第一話
「ベルちゃん、AI-On始めるんだー」
あたしの隣を歩く魔法使いの姿をした金髪の少女―プレセアは少し淋しげに言う。
「うん、何とか正式オープン記念の無料キャンペーンに当選したからね。」
「あれ? LoWをプレイしてるんだからベルはアドベント持ってるんじゃないのか?」
先頭を歩くイケメンの戦士―アルベルトはまわりを警戒しながら不思議そうにあたしに問いかける。
LoWは「Lord of World Online」の略で、あたしは今VRMMO-RPGの世界にいるのだ。
「えっと、今使ってるアドベントはあたしのじゃなくてお兄ちゃんのなの。そのお兄ちゃんがAI-Onをやるからアドベントを返せって言っててね。」
アドベントはAccess社より発売された世界初のVR機だ。
「Lord of World Online」は同じくAccess社より発売された世界初のVRMMO-RPGで、今では他に3つほどVRMMOが発売されている。
そして5番目のVRMMO-RPGのタイトルとして「Angel In Online」通称AI-Onが発表された。
あたしはその「Angel In Online正式オープン記念 無料プレイキャンペーン」に応募して見事当選したのだ。
お兄ちゃんがAI-Onをやるって言わなければキャンペーンに応募しなくてもよかったんだけどね。
「お兄さんも変わってるね~ アドベントがあるのにVRMMOをプレイしないなんてね。」
私と同じ僧侶―ルソックが疑問をぶつけてくる。
「んー、最初はLoWをプレイするつもりだったみたいだけど、なんか色々都合が付かなかったみたい。
で、あたしがその隙をついてプレイしちゃったもんだから返せとも言えなかったんだと思う。」
「あはは、優しいお兄さんじゃん。普通は兄の権限を使って返せって言いそうなもんだけどね。」
「なんか龍牙さんも同じこと言いそうだけどね。優しい心の持ち主は同じ優しい心の持ち主の気持ちを知るのかしら。」
殿を担当している戦士―龍牙さんが優しげな顔でお兄ちゃんを褒めると、プレセアも龍牙を褒める。
皆もうんうんと頷く。
長い間一緒にプレイしてきているので龍牙さんのお人よしな性格は皆が知っている。
皆で雑談してるうちに斥候に行ってた盗賊の影虎が戻ってきた。
「ん? 何だ? 何かあったのか?」
「うん、ベルちゃんAI-On始めるんだって。」
「お、ベルもAI-On始めるのか。」
「『も』ってことは影虎もAI-On始めるの?」
「おう、運よくAI-Onをゲット出来たからな。
俺はまた影虎の名前でプレイするつもりだが、ベルはまたベルファングの名前でプレイするのか?」
そう、あたしのLoWでのキャラクターネームはベルファングという名前なのだ。
最初はリアルの名前の鈴でベルにしようと思ったけど、さすがに誰でも思いつきそうな名前なので使用済みだった。
しょうがないからベルの後ろにいろいろ考えた結果がベルファングという名前なのだけど、周りには不評だったの。自分ではカッコいい名前だとは思うんだけど。
「ううん、今度は別の名前にするつもり。ベルの名前は使うけど、ベル何とかにね。」
「あーさすがに女の子の名前でベルファングはないよな~。最初聞いたときはびっくりしたよ。」
「うんうん、女の子なのに厳つい名前だもんね。ベルちゃんって時々ちょっとずれてるよね。」
「え? あたしって時々ずれてるの?」
「「「「「うん」」」」」
そ・そんな、龍牙さんまで一緒に頷いてる。
あたしの落ち込みを余所にリーダーの影虎が次の戦闘準備を勧める。
「さて、この先にボスがいるから準備しろよー。ベルも落ち込んでないで準備準備ー。」
「はーい。」
あたしたちは戦闘準備をして迷宮の奥のボスに立ち向かう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
あたしこと鳴沢鈴は恋をしている。
片思いの相手は同じクラスの大神大河君だ。
高校入学当初助けてもらったことがある。
その時のことがきっかけで大神君を意識するようになった。
気が付けば彼に恋をしていた。
大神君の外見は中の中といった感じで、カッコいいわけでもダメなわけでもなくごく普通の顔立ちだ。
ぱっと見た感じではスポーツをやるようなアウトドアなイメージを持つ。
けど実際はインドア派―ゲームオタクだったりする。
大神君は昼休みに入り友達と夏休みの計画を立てている。
あたしは友達3人とお昼の準備をしながら大神君の話に聞き耳を立てる。
「大河は夏休み何するんだ?」
「あー俺は夏休み中ゲーム三昧だな~ AI-Onをやる予定なんで。」
「マジか!? 噂のAngel In Onlineか!?」
「それはうらやましいな。」
大神君の友達が羨ましがってる。
そしてあたしは内心大喜びをしている!
そう、大神君もAI-Onをやるんだ!
もしかしたら一緒にプレイできるかもという期待が膨らむ。
「ち、リア充が。爆発しろ!」
「・・・ゲーム三昧なのにリア充なのか? なんか違うような・・・」
大神君の突っ込みにあたしも心の中で同意する。うん、それリア充と違うよ。
「おーい、それより食堂行こうぜー 腹減ったよー」
大神君たちはそのまま教室の外へ出ていく。
「ねえ、今室岡たちが話していたAngel In Onlineって面白いの?」
机を並べあってお弁当を食べている友達の一人の晶ちゃんが何が面白いの?といった感じで聞いてくる。
「面白いよ。VRMMO-PRGって言ってヴァーチャルリアリティー―要はゲームの中に入ってファンタジーを堪能することが出来るからね。それもネットを通じてみんなで一緒に遊ぶことが出来るんだ。」
「へーなんか面白そうね。鈴はそういうのに詳しいの?」
「詳しいも何もVRMMO自体はプレイしてるからね。今室岡君たちが話してたのはこの夏出る新しいやつ。であたしがしてるのは一番最初に出たやつ。まぁ、あたしもその最新のやつを夏休み中遊ぶ予定だけどね~」
「うわ、鈴って何気にオタクだよね。でも聞いた感じ面白そうだからあたしもやってみようかな~」
「あ~ 今からじゃ無理だと思うよ。ソフトは発売と同時に売り切れだと思うし、VR機そのものは50万もする高価品だからね。」
「ちょ! 50万もするの!? 何それ高すぎ! 贅沢な遊びね・・・」
晶ちゃんは驚くやら呆れるやら脱力してる。
まぁ、最新技術を駆使してるんだから高いのはしょうがないんだけどね。
「もう少し早ければ無料キャンペーンに応募できたんだけどね。」
「え? ただで出来るの?」
「うん、一か月間だけね。」
「うーん、それは惜しいことをした~ 鈴!なんで教えてくれなかったのよ!」
「え? 聞かれなかったし?」
「鈴の裏切り者~」
晶ちゃんの突っ込みにあたしは笑いながら返す。
「ねぇ、鈴ちゃんはそのゲームに詳しいのよね?」
斜め向かいに座っている綾ちゃんがちょっとためらいがちに聞いてきた。
「詳しいというか、大体はね。プレイできるのは夏休みからだし内容までは詳しくはないけど、PRGだから大体似たり寄ったりするから何となくはね。
綾ちゃん、何かあるの?」
「うん、あたしもAngel In Onlineを遊ぶの。だからね。」
「え? 遊ぶって今鈴が言ってたVR機とかどうすんの?」
晶ちゃんが当然の疑問をぶつける。
「この前あたしの誕生日だったでしょ? その時に親からAngel In OnlineとVR機を買ってもらったの」
「ちょ! 50万もするVR機を誕生日プレゼントって・・・羨ましすぎる・・・」
晶ちゃんは羨望のまなざしで綾ちゃんを見る。うん、あたしも羨ましく思う。
「綾ちゃん、それじゃあ一緒にプレイしよ。そっちの方がいろいろ教えれるよ。細かい打ち合わせはあとでね。」
「うん、鈴ちゃんありがとー」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
夏休みに入りあたしはAngel In Onlineの正式オープンを今か今かと待ち望んだ。
無料キャンペーンの指定された日時―7月31日までに夏休みの宿題を一気に片づけてから指定されたビル―改装されたビジネスホテル―に行く。
受付をしてから説明会が開かれる。
説明会では長時間のプレイはしないようにとか、食事は24時間バイキングとかのプレイ時の注意事項とこのビルの施設について説明される。
VR機アドベントには生命維持装置が付いているので長時間のプレイをしていても問題はないんだけどね。注意事項についてはお約束というかなんというか。
バイキングで食事をとったあとオープンβ時の攻略情報をチェックしていく。
Angel In Onlineのキャラメイクのほとんどがランダムで決定されるので、重要なのはその後の職業の職スキルとは別のサブスキルの育て方が重要になるらしい。
前日に出来ることはたかが知れてるので今日はこれくらいにして明日に備えて早めに就寝する。
朝食を終えて正式オープンの10時になったのと同時にログインをする。
AI-Onのキャラメイクフィールドに降り立つと同時に身体がランダムで決まる。
あたしの外見は身長はリアルと同じくらいの162cmくらい、髪は金髪のセミロング、体形もリアルと同じ感じでやややせ形となっていた。
「うん、いい感じじゃない。これなら違和感なく動けそう。」
VRではリアルと身体に差があると慣れるまで時間が掛かったりする。
適応力のある人はすぐに慣れるらしいけどね。
次に名前の入力だけど当然のごとくベルの名前はもう使用済みだったりする。
「う~ん、10時即ログインしたけどやっぱりだめか~。しょうがない別の名前にしようか。」
あらかじめ用意していた名前を入力していく。
ベルル、ベルナ、ベルナッツ、ベルファング―全部が使用済みになっていた。
「ちょっとー、ベルファングまで使用済みってどういうことー?」
まさかのベルファングまで使用済みとは思わなかった。
「むー、じゃあこれならどう!?」
入力した名前はベルザ。
うん特に意味はないよ? 響きのいい名前を選んだだけだし。
ベルザの名前は無事取得することが出来た。
「よし、じゃあ残りはちゃっちゃと決めちゃいますか。」
次に職業がランダムで決まる。
あたしに設定された職業は〈僧侶〉だった。
LoWでも僧侶をしていたのであたしにとってはやりやすい職業だ。
職業決定と同時に手に杖が現れる。
職業の次がサブスキルの決定だ。
〈火属性魔法Lv1〉〈詠唱破棄〉〈雷属性付与魔法Lv1〉〈体力増加〉〈短剣Lv1〉
とんでもないサブスキルが決定されてた。
AI-Onではそれぞれのスキルに戦技・魔法が設定されている。
剣スキルなどの物理系スキルには必殺技―戦技が。
火属性魔法スキルには魔法系スキルには魔法を。
戦技は思考操作で発動し、魔法は呪文詠唱で発動する。
〈詠唱破棄〉は呪文詠唱をしなくても即時発動できるので魔法職系にとっては超便利スキルだったりする。
オープンβ時にも〈詠唱破棄〉スキル持ちが居たらしくチート並みだと攻略wikiに載っていた。
「しかも回復職にとってはピンチ時に即時発動できるのは魅力的。いいスキル手に入れたわ~」
気分を良くしたあたしは続けて最後の生産職スキルを決める。
〈錬金術〉〈木工〉〈薬師〉
うん、錬金術のスキルが手に入ったのは嬉しいな。攻略wikiに生産には錬金術が随時必要と載ってたしね。
「さて、これで全部決まりだし本格的にゲームスタートしますか。」
―それでは「Angel In Online」をお楽しみください―
あたしはそのアナウンスを聞きながらAngel In Onlineの世界に降り立った。