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雨の日だけ、君は優しい

作者: 星恋 hosiko
掲載日:2026/05/16

 雨の日って、少しだけ昔のことを思い出しやすくなる気がします。


 嫌だった記憶とか、言われて忘れられない言葉とか。

 でも同時に、誰かの優しさも静かに残っていたりする。


 このお話は、

「嫌いだった時間が、誰かのおかげで少し変わっていく」

そんな小さな恋愛を書きたくて生まれました!


 肩の力を抜いて、

 雨音を聞くみたいな気持ちで読んでもらえたら嬉しいです。

雨の日が嫌いだった。


 制服の裾は濡れるし、髪はうねるし、教室は湿った匂いがする。


 なにより、雨の日はいつも思い出す。


 去年の春、私は好きだった人にふられた。


「ごめん。そういう目で見たことない」


 その言葉は、今でも雨音に混じって耳の奥で鳴る。


 だから私は、雨の日だけ少し機嫌が悪い。


 友達にも「今日、顔こわいよ」と言われるくらいには。


 そんな私に、毎回かまってくる人がいた。


「朝倉さん、傘忘れたの?」


 放課後。


 昇降口で空を睨んでいた私に、後ろから声がかかった。


 振り返ると、同じクラスの瀬戸くんが立っていた。


 背が高くて、いつも眠そうで、授業中は窓の外ばかり見ている男子。


 特別仲がいいわけじゃない。


 なのに瀬戸くんは、雨の日になると必ず私に話しかけてくる。


「忘れてない。持ってくる気がなかっただけ」


「それ、忘れたより悪くない?」


「うるさい」


 私は靴箱からローファーを出した。


 外はざあざあと降っている。


 校門まで走れば、たぶん三十秒。


 家まで走れば、たぶん十五分。


 最悪だった。


「入ってく?」


 瀬戸くんが、透明なビニール傘を少し持ち上げた。


「……いい」


「強がり?」


「違う」


「じゃあ、修行?」


「違う」


 瀬戸くんは、ふっと笑った。


 その笑い方が、雨の日の空気に少しだけ合っていた。


 やわらかくて、静かで、押しつけがましくない。


「じゃあ、俺が勝手に横歩く」


「なにそれ」


「傘の範囲に入るかどうかは朝倉さんの自由」


 そう言って、瀬戸くんは私の隣に立った。


 私はため息をついた。


「意味わかんない」


「よく言われる」


「でしょうね」


 結局、私は傘に入った。


 肩が少し触れそうなくらいの距離で、私たちは校門へ向かって歩いた。


 雨粒が傘を叩く音だけが、やけに大きく聞こえた。


「朝倉さんってさ」


「なに」


「雨の日、いつも怒ってるよね」


「怒ってない」


「じゃあ、世界に文句言ってる顔してる」


「それは合ってる」


 瀬戸くんはまた笑った。


 私は横目で彼を見た。


「瀬戸くんは雨、好きなの?」


「うん」


「変わってる」


「雨の日って、みんな少し静かになるから」


「……静かなのが好きなんだ」


「うん。あと、朝倉さんがゆっくり歩く」


 心臓が、一瞬だけ変な音を立てた。


「なにそれ」


「晴れの日の朝倉さん、歩くの速いから。話しかける隙がない」


 瀬戸くんは前を向いたまま言った。


 冗談みたいな声だった。


 でも、目元は少しだけ真面目だった。


 私は返事に困った。


 雨の日が嫌い。


 それは変わらない。


 でも、その日から雨音の中に、瀬戸くんの声が混じるようになった。


 次の雨の日も、瀬戸くんは傘を差して待っていた。


「また傘忘れた?」


「持ってる」


「じゃあ、今日は俺が忘れた」


「持ってるじゃん」


「心の傘を」


「意味わかんない」


 そんな会話をしながら、一緒に帰った。


 その次の雨の日も。


 また次の雨の日も。


 私たちは、雨の日だけ一緒に帰るようになった。


 晴れの日は、ほとんど話さない。


 教室で目が合えば、瀬戸くんが小さく手を振る。


 私は気づかないふりをする。


 でも雨が降ると、昇降口に瀬戸くんがいる。


 それが少しずつ、当たり前になっていった。


 嫌いだった雨の日を、私は待つようになっていた。


 そんな自分に気づいたとき、少し怖くなった。


 また好きになったら、また傷つく。


 そう思った。


 去年の言葉が、まだ胸に刺さっている。


 ごめん。


 そういう目で見たことない。


 誰かを好きになるのは、楽しいことばかりじゃない。


 相手の何気ない言葉ひとつで、一日中浮かれたり沈んだりする。


 自分の心なのに、自分で持てなくなる。


 それが怖かった。


 だから私は、ある雨の日、瀬戸くんを避けた。


 昇降口に彼の姿を見つけて、反射的に裏口へ向かった。


 傘を差して、一人で帰った。


 雨は冷たかった。


 でも、それより胸の奥が重かった。


 翌日。


 瀬戸くんは何も言わなかった。


 いつも通り眠そうな顔で、窓の外を見ていた。


 その横顔に、少しだけ安心して、少しだけ寂しくなった。


 そして放課後、また雨が降った。


 私は昇降口で立ち止まった。


 瀬戸くんはいなかった。


 それだけで、胸がぎゅっと痛くなった。


「……なに期待してんだろ」


 小さくつぶやいて、靴を履き替えた。


 外へ出ると、雨は昨日より強かった。


 傘を開こうとした瞬間、後ろから声がした。


「今日は逃げないんだ」


 振り返ると、瀬戸くんがいた。


 髪が少し濡れている。


 息も少し上がっていた。


「……いたの」


「いたよ。朝倉さんがまた裏口から帰ったら困るから、今日はこっちで待ってた」


「なんで」


 思ったより、きつい声が出た。


「なんで、そこまでするの」


 瀬戸くんは黙った。


 雨が地面を叩いている。


 私の手の中で、傘の柄がぎゅっと鳴った。


「雨の日だけ優しくされると、勘違いする」


 言ってから、しまったと思った。


 でももう止まらなかった。


「晴れの日は普通なのに。雨の日だけ待ってて、一緒に帰って、変なこと言って」


 喉が熱くなる。


「そういうの、期待するからやめて」


 瀬戸くんは、少し目を見開いた。


 それから、困ったように眉を下げた。


「ごめん」


 その言葉に、胸が冷えた。


 まただ。


 また、ごめん。


 私は笑おうとした。


 でも、うまく笑えなかった。


「別に。私が勝手に」


「違う」


 瀬戸くんが、私の言葉を遮った。


「ごめん。朝倉さんにだけ伝わってないと思わなかった」


「……え?」


「俺、雨の日だけ優しくしてるつもりじゃなかった」


 瀬戸くんは、まっすぐ私を見た。


 いつもの眠そうな目じゃなかった。


「晴れの日も、話しかけたかった。でも朝倉さん、すぐ友達のところ行くし、歩くの速いし、なんか忙しそうで」


「そんな理由?」


「俺には大問題」


 少しだけ笑いそうになった。


 でも、涙のほうが先に出そうだった。


「じゃあ、なんで雨の日なの」


「朝倉さんが、雨の日にすごく寂しそうな顔してたから」


 息が止まった。


「怒ってるんじゃなくて、寂しそうだった」


 瀬戸くんは、傘を差さずに立っていた。


 雨が彼の前髪から落ちていく。


「最初は、ただ気になっただけ。でも一緒に帰るようになって、もっと話したいって思った」


「……それって」


「うん」


 瀬戸くんは、少し照れたように目をそらした。


「好きってことだと思う」


 雨音が遠くなった。


 世界から音が抜けて、瀬戸くんの声だけが残った。


 好き。


 その言葉は、怖い。


 でも、こんなに優しい形でも届くんだと思った。


「私、雨の日嫌いだった」


「知ってる」


「去年、ふられたから。雨の日に」


「うん」


「だから、また誰かを好きになるの怖い」


「うん」


 瀬戸くんは急かさなかった。


 答えを求めるみたいに見つめてもこなかった。


 ただ、雨の中で待ってくれていた。


 私はゆっくり息を吸った。


「でも」


 声が震えた。


「瀬戸くんがいる雨の日は、少し好きだった」


 瀬戸くんの表情が、ふわっとほどけた。


 その顔を見た瞬間、胸の奥にあった固いものまでほどけてしまった。


「じゃあ、晴れの日も話しかけていい?」


「……急にたくさんは無理」


「少しずつ?」


「うん。少しずつ」


「じゃあ明日、朝おはようって言う」


「それくらいなら」


「昼も言う」


「それは多い」


 瀬戸くんが笑った。


 私も少し笑った。


 雨はまだ降っていた。


 でも、さっきまでより冷たくなかった。


 瀬戸くんが傘を開く。


「入る?」


 私は、自分の傘を持っていた。


 なのに少し迷って、それから自分の傘を閉じた。


「今日は、入る」


 瀬戸くんは何も言わず、傘を私のほうへ傾けた。


 そのせいで彼の肩が少し濡れた。


「瀬戸くん、濡れてる」


「平気」


「平気じゃないでしょ」


 私は傘の柄に手を添えて、真ん中に戻した。


 肩が触れた。


 今度は、避けなかった。


 雨の日が嫌いだった。


 でも今は少しだけ思う。


 明日が晴れでも、雨でもいい。


 瀬戸くんが「おはよう」と言ってくれるなら。


 私はきっと、その日の天気を少しだけ好きになれる。

 最後まで読んでくださって、ありがとうございました!


 派手な事件が起こる物語ではないけれど、

 “誰かと並んで帰る時間”って、恋愛の中ですごく特別だと思うんです。


 好きって、

 大きな告白より先に、

「今日は一緒に帰れるかな」

みたいな気持ちから始まることがある。


 瀬戸くんは、ぐいぐい引っ張るタイプではなく、

 相手の心の温度をちゃんと待てる人として書きました。

 朝倉さんも、傷ついた経験があるからこそ、簡単には恋に飛び込めない。


 だからこそ最後、

 “同じ傘に入る”

という小さな行動が、二人にとってはかなり大きな一歩だったりします。


 もしこのお話を少しでも好きだと思ってもらえたなら、とても嬉しいです。

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