第二章 城塞という名の檻
リゲルは、第三隔壁の修復作業を見守りながら、幼い頃の祖父の言葉を思い出す。
「……いいかいリゲル。昔は、壁なんてなかったんだ…。儂がお前くらいの頃は、人間も魔族も仲良く暮らしていた。人間とトロールの子供たちが一緒に遊び、一つのパンを笑顔で分け合って笑っていたもんさ…」
半世紀以上前、大総統府歴1243年。天然資源と肥沃な大地に恵まれたシキシマは、多くの人間や魔族の国と交易し、皆自由を謳歌していた。
「だがな、ベヒモスとスリュムという2人の魔王が、全てを滅茶苦茶にしおった…。『双魔の冬』という戦争が、人間と魔族を憎み、争わせるようになってしまった。その戦争を終わらせようと偉い人たちが考えたのが、『エセリアル』という炎の神様に守ってもらうという考えじゃった」
血の盟約を交わした炎神エセリアルの庇護の元、国の周囲全てを囲う「三重の隔壁」が築かれ、シキシマは城塞国家として生まれ変わった。
オリオン山を囲むように築かれた、大総統府高官が住む第一隔壁。
山の周辺を広く囲い、優雅な暮らしを営む第二隔壁。
更にその辺境、農耕や牧畜に従事し、常に魔族の咆哮に怯える第三隔壁。
両魔王軍は撤退し、凄惨な『双魔の冬』は終わりを告げたが、余りにも多くの血が流されて以来、多くのシキシマ国民にとって「戦うこと」そのものが、忌むべき歴史の傷跡となった。
そして、神の庇護は無償ではない。
盟約を維持するためには、エセリアルへ膨大な魔力を捧げ続けねばならないのだ。
カラーン…カラーン…カラーン…。
正午の鐘が街に鳴り響くと、それまで賑やかだった第二隔壁の市場やカフェが一瞬にして静まり返った。
街ゆく人々が、一様に忌々しげな顔で胸元の『ライフジェム』を握りしめる。
ジェムが赤く発光し、住人たちの生命力を僅かずつ吸い上げていく。
生命力は大総統府の祭壇へと送られ、魔力となりエセリアルへの供物となる。
「ああ、まただ。酷い倦怠感だ」
第二隔壁のテラスで、男が力なく椅子に沈み込んだ。
「何が『平和の義務』だ。毎日こうして命を削り取られ、その魔力で炎神を養っている。これじゃあ、ライフジェムは我々の命を吸う寄生虫じゃないか」
魔族の恐怖に震える第三隔壁とは裏腹に、第二隔壁の住人にとって、ライフジェムの吸い上げは「理不尽な税金」を超えた「生命の収奪」に他ならなかった。
皮肉にも、聖衛騎士団が必死に第三隔壁を防衛しているがゆえに、外の惨状は「自分たちとは無関係な事」であり、代わりに自分たちの胸元で光るジェムこそが、生活を蝕む敵へと変わったのだ。
「エセリアルとの盟約を破棄し、騎士団を解体すれば、我々はもっと豊かな暮らしが出来るのに…」
その囁きは、日増しに大きなうねりとなっていく。
かつて無垢に遊び、同じパンを分け合い笑い合っていた魔族たちと、
今俺たちは憎み合い、争い合っている。
いつかまた、お互いが笑い合える日は来るのだろうか…?
リゲルは、ライフジェムの重みを感じながら、次の哨戒へと歩き出していった。




