第九章 浄化の炎
大総統府、祭壇前。
祈りを終えたリゲルたちの頭上に、天を裂いて炎神エセリアルが降臨した。
存在するだけで空間を歪め、光さえも焼き尽くすその神威を前に、魔王軍は恐怖に凍りついた。
「こっ……攻撃開始ぃ!目標エセリアル!何としても奴を倒せっ!」
魔族の指揮官の、死に物狂いの号令が飛ぶ。
トロールの投石機から放たれた鉄塊と、オーガの弩砲から放たれた氷の大槍が空を埋め尽くした。
だがそれらは、炎神に触れることさえ許されず、鉄塊は溶け落ち、氷の槍は瞬時に蒸発していった。
ドゴオォォン…!
外れた鉄塊は城壁をいとも簡単に破壊し、大槍は城壁を軽々と貫き、凍結させていった。
エセリアルは、感情の欠片もない瞳を魔族に向け、右手をかざした。
その掌に燃え盛る50の星々が集約され、不気味な高熱を孕み始める。
大地が煮えくり返るような灼熱の中、エセリアルは静かに、右手を横に一閃した。
ーーその刹那ーー。
全ての音が消え、世界は白光で塗り潰された。
魔族の怒号も、城壁が瓦解する音も、心音さえも消えた数秒の静寂。
ドォォォォォォォン……ッ!!
直後、鼓膜を突き破らんばかりの衝撃が大地を覆った。
大気が悲鳴を上げ、天を割るような大轟響が押し寄せた。
大地が狂ったように震え、城壁の外側に広がる森も、岩山も、そして魔族の軍勢も、一瞬にして巨大な炎の渦に呑み込まれていく。
空には、キノコ状の巨大な雲が不気味にそそり立った。
塵すら残さず、瞬時に呑み込まれた魔族は幸運だったのかもしれない。
僅かに生き残った魔族たち…。
ある者は熱線により全身が焼け爛れ、皮膚が剥げ落ち、激痛にのたうち回る。
またある者は強烈な爆風により身体を引き裂かれ、肺を焼かれ、呻き声を上げる。
そこには阿鼻叫喚の地獄絵図が展開していた。
エセリアルは、焼け爛れた大地と魔族たちの呻きを一瞥した後、無言で虚空へと消えていった。
シキシマ国民たちに助かったという安堵は微塵も無く、そのあまりにも無慈悲で理不尽な力に怯え、震え上がった。
リゲルは祭壇に膝をついたまま、茫然と焼け焦げた地平線を見つめていた。
彼に届いたのは、数万の生命が絶たれた肉の焦げる臭いに、シキシマ国民の悲鳴、そして苦痛にのたうち回る魔族の絶叫だった。
「この惨状……俺は本当に、正しかったのか……? 彼女たちを、本当に守れたと言えるのか……?」
震える肩に、アンタレスがそっと手を置いた。その手もまた、小刻みに震えている。
「……リゲル様。もう、これしか……これしか、方法が無かったんです……」
アンタレスは口元に手をやりながら、さめざめと泣いていた。
シキシマには、勝利に沸く喜びや歓声など、どこにもなかった。
ただ、白い灰が雪のように、静かに降り始めていた。




