第八章 双魔の侵攻
遥か北の地平線から、大地を根底から揺さぶるような重低音が響き渡った。
直後シキシマの空に、国家存亡の危機を告げる紅色の信号弾が幾条も放たれる。その光は、平和に倦んでいた街を血のように染め上げた。
第三隔壁の監視塔から届いた伝令は、もはや絶望そのものだった。
「ト、トロールおよびオーガの大群を確認……! 正確な数は不明ですが、最低でも6万規模! 大型投石機、氷の弩砲を多数展開中ッ!」
観測手の震える声が広場に響き、聖衛騎士団の面々に死の静寂が広がった。誰もが息を呑み、血の気が引いた顔を見合わせる。
「……仕方ありません。エセリアルの顕現を急ぎましょう。リゲル様、私もお供します!」
副官アンタレスの叫びに、リゲルは強く唇を噛み、頷いた。
「やむを得ない……行くぞ!」
2人は愛馬を引き、大総統府へ直通する緊急用通路をひた走った。
馬蹄が石畳を叩く度、リゲルの鎧が鳴り、アンタレスのローブが風になびく。
緊急用通路を抜け、大総統府前に辿り着くと…そこには倫理の光のメンバーたちが大挙して集まっていた。
「…また、あの炎神を召喚させるつもりだろう?それだけは絶対に許されない!」
プロキオンが一歩前に歩み出て、リゲルたちを睨み付ける。
「お願いだプロキオンさん…事態は一刻を争うんだ、道を開けてくれ!」
「今こそ絶好の機会なんだ。…リゲル頼む、城門を開けてくれ。私が先頭に立って対話をする。私が、絶対に彼らを止めてみせる!」
プロキオンの心には、かつて失った家族と、笑顔でトロールたちとパンを分け合った遠い日の温かな記憶が灯っていた。
リゲルの胸が疼く。
プロキオンの負った深い絶望、そして平和を愛する心は、痛いほど理解出来る。
だが、城門を開け魔族を呼び込むのは、シキシマの壊滅を意味する。
あの無垢な少女の笑みを、人々の幸せを…俺は守らなければならない!
リゲルは悲しみに震えつつも、アンタレスに苦渋の決断を告げた。
「アンタレス!彼らに麻痺呪文『スタン』を、最小威力にて放て!」
「っ!…了解しました!」
アンタレスは一瞬戸惑うも、強い意志を持って呪文を放つ。
バチバチッ!
彼女の杖から放たれた微弱な雷光が辺りを包み込み『倫理の光』のメンバーたちが次々と倒れていく。
「うぐっ…!?」
「身体が…動か…な…」
リゲルたちを取り囲んでいた倫理の光のメンバーたちが、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
その横を、リゲルたちが駆け抜けようとした、その時――。
「……待て…リゲル……ッ!」
泥にまみれたプロキオンの手が、リゲルの具足を掴んだ。
麻痺の衝撃で全身が痙攣し、口の端から泡を吹きながらも、彼は血走った目でリゲルを見上げていた。
「離してくれプロキオンさん! 壁が破られる! 今エセリアルを呼ばねば、シキシマは滅びるんだ!」
「違う…!お前が呼ぶ神は…暴力しか…生まない…憎しみを……増やすだけだ…!」
「このままでは、その『憎しみ』を抱く命すら残らないんだ!…すまない、プロキオンさん!」
リゲルはその手を振り払い、祭壇へと馬を飛ばした。




