虚無を越えた始まり
純粋な魔力と完全に同化したあと――
ユサカは、何もない場所へと落ちていく感覚を覚えた。
なぜなら、
純粋な魔力の正体とは――“無”そのものだったからだ。
「……俺は、転生するのか……?」
ユサカは小さく呟いた。
「ステータス、オープン」
その言葉と同時に、視界に画面が展開される。
名前:黒瀬ユサカ
クラス:堕ちた勇者 → 【一なる支配者】
種族:未定義
ステータス画面:閲覧不可
理由:対象は宇宙法則の外に存在するため
転生:Yes / No
「……これが、今の俺のステータスか……?」
「最初に召喚された時は、
もっと膨大な数があったが……」
「もう、どうでもいい」
ユサカは静かに呟いた。
声は落ち着いていたが――
心の奥にある空虚は、癒えていなかった。
ユサカは【転生:Yes】を選択する。
転生種別
・人間
・非存在体
「一なる支配者であっても……」
「俺は、感情を感じたい」
そう呟き、ユサカは【人間】を選んだ。
権能配分
・権能レベル:測定不能
・【一なる支配者】を保持
・【一なる支配者】を四つの宇宙断片に分割
ユサカは、ケゼイオスに告げた言葉を思い出す。
――五百年後に戻る、と。
「……数年増えたところで、大した違いはない」
「だが……この虚無を埋めるには、足りるのか……?」
ユサカは呟き、
【権能を四つの宇宙分割へ】を選択した。
世界選択
・自ら創造した世界
・既存の特定世界
ユサカは【自ら創造した世界】を選んだ。
「特定の世界に転生して……
いったい、何の意味がある?」
転生方式
・ランダム
・固定
「……ランダム、か」
「それなら……時間ができる」
「……自分自身と向き合うための時間が」
ユサカはそう呟き、【ランダム】を選択した。
システムは、一瞬だけ躊躇した。
――だが、
【一なる支配者】の選択を拒むことはできなかった。
ユサカは、転生した。
五百年後――
澄み渡る青空を、白い雲がゆっくりと流れていく。
穏やかな風が大地を撫で、
黄金色の作物が広がる畑が、どこまでも続いていた。
その一角に、
木製の柵と小さな庭に囲まれた、
二階建ての家が建っていた。
その家の中で――
ひとりの子供が、生まれた。
「生まれたのか!?」
男が部屋へと駆け込んできた。
汗に濡れた手。
喜びに満ちた表情。
「あなた……男の子よ」
女性は柔らかく微笑んだ。
その瞳に浮かぶ涙は、悲しみではなく――温もりだった。
赤子は、ゆっくりと目を開ける。
――俺は……転生したのか?
赤子は、心の中でそう思った。
男は、そっと子供を抱き上げる。
「ありがとう、ヘリ」
幸せに満ちた声で、
子供の母へと告げた。
「名前……どうする、ヴェン?」
母――ヘリが尋ねる。
二人の視線が重なり、
そこには温かな希望があった。
――名前……?
新しい……名前?
赤子は、静かに考える。
ヴェンは、子供の瞳を見つめた。
「……クロセはどうだ?」
穏やかで、幸せに満ちた声だった。
――クロセ……?
――前の、俺の姓……?
信じられない想いが、胸をよぎる。
「あなたと同じ、黒い瞳だから?」
ヘリは微笑みながら言った。
そして額に手を当て、くすりと笑う。
「本当に、単純なんだから」
「し、仕方ないだろ!」
ヴェンは照れながらも、幸せそうだった。
……いいな。
……俺は、凛と……
こんな未来を……
赤子は、心の奥で呟いた。
「でも……だからこそ、あなたと結婚したのよ」
ヘリの声は、人生そのものの幸福に満ちていた。
二人は笑い合った。
そこへ――
一人の女性が、部屋に入ってくる。
ヘリは、赤子を抱いたまま振り向いた。
「クロセ、って名前なのね?」
落ち着いた声。
穏やかな微笑。
――誰だ……?
赤子は、内心でそう思う。
「ええ。いい名前でしょう?」
ヘリは、優雅に微笑んだ。
「わざわざ村から来てくれてありがとう、レナ」
ヴェンが告げる。
「気にしないで」
レナは静かに答えた。
「ヘリは、私の友達だもの」
「ねえ、ヘリ」
「母親になった気分は、どう?」
少し楽しげに、レナは尋ねた。
「……正直、まだ分からない」
「でも……とても温かいの」
ヘリは、幸せそうに微笑んだ。
「そう……」
「この子が、あなたたちのように立派に育つといいわね」
――立派……?
赤子は、信じられない気持ちで呟いた。
やがて、まぶたが重くなり――
クロセは、眠りについた。
一年後――
陽の差し込む家の広間。
クロセは、よちよちと歩いていた。
「あなた、見て!」
「一人で歩いてる!」
ヘリの声は、喜びに弾んでいた。
「一歳で歩けるなんて……!」
「さすが、俺の息子だ!」
ヴェンは誇らしげだった。
クロセは、ゆっくりとヘリへ歩き、
彼女に抱き上げられる。
――記憶が……少しずつ、戻ってきてる……
「言っただろ、ヘリ?」
ヴェンは笑う。
――でも……まだ、分からない……
「この子は天才になる!」
――俺は、ユサカ・クロセだ……
「ええ!」
――でも……なぜ、転生した……?
答えは、まだなかった。
さらに一年後――
夜。
満月が、静かに空を照らす。
ヘリはベッドに横になり、
クロセを胸に抱き、本を読んでいた。
「クロセ、聞いて」
「五百年前――
異世界から召喚された勇者が、
人類を魔族から救ったの」
……それは、俺だ。
「勇者の名は、ユサカ」
「そして、彼と共に召喚された者もいた」
クロセの胸が、重くなる。
「長い年月、二人は共に戦った」
――だが。
「魔王が現れた戦争で、
人類は敗北し……
勇者の仲間は、行方不明になった」
――行方不明……?
胸が、痛む。
「だが数年後、
ユサカ様は、たった一人で魔王を討った」
「人類に、幸福をもたらした」
……代償は、あまりにも大きかった。
「その後――
残っていた神々も、次々と姿を消した」
「理由は、分かっていない」
怒りが、胸の奥で静かに燃える。
「世界が崩壊しかけた時――
ユサカ様は再び現れ、世界を救った」
クロセは、かすかに笑った。
「そして――
グレイター・アンヴィシア帝国が誕生した」
「ユサカ様は、絶対君主となった」
――人類の希望……?
「だが……
数か月後、ユサカ様は姿を消した」
「五百年後に転生すると言われている」
「人類は、今も待っている」
ヘリは本を閉じた。
「さあ、寝ましょう」
クロセを寝かせ、
彼女の手が止まり――
やがて眠りに落ちた。
クロセは、目を閉じなかった。
――全部、思い出した。
――過去も……
――転生した理由も……
だが――
月明かりのバルコニー。
凛との約束。
……話したくない。
それは――
愛と願いが生んだ、
ただの、悲しい物語だから。




