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いちわ



今日、私は嫁ぎます。



それは私が14歳を迎えた、3日後のことだった。


1人の見送りもない門出。

見栄えばかりにこだわった乗り心地の悪そうな馬車には、数匹の小鳥が置物のように止まっている。

馬を引く従者、着てるものは美しいが、中身は奴隷身分の者だろう。

袖から見える手首には鎖のあと。

目には生気がなく、彼もこの旅路が死地へのものだということを理解しているのだろう。

まだ若いというのに。

そんなことを考えていたら、いつの間にか足が止まっていたらしい。

隣から聞こえた小さな舌打ち。


「あほう、止まんな。蹴り上げんぞ」

「はい」

「かーっ、その陰気くさいツラ。えぐりたくなるからやめえ」

「…申し訳ありません」


低く脳天を犯す声。

もう1人の従者、こちらは護衛のような役目を負う若者。

あの兵士とお揃いの灰色の瞳、あの兵士とは反対の視線。

妙な訛りがあるのは、彼がこの国の者ではないからだ。

敗戦国の移民。

この国での彼らの地位は低く、故にこうしてここにいる。

私の見張りをやっていたばかりに。


私は刺激しないよう、ゆるゆると再び歩き出す。

両手で抱え込むようにもつ、場違いなほどに陽気な赤が、楽しそうにぶつかり合った。

透明なガラス瓶の中で。

私が望んだ、唯一のもの。


「お願い致します」


乗り込む直前、かけた言葉は届かない。

彼はどこか一点を見つめ、ブツブツと呟いている。


「はよう」


ドン、手荒く押され、たたらを踏む。

見苦しくないよう立て直し、窓側に座った。

彼は私の隣にも前にも座らず、一番離れた斜め向かいに乱暴に腰を下ろした。


「…あなたも、お願い致します」

「言われずとも、仕事やから」


嫌悪感を視線や口調、態度で示してくる彼。

それでも無視だけはしない。

私にはそれが嬉しかった。

返ってくることが嬉しかった。

そんな資格もないというのに。

きゅっと、瓶を抱きしめる。


ねえ、聞こえる?

あなたが死んでも、私は生きている。

あなたが死んだのに、私は生きているんだわ。

もういい?

消えたいの。

あなたと一緒のところには行けないだろうけど。

消えたいの。



「殺せ、でなければ死ね」



父は、私を欠片でも愛してくれただろうか。

一瞬だけでもいいから。




たった3人の旅路。

すれ違う人々は誰も、王族が乗っているとは微塵も疑わない。

窓から見える街並みは、何一つ狂いもなく動いているように見えた。

私には楽でいい。

1人にして欲しい。


しかし、相手国からしてみれば、無礼とも非礼とも侮辱ともとれる行い。

侮られたと、すぐ様切られてもおかしくはないのだ。

父はそれを望んでいるのだろう。

喜び勇んで、戦争をけしかけるに違いない。

殺し合う理由が、欲しくて欲しくて仕方がないのだから。


かたん、かたん。

緩やかなリズムを刻み、死へ向かう。


「…あなた、名前は」


彼は怪訝そうに眉根を寄せる。

ごめんなさい。

誰かと話したい。

そう、思ってしまった。


「教えてなんになるん」


彼は吐き捨てるように答える。

その通りだと、私だってわかるのに。


「…覚えます」

「すぐに死ぬやろ」

「ええ」

「お前のせいや」

「はい」


彼は一瞬こちらを振り向き、苦い物でも食べたかのような渋面を作り、頭をがりがりと掻いた後。

反対の小窓へ視線を戻した。

訪れる沈黙。

景色が街からだいぶ離れた頃。


「ユウリや」


ポツリ、漏れた言葉。

そして


「お前のせいやからな」


と。

念を押すように続けられた言葉。


「はい」


私は胸に刻むように頷く。

その通りです。

私はあなた達をも死へと導く。

ごめんなさい。

ごめんなさい。

1人がいいと言いながら。

1人じゃなくて安心してる。

怖い怖い怖い、それだけの理由で。

ごめんなさい。

汚い。

汚いな私。

知ってた。

知ってたよ。


ねえ。

ねえ。

聞こえる?

わかってる。

わかっているの。

でも。

でもね。


もう一度だけ、あなたに会いたい。


私、名前も聞かなかったの。


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