0.5畳の神隠し
扉を閉めて鍵をかける。そこは家の中で唯一、誰の目も届かない場所だった。
幼い体で「ふんっ」と力む。ただそれだけのことが、時として未知の領域への入り口になる。
不意に訪れる、あの浮遊感を帯びた感覚。
それは単なるめまいなどではなく、自分の存在という糸がぷつりと切れて、見知らぬ場所へ放り出されるような予感だった。
大人たちは笑い飛ばしてしまう内容であっても、一人の子供がどれほど切実に自分の輪郭を繋ぎ止めようとしていたか。これは、その静かな記憶の記録。
狭い個室、純白の便座。そこは誰にも邪魔されない場所であり、同時に世界からもっとも切り離された閉鎖空間であった。
身体に力を込め、内なる戦いに没頭する。腹の底に熱が溜まり、血管が脈打つ。その生の活動が頂点に達した瞬間、不意に重力が消えたように世界が曖昧になるのだ。頭の芯から血の気が引き、意識の輪郭が溶け出すような感覚。さっきまで確かに感じていた自分の肉体の重みが、霧散していくのだ。
それが生理現象だと知る由もない当時の幼い私にとって、感じる浮遊感は、この世から離れてしまうことを告げる予兆だと確信していた。
息を止めて踏ん張った代償として訪れるその数秒間、自分という存在のスイッチが誰かの気まぐれで消されてしまうような恐怖。もしこのまま自分が消えてしまっても、扉の向こうの世界は何事もなかったかのように動き続け、夕食の匂いやテレビの笑い声が溢れるのだろうか。
そんな、宇宙に放り出されたような根源的な孤独を感じていた。
やがて意識がゆっくりと元の場所に着地したとき、手足に感じる確かな冷たさと、額に浮かんだわずかな汗が、自分がまだこちら側に留まっていることを教えてくれていた。
あれから長い時間が経ち、私は今あの頃よりも強くそして賢くなった。
理屈を知り、仕組みを覚えた。
それでも、ふとした瞬間にあの浮遊感がやってくると、心の一番深いところがざわつく。
大人になった私は、もうあの日ほど無防備ではない。
けれど、今でも時々、自分という存在が足元から霧のように消えてしまいそうな、あの頼りなさをどこかで抱えて生きている。




