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異世界ナビゲーター

作者: 藍さくら


「え?!あ、あの?!ここ、どこですか?!?!」

目の前で、顔の半分くらいありそうな瞳に涙をにじませてウルウルしている女子を前に、私は両手を挙げて、怪しいものじゃないということをアピールする。

「あ、私は異世界ナビゲーターの愛梨っていいます!怪しいものじゃありませんよー」

どうみても女子中学生か女子高生にしか見えない女の子は、異世界の言葉に反応したのか訝し気に私と、私の斜め後ろにいるであろう男性を睨みつけると、口をきゅっと堅く結んだ。

「あー、警戒させちゃったかもしれないけど、後ろのこの人も悪い人じゃないからー」

警戒を解こうとわざと軽い口調で手をひらひらさせるが、持っていたカバンをぎゅっとさらに堅く抱きしめる結果になってしまい、天を仰ぐ。


まずい、これは久しぶりの難易度高案件かもしれない。

まぁ、どう年上に見積もっても高校生、下手したら中学生の年齢で、いきなりここは異世界です!なんて見知らぬ女に言われても、信じられないし、信じられないというか、信じたくないよねー。なんて暢気に共感しながら、自分もここに来た当初は、全く信じられなかったな、と懐かしく思い返す。

そんな記憶も今では良い、かどうかは別として、懐かしい思い出だ。

元公務員の愛梨としては、ガチガチに凝り固まった既成概念という強敵を倒して、状況を受け入れるだけでも軽く一週間は掛かった。落ち着いて仕事について、この世界に生きていくことを決めるまでは一年でも足りなかったくらいだ。

まぁ、この子は若いから、難易度高案件、とは言っても、馴染み出したら早いかもしれない。それでも、ここは日本とは遠く隔たれた異世界で、よく日本も含め色々な国から異世界人の来訪はあるが、多分十中八九帰る方法は見つからないこと。ここで生きていく覚悟を決めてもらうこと。そんな話をしたら、号泣されて、下手をしたら自殺されかねないな、と警戒だけは怠らないようにしようと斜め後ろから前に足を踏み出した髭面、強面の相棒とアイコンタクトを取る。


案の定、状況を説明したら、号泣して話にならなくなった彼女を一番最寄の樵小屋にどうにか宥めすかして運び込み、この世界では違和感しか感じない制服から私の服に着替えてもらう間、相棒共々小屋の外に出て天を仰ぐ。

「はぁ、自分で引き受けた仕事とはいえ、何度説明してもなれないわー」

もうこの世界で何百回も繰り返してきた説明は、寝言でも語れそうなほど身に沁みているけれど、五年経った今でもなれたとはいえない。

大学を卒業して、公務員として働いた三年を越えた時には、何か吹っ切れた気がして開き直って説明をした時期もあったが、回数を重ねる毎に迷走して今では、出会った瞬間には警戒されないように極めて朗らかに、軽く接触して、その後定型文の様な説明を感情を交えずに淡々と繰り返すようなスタイルに落ち着いていた。

今は隣で黙って私を見下ろしている強面の相棒リーは、相手が男性だった時に狼狽して暴れだしたときなどのボディーガード兼、私ではコネクションがない仕事に斡旋する時などに口を挟む程度で、最近では専ら状況説明も相談も私に丸投げなので、今の私の独り言に対しても反応は薄い。

私を拾った当初は一人で説明していたからもう少し話したはずなんだけどね!

まぁ、当初から言葉は色々と足りなくて、私をはじめ、彼にお世話になったと感謝をしている面々でもあの時は困った!というのが笑い話になるくらいなので、こちらも彼に説明やフォローは期待していないんだけど、もう少し着いてきてくれるなら役に立ってくれればいいのに!と年上の彼の向こう脛を軽く蹴ってやる。


ある朝目覚めると森の中だった自分の異世界トリップ体験は、この髭面の男のせいで、当初本当に苦労したのだ!お役所のきっちりとした生活に慣れていた愛梨にとっては、この破天荒な親父のその日の天気で仕事を決める生活にも振り回されたし、何を聞いても、返事が大体、

「少し待て」

だったこともかなりのストレスだったのだ!

挙句、樵をやる傍ら、人々に何かを教えたり、自分の様に落ちてくる人間を拾ったり保護したりしてくる割に、説明が全然全く足りなかったので、何人かの拾われた仲間と共に彼と共に生活する傍ら、パズルのピースを嵌めるようにリーの言葉を組み合わせて、自分達が異世界トリップをしたこと、多分もう戻れないこと、過去に何人もこのように拾っているが、この世界で生きていく術を身に着けてもらわないといけないことなどを理解するのは本当に時間のかかる作業だったのだ!

その後、拾われた人たちは、ここから少し離れた街で以前やっていた仕事の杵柄をとって新しい事業を始めたり、街の人と交流した結果、住み込みで働かせてもらえる場所を見つけたりして、一人減り、二人減りしたが、私は元が公務員だったこともあり、事務仕事くらいしか出来ることもなかったため、こちらではこれといった仕事も見つけられず、結局リーが拾ってくる人たちに説明を繰り返す内、いつの間にか、説明する係のようになってしまったのだ。巣立っていた友人達も、リーの言葉少なさと、私の手先の不器用さを指摘し、私が説明して、相談にのり、街の人と顔つなぎをしてやったり、こちらの風習や生活習慣、時には言語を教えて、仕事を探してひとり立ちできるようにサポートしてやり、リーが何でも屋のような仕事の傍ら、ボディーガードとして着いてくるのがよい、という結論に達してしまい、結局ずるずると今の体制に落ち着いてしまったのだ。

そして、落ち着いてしまったがために、ますますこの男は言葉少なくなって今では、私が挨拶を強制していなければ、本当に一月に一回くらいしか口を開かないのではないかというくらい無口になってしまった!


「リー、せめて、女子高生相手にはすごまないで!」

「?」

女子高生という単語が聞きなれなかったのか、リーが器用に右眉だけを持ち上げて、一緒に天を仰いでいた顔を私の方に向けてくる。

「未成年の子供の身分の一つよ」

中世ヨーロッパ末期のように王族が形骸化し、宰相や議員による議会政治が行われている国とはいえ、未だ根強く残る身分制度が、一番理解してもらいやすいかと引き合いに出して説明してやると、リーは理解した、というように頷き、直立不動のポーズで前を向き出した。

こめかみの頭痛を押さえつけながら、

「それ、怖いんだけど?」

と指摘してやると、素直にポーズを変えようとしたのか、座り込んで見上げてくるが、結局どのポーズであっても、怖いことに変わりはない。

どうしたものかとリーの口角を引っ張り上げていると、小屋のドアがそっと開き、女子高生が着替え終わって畳んだ制服を手に狭い隙間から体を滑り出させてくる。


その顔に涙の跡はあったものの、足取りもしっかりしているし、何よりその瞳に光が宿っていることを確認し、私は強い子だな、と思いながら、まずは上から下まで、私の簡易なシャツとパンツに身を包んだ服に不具合はなかったかさっと目を走らせた。

大丈夫そうなのは見て取れたが、話のきっかけにと、不都合はないかと尋ねると、大丈夫だということだったので、名前や年齢を聞き出し、場所を変えることを伝えた。

森美紀と名乗る、やっぱり女子高生だった、高2の彼女は、リーの馬の前に乗せられても怯えることもなく、気丈に振る舞い、街まで足を伸ばして、宿屋の下の酒場と食堂を兼ねた店に着いた時には、興味深そうに目を輝かせながら周りを見つめていた。食堂でこちらの料理を出した際には空腹だったのか、迷うことなく箸をつけて美味しそうに笑う姿を見ると、私の中には「ジェネレーションギャップ」という言葉しか過ぎらなかった!

適応力高いな、おい。

強面のリーに怯えないどころか、馬にも町並みにも驚かず、ご飯もバッチコイとか。

私だったら説明も少ないままこんな扱いをされていたら、最初の馬の段階でうろたえて逃げ出していたはずだ。


「さてと、落ち着いたところでどこから話そうか」

高校生を慮って口を開いたのだが、

「あ、異世界トリップですよね。分かります。私、大丈夫ですから」

突然向こうから告げられた言葉に口がぽかーんと開いてしまう。

うん、やっぱり、ジェネレーションギャップかな。

それとも、年齢の違いではなく、価値観の違いなのか。

言葉をつなげない私を尻目に、美紀が続ける。

「それで、愛梨さんは何をしてる人なんですか?異世界ナビゲーターってことはゲームのチュートリアルみたいな感じの人?」

呆然としながらも、首を横に振る。

「あ、いや、ゲームとは違って、ここで生活していってもらわないといけないので、何を出来るのかとか聞いて、こちらの世界の人とつなぎをつけたりとか、お仕事を斡旋したりとかそういうことをしているよ」

「チューターさんみたいな感じかぁ。異世界ってことは何でも出来るわけでも私がヒロイン!の漫画とかゲームってことじゃないの?」

漫画やゲームって、小説やそれこそ漫画じゃないんだから、そんなことはない。

というか、そういう話は聞いたことがない。

私の前にトリップしてきた人にも会ったし、あとにトリップしてきた人達とも交流を持ち続けているが、そんな波乱万丈な人生を送っている人に出会ったことなどない。

さりげなくお替りのお茶とデザートを注文している彼女の適用力の高さに自分は要らないんじゃないかと過ぎった思いも、その発想に彼女にこそ自分が必要だと己を戒める。

ゲームや漫画だと思って命を粗末にしたりしたら大変だ。

「魔法が使えたりとか出来ないの?」

「魔法は聞いたことがないな。今の所、日本以外の異世界から来た人たちにも使える人が現れていないなー」

リーが無言でお茶をすすりながら頷く。

「魔法ないんだーちぇー」

こちらの世界特有の白とピンクのプルプルしたデザートの最後の一口を掬い上げながら、美紀が口を尖らせた後、

「じゃあ!私、アサシンになりたい!」

吐き出した言葉に私が飲んでいたお茶を噴出しそうになる。

アサシンて!

女子高生!こわっ!!

「ないない、そんな仕事もない!というかあってもダメダメ!女子高生!」

必死で否定する私を尻目に、リーが爆弾を落とす。

「あるぞ。やりたいなら王子に紹介する」

「ちょっ!!」

平和な国から来た女子高生の現実を見ていない言葉に何を希望を与えているんだ!

リーを睨みつけるがちっとも気づいてくれない。

アサシンなんて仕事があることも、王子とリーが交流があるなんてことも私、知らなかったよ?!こちらの世界で働き初めて五年、まだまだ知らないことがあるんだと驚愕を覚えながら、とにかく驚くよりもこの展開を阻止するのが先だ!とリーの踵に全力で自分の踵を振り下ろす。

全力で足を踏まれたリーは訝しげに私を一瞬見下ろしたが、

「愛梨もアサシンになるか?」

と、頓珍漢な気遣いを見せてくる。

違う、全然伝わってない!

「女子高生のそんな希望を叶えないで!」

まだ子供なんだから!アサシンなんて言葉でいうほど簡単じゃないこと、分かってないんだから!と無言でサインを送るが、それも相変わらず伝わらないみたいで、

「今はそんなに仕事もないし、王子次第だから」

と、これまた、明々後日な方向の回答をくれる。


頭を抱えながら、とにかくアサシンについては預かります!と宣言をして美紀を二階の宿屋に放り込み、リーの耳を引っ張りながら食堂を飛び出す。

そろそろ慣れたと思っていた異世界生活。異世界ナビゲーターの仕事。まだまだ私が知らないことや、驚くことが隠されていそうです。今日はリーの必要な言葉が出てこない口をしっかり割ってやらないと!です。アサシンのこととか、王子のこととかね!もしかしたら、まさかの暗殺者=アサシンとは別のアサシンという仕事があるのかもしれないしね!

美紀の仕事や生活については、その辺りのことをしっかり話してもらったあと、本人も交えてもっとゆっくりじっくり決めていかないと。

平凡な日々が懐かしい気もする異世界ナビゲーター生活。波乱万丈は真っ平御免な私が何の因果か異世界でこんなびっくりな出会いを繰り返しているけど。これも日常。明日も続く不思議な毎日を乗り越えられるよう、ゆっくり大きく深呼吸をして、リーと暮らす我が家を目指すのだった。

空には大きな月が二つ瞬いていた。

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