第五章 魔王たちの餐宴
シキシマの北、トロールの国チャンナ。
黒雲が立ち込める王城の最奥、玉座の間は、腐肉の臭いと、獣じみた怒号に満たされていた。
「んで? 何で逃げ帰って来たってぇ? ……もう一回、俺の耳に届くように言ってみろや」
暴食の魔王ベヒモスの声は、低く地を這うような重圧を伴っていた。
その瞳は殺意で煮え滾り、巨大な戦鎚を握る腕の筋肉が、怒りで脈打っている。
「はっ…その…シキシマの人間どもが、またあの炎神を…エセリアルを召喚しまして…」
敗走した部隊の指揮官が、震えながら弁明を口にする。
その言葉が終わるよりも早く、ベヒモスの咆哮が空間を裂いた。
「がぁぁあッ!!」
巨大な戦鎚が振り下ろされ、指揮官を叩き潰す。
四散した血と肉片が、辺り一面に飛び散った。
「誰がてめぇに逃げ帰れって言った!? 俺は、シキシマを攻め滅ぼせって言っただろうがぁぁ!!」
居並ぶ側近たちが震え上がる中、ベヒモスは血塗れの鎚を石畳に叩きつけ、荒い息を吐く。
「あの忌々しい炎神さえいなければ、とっくに人間どもの肉を噛み締めていたはずだ。待っていろ…いつか必ず、骨の髄まで啜り尽くしてやる!」
その瞳には、果てしない飢えと、抑えきれない苛立ちが渦巻いていた。
一方、さらに北の最果て、オーガの国ルーシャ。
永久凍土に閉ざされた宮殿は、静寂そのものだった。
氷の魔王スリュムは、王座に深く背を預け、配下からの報告を無言で聞き届けていた。
「……また、エセリアルか……」
その声は低く、静かに響いた。
しかし、スリュムの瞳が殺意で青白く光った瞬間、宮殿が分厚い氷に覆われた。
壁や柱を伝う氷の結晶がミシミシと音を立て、側に控えていた側近たちは、窒息せんばかりの寒さと恐怖に、ただ平伏した。
スリュムは指先を顎に当て、独りごとのように紡いだ。
「奴の顕現には、膨大な魔力が必要だ…。密偵によれば、人間どもの多くは、命を削るライフジェムを呪っていると聞く。その僅かな命で、自分たちの平和そのものを買っているという構造にすら気づかぬままにな。…だが、それこそが我らの勝機だ」
スリュムは王座に指を這わせ、ゆっくりと立ち上がる。
「至急、ベヒモスに使者を送れ。近々両軍による大規模侵攻を開始する。
敢えて炎神を呼び出させ続け、シキシマの魔力を枯渇させろ」
スリュムの唇が、不気味に弧を描く。
「シキシマ国民の怒りが頂点に達し、自ら『盾』を投げ捨てたその瞬間…シキシマは我が物となるだろう」
その言葉は静かだったが、逃れようのない死の宣告のように、凍てついた広間に響き渡った。




