押しつぶされそうな気がしたのだ。

 「そ、その帽子、似合ってるよ」

 咄嗟に口にした二人の共通点に、少年の笑顔が輝きを増す。

 「ずっと僕の宝物さ。シンジも持ってるよね?」

 帽子のつばを指先で触りながら、少年は同調を求めるように三崎に問う。

 「いや、どこかへ無くしてしまって……」

 会話の糸口が掴めたのもつかの間――その存在さえも忘れてしまっていた野球帽の消息について、何一つ答えられなかった。

 少年は自分の帽子を手に取ると、後ろめたさに視線を落とす運転席の男に、微塵の迷いも無く差し出した。

 「じゃあ、被ってみる?」

 「いいよ、今の俺には似合わないから……」

 無意識のうちにそう答えると、三崎はゆっくりと頭を振る。

 「ふうん……」

 拒むことを全く想定していなかったのか……少年は不思議そうに三崎を見ると、小さな声でぽつりと問いかけた。

 「野球、やめちゃったの?」

 三崎は何も答えられずに、ただ黙って小さく頷いてみせた。

 「そう……」

 その事実に、少年は寂しげに瞳を曇らせる。

 が、すぐに表情を輝かせると、三崎の心を責め立てるように元気な声で宣言した。

 「僕はやめないよ。僕、大きくなったら王選手みたいな野球選手になって、ホームラン王になるんだ」

 「今の俺が、ホームラン王に見えるか?」

 「え?」

 少年は少し驚いたように三崎の目を覗き込んだ。

 「いいか? 今の俺の仕事はな、野球なんかとは一万光年もかけ離れた、三流商社の社員なんだ」

 不安を宿す少年に、三崎は構わずに指をつきつけると、沸き上がった苛立ちと後ろめたさ、罪悪感をぶちまけるように声を荒げる。

 その言葉の意味さえもわからないというようにキョトンとしている少年に、三崎はさらに畳みかけた。

 「今だって営業で、得意先回りをやってる最中だ。汗を流すことも泥にまみれることも無い。このシャツとネクタイが今の俺のユニフォームだ」

 「でも……」

 「教えてやろう。確かにお前は野球でいいところまで行く。だけど甲子園の一歩手前で終わり……所詮、そこまでの実力なんだよ。だから、諦めな」

 有無を言わせぬように事実を付きつける。

 少年は今にも泣き出しそうな表情を浮かべながらも必死にそれを堪え、自分自身に――あるいは目の前の男の心に向かって訴えかけた。

 「でも、僕の夢なんだ……」

 「現実を見ろ。野球ばっかりやってて勉強をしてなかった結果がこれだ」

 心をえぐられるような思いだったが、三崎はやめなかった。

 「給料も安けりゃ甲斐も無い……女房には愛想尽かされて逃げられて、今はいつクビを切られるかビクビクしている毎日だ!」

 自分自身を指差すと、すべて否定するように感情をぶちまけた。

 「お前も、こんなふうになりたくなかったら、馬鹿な夢なんか捨てて勉強しろ!」

 「いやだ……」

 瞳を曇らせ、弱々しく抵抗する少年に容赦なく続けた。

 「お前がいくら否定したところで、目の前にいる俺が未来のお前なんだ! 何一つ変わらない。お前が早くに馬鹿な夢に見切りをつけなかったから、俺の人生がこんなふうになってしまったんだ……だから、野球なんかとっととやめちまえ!」

 「いやだッ!!!」

 三崎の勢いをかき消すように叫ぶと、少年は何度も激しく首を振った。

 「僕、絶対に野球をやめない。諦めないよ、絶対…シンジみたいに大人にはならない!」

 悲鳴にも近い心の叫びが、一瞬にして三崎から全ての熱を奪い去った。

 少年は瞳いっぱいに涙を浮かべると、残された気力でぽつりと呟いた。

 「ならないよ……」

 涙を堪え切れなくなったのか……少年は、席を切ったように泣きだした。

 少年の頬を涙が伝い、固く握りしめた拳にぽつりと落ちる。

 怒り、悔しさ、寂しさ、絶望が入り混じった嗚咽を噛みしめると、少年は何一つ纏うことのない裸の姿を、三崎にさらけ出していた。

 「…………」

 もし、あの当時の自分が、未来への希望の扉をこんなふうに閉ざされてしまったら……

 三崎の中にどうしようもない後悔と罪悪感がこみ上げてくる。

 「ごめん……」

 この子の未来を奪い去る権利など、自分にあるわけが無い。、

 自分がしでかしたことの意味を痛感すると、運転中であることも忘れ、思わず自らの顔を手で覆った。

 「俺は、どうしようもない馬鹿だ」

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