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教授と猫  作者:
1/1

教授は猫のことを知らない

「たまにはご馳走するよ。」

 そう言って彼女を連れだした。


 彼女はルールに則って、毎日根気よく俺を起こし、夜になればしっかりと夕飯を――朝はコーヒーだけ、昼は大学で食べる――作っている。だから、たまには学生たちの言う“イイトコロ”に連れていってやろうと思ったのだ。ある女子生徒いわく、夜景の見えるお洒落なレストランでコース料理が理想!だそうだ。

 別に、彼女に自分を好いてもらいたいという欲求からの行動ではない。飼っている猫にボールのおもちゃを与え、楽しそうにそれを追い掛け回すのを眺めたいような、と表現するのがこの感覚に一番近いのかもしれない。しかし、この表現もなんだか卑猥に聞こえてしまうため実に悩ましい。


 大学の研究室で待ち合わせてからタクシーを拾い、イタリアンレストランに向かう。

「予約していた者ですが・・・、」と店先で言えば、予約してくれてたんですね!というあの女子生徒のようなきらきらとした表情を浮かべるでもなく、憮然とした態度で店内を観察していた。

席に案内され、向い合って座り、ふと彼女の服装を見やればいつもと違う服装であることに気づいた。しっかりと軽いフォーマルな服装を装ってきたのか、と少し驚く。俺はいつも通りスーツだったから服装なんぞ気にもかけなかったが、言わずともちゃんと準備できるのは評価すべき点である。

ワインはいかがなさいますか?とソムリエがメニューを携えて尋ねにきた。


「白?それとも赤?」

「好きなのを選んでいいんですか?」

「どうぞ。」

「じゃあ、チェレット モンソルドをお願いします。」


 彼女は俺に見せたこともない上品な笑顔でソムリエに注文した。ソムリエもこのような小娘がメニューも見ずにワインを頼んだことには度肝を抜かれたはずであるが、そこはさすが高級レストラン。かしこまりました、と表情ひとつ変えずに奥へ消えていった。

 しかし、やはりソムリエもそれなりに驚いていたようで、俺よりも高貴に佇む彼女にワインテイスティングをさせていた。それに対して、彼女はグラスをくるくると回すことや匂いを嗅ぐ仕草をすることもなく、無駄のない動作で一口味見をし、ニコリと笑顔を携えてグラスを返す。そのあとも華麗にナイフとフォークを使い料理に舌鼓を打ち、ワインを嗜んでいた。店先で憮然な態度だと感じたけれど、あれは高級レストランに怯んでいないだけだったのかと気づいた頃には、彼女は2本目のワインを注文しているところだった。


 家賃や食費を浮かせたいから俺の部屋に転がり込んでいるはずだが、こんな場所で慣れた仕草をするところを見るに、本当はイイトコのお嬢さんなのだろうか。お金が無いふりをして赤の他人の生活を観察するのを楽しんでいるのだろうか。

 猫の飼い主が、自分が家にいない間の猫の姿を知らないように、俺は彼女のことをなんにも知らない。そのことに気づいたのが今日の収穫のようだ。



 レストランを出て、夜道を楽しそうに歩く彼女の後ろをついていく。

突然、くるりとこちらを振り返り、口を開いた。

「今日はありがとうございました。とても美味しかったし楽しかった!」

あの、ソムリエに見せていた上品な笑顔とともに。今日の収穫は2つである。


朝に弱い教授と朝に強い猫ちゃん。

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